―55― 錬金術
「それじゃあ召喚させるぞ」
次の日。
フォカロルを退去させたあと、オロバスと共に召喚の準備を行っていた。
せっかく2体の悪魔を召喚するという機会がやってきたので、試しに2体同時に悪魔を召喚できるかどうかを検証してみることに。
「――我は汝たちをノーマンの名において厳重に命ずる。汝たちは疾風の如く現れ、魔法陣の中に姿を見せよ。世界のいずこからでもここに来て、我が尋ねる事全てに理性的な答えで返せ。そして我が願いを現実のものとせよ。来たれ――序列28位ベリト、序列61位ザガン!」
魔法陣を二重に構築しながら呪文を唱える。
どうやら問題なく召喚できそうだ。
今まで召喚するさい、その悪魔のページを開いた状態で召喚していたが、実はあまり意味のない行為だったのかもしれない。
魔法陣が光が消え失せると同時に、人影が2つ現れた。
「どうやら拙者は召喚されたようであるな」
「ほう、我が召喚されたか」
拙者、と名乗ったほうは全身真っ赤な甲冑を身に着けていた。
我、と名乗ったほうは異形の姿をしていた。牛の頭を持つ、背中からは鳥のような翼が生えている。
「拙者はベリトと申す。以後、お見知りおきを」
「ノーマンと言います。よろしくお願いします」
「ノーマン殿か。噂で聞いておる。新しい『ゲーティア』の所有者とな」
ベリトがそう言った。
どうやら僕の存在は魔界で伝わっているらしい。
「それで、これはどういうことだ?」
赤い甲冑のほうがベリトと名乗ったので、もう一方の牛の顔をした者がザガンなのだろう。
そのザガンが不機嫌そうな顔でこっちを睨んできた。
「なぜ、ベリトがここにいる」
ギロリとザガンが僕を睨む。
これは完全に怒っているようだな。
なんとか弁解する必要がありそうだ。
「えっと、錬金術のご教授をいただきたいと思って召喚したんですが……」
「錬金術か。なるほど、であれば我を召喚するのは当然だな。我ほど錬金術に長けたものはいないからな。だが、ベリト、なぜ此奴も一緒に召喚した」
「はっはは! 拙者、嫌われておるの! 拙者も騎士の格好をしているが得意なのは錬金術であるゆえ、お主の力になれると思うがのう」
「貴様のは錬金術ではない! 外道の作法だ!」
ザガンが激昂した。
けれど、ベリトは平然とした様子で突っ立っている。
どうやら2人同時に召喚したのは間違いだったかもしれない。
どうにかこの状況を脱して錬金術を早く覚えたいんだが。
「ザガンさん。ベリトさんの錬金術が外道というのは、どういう意味でしょうか?」
「ふんっ、そもそも小僧。錬金術がなんたるかを知っているのか?」
錬金術がなんたるか。
僕の現在通っている基礎コースでは錬金術は習わない。
確か錬金術は応用コースで習うはずである。
とはいえ独学で最低限の知識はある。
「4元素の流転ですよね」
「そうだ」
4元素、つまり火、水、風、土の4つの元素は常にお互いに変化し続ける。
風の元素は火の元素へ。
水の元素は土の元素へ、といった感じに。
そういった元素の流転を理解し、行使する。
それが錬金術とされている。
「例えば、このように、まず風の元素を発動させる」
そう言いながら、ザガンは手を伸ばす。
すると、手から魔法陣が現れ、それと同時に風が巻き起こった。
「そして、風の元素を火の元素へ変化させる」
すると、風がボフッと爆発を起こした。
「このように風を火に変えると熱が発生し、その熱により爆発が起こる」
「知らなかったです」
僕は初めて知った知識に感心する。
以前、一度爆発魔術を扱い怪我をしたことがあった。
そのとき爆発は火と風の複合だと勘違いしていた。
読んだことがある魔導書にも同じように書いてあったので、勘違いしているのは僕だけではないのだろう。
「逆に、水を土に変えると冷気が発生し氷となる」
そう言ってザガンは手から氷の槍を作り出す。
氷に関しても、僕は水と土の複合魔術だと勘違いしていた。
「これが錬金術の基本だ。やってみろ小僧」
「は、はい」
なんだかんだいって、ザガンは丁寧に錬金術を教えてくれそうな様子だ。
まず、風を起こすところからだ。
「――
すると左手の上に風が起きる。
そして、火の変化させることを意識して――。
「――
すると、左手上空に爆発が起きる。
以前のように手が巻き込まれることはない。
成功した。
次は氷も試してみよう思う。
まず、水を発動させる。
「――
そして、水を土に変えることを意識して魔術を唱える。
「――
すると、水が冷気をまとい氷となった。
「小僧、変わった魔術の使い方をしているな」
ふと、なにかに気がついたザガンがそう口にする。
「えっと……僕は通常の精霊を扱った魔術が使えないので、悪魔の一部を降霊させることで魔術を発動させているんです」
と、僕は自分の状況について説明した。
「ははっ、それは愉快な方法であるな」
「ふん、確かに興味深い」
ベリトとザガンはそれぞれ興味深げに頷く。
「それで錬金術の講義を進めるが、今教えてたことは基礎中の基礎だ。錬金術の奥義、それは言葉通りあらゆる物質から金を造ることにある」
そう、あらゆる物質は4つの元素の組み合わせ方と配合により性質が決定する。
そして、4つの元素はお互いに流転しあう。
この2つの理論を組み合わせると、あらゆる物質から四大元素の配合と組み合わせ方をいじることで、金を造りだすことができるというわけだ。
錬金術はこの理論に基づき、あらゆる物質から金を造りだそうとした試みから始まったとされている。
その過程で、様々な発見がもたらせれたが、今のところ金を造り出すことに成功した魔術師はいない。
「未だに人類は金を造ることに成功はしていないな。だが、我なら可能だ」
そう言って、ザガンは手から土塊を出す。
「ほら、このようにな」
そうザガンが言うと同時。
土塊が金の硬貨へと変質した。
「すごい」
僕は思わずそう呟く。
今、目にしたことは、あらゆる魔術師が夢に見た魔術だ。
「これをやろう。我には価値のないものだからな」
そう言って、金の硬貨を僕にくれる。
僕は慌てて「ありがとうございます」といって受け取る。
金貨一枚でも十分すぎる物を買うことができる。
「僕も錬金術を学べば、同じことができるようになりますかね?」
「はははっ、お主、おもしろいことを言うのう」
と、ベリトが笑った。
ベリトは甲冑をかぶっているせいで笑い声が甲冑の中を反響する。
「おい、ベリト。貴様、それ以上しゃべるな。不愉快だ」
「はははっ、拙者、ザガン殿にはホント嫌われておるのう」
なんでザガンはベリトのことが嫌いなんだろ。
その理由がまだ聞けてないや。
「流石に金を造れるようになるのは無理だ。だが、鉄ぐらいなら我の特訓を受ければ容易に可能になる」
金は造れないと言われたが、別に残念とは思わなかった。
鉄を造れるようになれれば、魔術の幅がぐっと広がるからだ。
それからザガンから直接、錬金術の指導を受けた。
ザガンの指導は完璧でわかりやすかった。
ザガンは一般的には知られていないことまで知っており、錬金術を完全に熟知していた。
例えば、鉄の4大元素の配合は曖昧にしか知られていないが、ザガンは緻密に熟知しており、言われてたとおりにするだけで、鉄を造ることができる、とそんな感じだ。
ザガンの指導を数時間受け、僕は最低限の錬金術を学ぶことができた。
「――
まず、手のひらから土塊を出す。
「――
すると、土塊は鉄へと変化する。
「――
次は鉄がガラスになった。
「――
次は銅へと変化する。
「――
次は鉛へ。
「――
今度は炭素になる。
「一通りできるようになったな」
ザガンが僕の魔術を見て、そう評する。
そう、ザガンの指導のおかげでこれだけの物質を魔術で造ることに成功したのである。
「次は水の錬金術を教えてやろう」
それからザガンから水を油やワインへと錬金させる術を教わる。
それも数時間の特訓でものにすることができた。
「ありがとうございます。ザガンさんの指導のおかげです」
そう言って、僕は頭を下げた。
ザガンのおかげで、本来なら何年もかかるような特訓をたった数時間でものにすることができたのだ。
感謝しかない。
「では、そろそろ拙者の番だな」
ずっと様子を伺っていたベリトが前へと進み出た。
ザガンが「だから貴様は喋るな」と言っているが、ベリトはそれを無視してこう口にした。
「今、覚えたことは全て忘れるがいい!」
「は?」
僕は思わずそう口にしたのである。
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