―56― 劣化

「今、覚えたことは全て忘れるがいい!」


 ずっと様子を伺っていたベリトがそう主張したのである。


「は?」


 思わず僕はそう口にする。


 いや、忘れろってどういうこと?

 せっかくこれだけの物質を造りだすことに成功したっていうのに。


「よいか! 錬金術とはなにか造るのではない。破壊だ!」


 ベリトは腰に手を当て、そう宣言した。


「だから貴様のは錬金術など断じてない。ただの外道の作法だ!」


 確かに、ベリトの言っていることはよくわからない。

 錬金術が破壊って、どういうことだろう?


「ベリトさん、その詳しく教えてほしいんですが」

「はははっ、では教えしんぜよう」


 そう言う、ベリトは周囲をキョロキョロと観察し、そして最後に僕を見てこう言った。


「ノーマン殿、鉄球を出してくれぬか」


 それはさっき覚えた錬金術で可能だ。


「――鉄よ起これハイエロー


 と呪文を唱える。

 すると右手に手頃なサイズの鉄球が現れる。

 実際には一度、土塊を出して、それを錬金術により鉄へと変質させているのだが、それらの工程を一瞬で行うことで、何もないところから鉄が現れたように見える仕組みだ。


「それで、鉄を出したんだけど……」

「では、それを拙者にいただけぬか」


 そんなわけで鉄球をベリトにわたす。


「では、本当の錬金術を教えてやろう」


 ベリトがそう言った途端。

 鉄球が錆びた。


「え?」


 目の前で起きた現象に僕は驚く。

 ベリトの持っていた鉄球は錆に覆われ、気がつけば粉々に砕け散っていく。


「ふははははっ、これこそが錬金術の真髄よ!」

「違うっ! 貴様のそれは断じて錬金術などではない! ただ、物質を劣化させているだけだ」


 物質の劣化。

 確かにベリトのこれは錬金術とは言えないかもしれない。

 だが、これはこれで覚えたら武器になるのは間違いない。


「あの、ベリトさん。僕も同じことできるようになりますかね」

「はははっ、拙者の指導をうければ容易いことよ!」

「小僧! 此奴の外道を覚える必要など一切ない!」


 どうしよ。

 僕としてはぜひ、ベリトの錬金術も覚えたいのだが、それだとザガンが納得しそうにない。


 なんとか納得させる方法がないだろうか?


 あ、1つだけ方法があるな。


「そうですか……残念ですが、ベリトさんの外道の術とやらを覚えるのは諦めます」

「そうか、小僧なかなか賢明であるぞ。気に入った。今後もなにかと力になってやる」


 と、ザガンはご機嫌になる。


「なんだと!? 拙者の錬金術を覚えたくないというのか! それは許せぬ!」


 対してベリトは怒り出した。

 どうやらベリトは自分の錬金術にそれなりに誇りを持っているらしい。


「オロバス、ベリトをとめて」

「はっ、承知しました!」


 ベリトが暴れそうなのでずっと待機していたオロバスに指示を出す。

 すると、オロバスとベリトが取っ組み合いを始めた。


「では、退去は一人ずつしかできないので、まずザガンさんから退去を」

「ほう、そうか」


 そんなわけでザガンから退去させる。


「小僧、またなにかあったら気軽に召喚するといい。力になってやる」


 去り際、ザガンにそう言われる。

 随分と僕は気に入られたらしい。


 さてと。


「いいか! 拙者の錬金術はザガンのより真髄に近いのだぞ! それを覚えぬとはどういうことだ!」

「マスターに手出しをさせません! 落ち着くのであります!」


 まだ、ベリトとオロバスは取っ組み合いをしていた。


「ベリトさん、それでは錬金術を教えて下さい」

「むむ? 拙者の錬金術を覚えないのではなかったのか?」

「いえ、あれはザガンさんを納得させるための嘘です」


 そう、僕はザガンを納得させるために嘘をついたのである。

 そもそも一体ずつしか退去できないというのからして嘘だ。

 2体同時に退去できるのは、すでに実証済みである。


「なるほど、お主、悪魔のように狡賢いの」


 悪魔に悪魔のようだと褒められた。

 別に、そんなことはないと思うのだが。


「では、早速、拙者の錬金術を教えてやろう」


 それからベリトによる錬金術の講座が始まった。


 ベリトの行う錬金術は、物質の劣化という点では一貫していた。

 だが、劣化といっても様々な劣化があり、さっき見せてもらった錆化から、分解や腐敗、液状化、果ては毒に変化するといったものまであった。


「中々、うまくいかぬものであるな」

「そうですね……」


 ベリトはザガンと異なり感覚的にものを教えるタイプだった。ベリト自身、感覚で物事を行っているらしく、全てが曖昧な説明だった。

 おかげで、さっきから全くうまくいかなかった。


「直接、拙者の感覚を伝えられたらいいのだが……」


 確かに、そうすれば習得は容易になるだろう。


 待てよ。

 1ついい考えがあるな。


「一度、ベリトさんの一部を降霊術で取り込んでみます。そうすれば、ベリトさんの錬金術が理解できるかもしれません」

「ほう、おもしろいな、それは」


 ホントにそれでうまくいくかはわからないが、一度やってみる価値はありそうだ。


 そんなわけでやってみる。


「――我は汝をノーマンの名のもとに厳重に命ずる。汝は速やかに、我の肉体に宿れ。汝の知識と力で我を満たせ。汝は己が権能の範囲内で誠実に、全ての我が願いを叶えよ。来たれ――第28位、ベリト!」


 降霊術の呪文を唱える。

 ベリトの霊の百分の一のみ降霊させるよう意識する。

 すると、いつものごとく異物が体内へと入ってきた。

 それを一カ所に集めるよう意識して――

 

 あれ? 集めたのはいいが体のどこに定着させよう?

 すでに両手の手の平、手の甲、それぞれは4つのシジルで埋まっている。


 ならば、次はどこにシジルを刻むべきか。

 考えた末、ある箇所にシジルを刻んだ。


「どう? シジルが刻まれている?」

「はい! しっかりと刻まれております!」


 オロバスに確認してもらう。

 どうやらうまくシジルが刻まれたらしい。


 刻んだ場所は右目である。

 自分では確認できないが、僕の右目にはシジルの紋様が刻まれていることだろう。

 さて、降霊も済んだことだし、早速ベリト物質の劣化を行ってみる。


「――鉄よ起これハイエロー


 まず鉄球を作り出す。

 そして、次に右目のシジルを意識して、ベリトの霊を感じる。


 すると、頭の中にベリトの魔術式が流れてくる。

 なるほど、こうやってベリトは鉄球を溶かしていたのか。


 わかったので、それを実践してみる。


「――《デリーティア》」


 あれ? うまくいかない。

 鉄球はそのままだ。


 うまくいくと思ったのにな。

 なんでだろ?


 と、うまくいかない原因に1つ心当たりが思い浮かぶ。


 今までの魔術、全てシジルのある右手か左手のどちらかからしか発動しなかった。

 となれば、今回は右目にシジルがあるわけで。

 鉄球を右目の近くに持って行く必要があるのではないだろうか?


 実際に、鉄球を右目の近くに持ってくる。

 その上で詠唱をする。


「――腐食しろデリーティア


 クシャッと、鉄球がさび付いく。

 成功した。


「どうやら無事成功したか」


 ベリトがそう口にしていた。


「降霊術を解除した上で、同じことができればいいんですけどね」


 一先ず、ベリトを降霊させた状態で、様々な物質の劣化を試す。

 さっき感覚を忘れないよう意識しながら。


「――汝、第28位ベリト。汝は我の命令通り、我が肉体に宿りその力を発揮したので、我は汝に適切な場所へ退去するのを許可する。我は平和的に静かに退去するよう命ずる」


 降霊術を解く呪文を唱える。

 すると、ベリトの霊が体内から消え去った。


「ちゃんと消えている?」


 右目のシジルが消えているか、オロバスに聞く。


「はい! ちゃんと消えております!」


 どうやら無事ベリトの霊が体内からなくなったようだ。

 その上で、同じ事をできるかどうか。


 目を閉じ、さっきまでの感覚を思い出す。

 その上で呪文を唱える。


「――腐食しろデリーティア


 どうだ?

 

 降霊させていたときのようにスムーズにとはいかないが、少しずつとペースが遅いが確かに鉄球が腐食していく。

 ぎこちないながらも一応成功した。


 それから様々な物質の劣化を何度も繰り返す。

 繰り返していくうちに、スムーズに魔術の行使が可能になり、最終的にベリトを降霊させていたときと同様のスピードで劣化させることが可能となった。


 一度降霊した上で、その悪魔が得意とする魔術を覚えれば、降霊を解いた後も扱うことができる。

 そのことを知れたのは大きな収穫だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る