―58― 復讐

 ――どうしても殺してほしい人間がいるのです。


 オリアクスが言った言葉を頭の中で反芻する。

 僕は魔術を極めるためなら、どんなことだってやる覚悟はあるつもりだ。

 だから、オリアクスがどんな無理難題を口にしようと実行するつもりでいた。

 しかし、よりによって人殺しか。人殺し。

 悪魔とこうして関わっていけば、そのうちに悪事に手を染めるときがくるかもしれないとは思っていたが、よりよって人殺しかー。

 流石に、魔術を極めるためならどんなことだってするつもりではある、なんて思ってはいたけど、人殺しは例外だよな。


「えーっと、ちなみに、どちらさんを殺したいのですか?」

「ミナグロス・バルベルベというご婦人でございます」


 ミナグロス・バルベルベか。聞いたことない……いや、よくよく思い出してみればバルベルベという名字に覚えがある。

 バルベルベ家といえば、名門中の名門の魔術一家だ。僕の属していたエスランド家とは比べ物にならないぐらい名門。

 爵位も侯爵だったはず。エスランド家なんて所詮男爵だし、同じ貴族でもエスランド家のほうが格が一回り下。


「それで僕はなにをすればいいの?」

「吾輩が自由に動ける許可さえいただければ、ノーマン殿がなにかをする必要はありません。全て自分の手で片付けますゆえに」


 悪魔の力は絶大だ。僕がなにか手伝わなくても、人を一人殺すぐらいなら容易にやってのけるだろう。

 だが、僕には拘束の呪文がある。これを使えば、オリアクスの動きを強制的に封じることは可能だ。

 だから、オリアクスが人殺しをするかどうかは僕の許可次第ってわけか。


「ひとまず、理由を聞かせてくれないか」


 せめて理由を聞いてからでも、判断を下すには遅くないはずだ。


「理由ですか。端的に申しますと、復讐です」


 それからオリアクスは自分の過去について語り始めた。

 昔、オリアクスはある『ゲーティア』の所有者に仕えていた。その所有者とオリアクスは非常に親しかったらしく、オリアクスは自身の持つ叡智を所有者に与えられるだけ与えていたらしい。

 だが、ある日悲劇が起きる。

 その所有者が処刑されてしまったのだ。

 処刑理由は、悪魔召喚という禁術に手を染めたから、というのもの。

 その証拠を集め、所有者を糾弾したのがミナグロス・バルベルベという人物らしい。

 ゆえに、オリアクスは復讐をはたすために、ミナグロス・バルベルベをこの手で殺したいらしい。


「事情はわかりました。その、考える時間を僕にください」

「無理なお願いをしているのはわかっています。ですが、どうか要望を聞き入れてくれると助かります」


 その言葉を残して、オリアクスは魔界に退去していった。





「それで、オロバスにお願いがあるんだけど」

「はっ、マスターのご命令とあれば、わたくしどのような命令でも聞き入れる所存であります!」


 オロバスの大げさ物言いはいつもどおりのことなので、スルーしつつ必要なを僕は端的に述べた。


「オリアクスの言っていたことが本当のことなのか、事実確認を行いたい。当時の新聞記事でも見つかればいいんだけど」

「はっ、かしこまりました。すぐにでも見つけて行きます!」


 そう言ってオロバスは駆け足で家を出ていく。


「あの馬畜生に任せて大丈夫なんですか?」

「オロバスはやるときはやる悪魔だから」


 僕はオロバスのことけっこう評価しているつもりなんだけどな。フォカロルはオロバスのことをあまり信用していないみたいなんだよな。


「それで、フォカロルはオリアクスの願いについてどう思う?」

「わたしとしましては、ご主人様がやりたいようにすべきかと思いますが」


 フォカロルなら、こう言ってくれるであろうことは想像つくが、今聞きたいのはフォカロル自身の考えだ。


「えっと、フォカロルは暴力に否定的だったよね」

「ええ、それはそうですが」


 フォカロルは悪魔としては珍しく暴力には否定的な立場だ。


「だったら、オリアクスの復讐にもやはり反対?」

「そうですね……」


 フォカロルはそう言うと、胸に手を当て考える素振りをする。

 それから絞り出すかのように言葉を紡ぎ出す。


「少し考えてみたのですが、もし、ご主人様が同じような目にあったら、わたしも迷いなく復讐すると思います」

「そっか」


 フォカロルのその言葉に、僕はどう思うのが正解なんだろうか。嬉しく思うのも、なんか違うような気がする。

 難しい問題だなー。


「ひとまず、ミナグロスさんに会ってみようか」


 オリアクスが殺したい相手のミナグロスさんに会ってみてから、考えてもそう遅くはないはずだ。


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