―42― スパルタ

「では、さっそくお主に土魔術の秘儀を授けよう!」


 アグレアスは大きな声でそう宣言した。

 随分とはりきっている様子だ。


「その前に、アグレアスさんに説明しておきたいことがあるんですが……」


 そんなわけで、僕は自分の体質について説明する。

 精霊に嫌われやすいため、一般的な自然魔術が使えないこと。

 悪魔の一部を降霊術によって降霊させることで魔術を扱えることができるようになったことを。


「なるほど、ではさっそく我が輩を降霊させるとよい!」


 アグレアスの許可もおりたことだし、さっそく降霊術を始める。

 なんだが今回はスムーズにいきそうだ。


「――我は汝をノーマンの名のもとに厳重に命ずる。汝は速やかに、我の肉体に宿れ。汝の知識と力で我を満たせ。汝は己が権能の範囲内で誠実に、全ての我が願いを叶えよ。来たれ――第2位、アグレアス!」


 アグレアスの霊のうち百分の一だけを降霊させるように意識して行う。

 クローセルのときみたいな失敗はもうごめんだ。

 体内に入ってきた異物のコントロールも慣れてきたのかスムーズにいく。

 見ると、右手の手のひら、クローセルのシジルの裏に新しいシジルが刻まれていた。


「調子はどうですか? ご主人様」


 フォカロルが聞いてくる。


「特になんとも。この調子なら問題なさそうだな」


 そんなわけで、早速土の魔術を使ってみる。


「――土よ起これポルボ!」


 手から魔法陣が現れると同時に、砂がさらさらとこぼれ落ちる。

 成功した。


「流石です、ご主人様」


 フォカロルがそう褒めてくれた。


「ありがとう、フォカロル。アグレアスさんも協力していたたぎありがとうございます」


 僕はアグレアスさんに頭を下げた。

 今回は特に何事もなく、順調に終えることができたなと思う。

 これもアグレアスさんが協力的だったおかげだ。


「まだだ!」


 終わった空気に水を差すかのようにアグレアスが大声を出した。


「まだ、我が輩の秘技を授けておらん!」

「え、えっと、ですが、土の魔術はこうして使えるようになりましたし……」

「ノーマン殿、我が輩はこう言ったはずだ。『土魔術の全てを叩き込んでやろうじゃないか』と」


 確かに、そんなことを言っていた覚えはあるが。


「はぁあっっ!!」


 アグレアスは叫びながら、地面に両手をつける。

 そして地面に魔法陣が現れると同時。


 地震のように地面がグラつく。

 見ると、アグレアスの前に地割れが発生していた。

 その地割れの先、地面から突起が勢いよく盛り上がる。

 その突起はよく見たら、巨人の拳のような形をしていた。


「今からノーマン殿には、これができるようになってもらう!」

「さ、流石に無理があるんじゃ……」


 アグレアスは悪魔だから簡単にやってのけるが、見ただけで複雑な魔術だとわかる。


「誰が無理だと決めつけた! お主には我が輩の一部が取り込まれておるのだろ。であれば我が輩と同じことができて至極当然ではないか!」


 そうなのか? アグレアスさんがそう言うなら、そうなのかもしれないけど。


「えっと、それじゃあアグレアスさん、よろしくおねがいします」


 まぁ、教えてくれること自体はありがたいことだしね。


「我が輩のことは師匠と呼べ!」

「よ、よろしくおねがいします! 師匠!」

「では、まず土の魔術を100回連続でやることからだ!」

「はい!」

「はいではなくおっす、と言うように」

「お、おっす! 師匠」


 それからスパルタのような特訓が続いた。

 まず休むことなく、土の魔術を何回も発動させられた。


「あの……もう限界なんですが」

「気合でなんとかしろ!!」

「そう言われても、魔力がすでにないですし」


 魔力が枯れたら当然魔術を発動させることはできない。


「文句を言うな! 気合があればできるはずだ!」

「えぇ……」


 アグレアスさん、最初はただの良い悪魔だと思っていたけど、なんかめんどくさくなってきたな。


「ご主人様、命令さえあれば、アグレアスを消す準備はできておりますが」


 フォカロルがこそっと耳打ちしてくる。


「いや、そこまでしなくてもいいからね」


 アグレアスさんは決して悪い悪魔というわけではなさそうだし、消すのは流石にやりすぎだ。


「ノーマン殿、まだか! 早く、土の魔術の特訓を再開しろ!」

「おっす、師匠……」


 僕はそう答えては魔力をなんとか絞り出しては魔術を発動させた。





「ホントに、もう限界……」


 数時間後、そう言って地面に倒れている僕がいた。

 魔力がない以前に、体力もすでに限界だ。体を動かすのも難しい。


「アグアレス、これ以上、ご主人様を酷使させるようでしたら、私が代わりに相手しますが」


 フォカロルがそう言って、睨みをきかせる。


「ふむ、なら1分だけ休憩を与えよう」


 1分だけとか短っ!

 それでも休憩を貰えるだけありがたいと思えるほど、体力の限界だった。

 そして、1分後。


「ノーマン殿、休憩は終わりだ!」

「おっす、師匠……」


 わずかに回復した魔力を用いて、再び魔術を発動させる。

 それから一日中、気を失うまで土の魔術の特訓を続けていた。

 結局、一日だけでは目標の魔術を身につけることができなかったので、アグレアスは退去せず翌日も特訓に付き合うと宣言した。

 そんなわけで、アグレアスとの特訓は数日にかけて行われた。

 そして一週間後。


「――土巨人の拳ピューノ・ギガンテ!」


 詠唱をしながら両手を地面につける。

 魔法陣が現れ、そして地割れが起こる。

 その地割れの先に土でできた巨人の拳がでてきた。


 どうだろう? 悪くないとは思うんだが。


「駄目だ。大きさが足りない!」


 アグレアスがそう言った。


「くそっ」


 僕は悔しがりながらもすぐに切り替えて、再び魔術を発動させる。

 アグレアスは厳しく、スピードであったり形であったり少しでも気に入らない点があると、指摘してくる。

 そして、何百回と数え切れないほどやって、やっと……、


「合格だ」


 という言葉をアグレアスからもらった。


「やった……」


 ホントはもっと感情を顕わにして喜びたいぐらい嬉しかったが、疲れのせいで、ぼそりと呟くだけになってしまった。


「おめでとうございます、ご主人様」


 フォカロルがそう伝えてくれる。

 特訓している間、ずっと見守ってくれていたもんな。


「ありがとうフォカロル。師匠もありがとうございます」

「ふむ、ノーマン殿、お主は中々見込みがあるな」


 なんか褒められた。

 僕は思わずはにかんでしまう。


「さて、現世に居すぎてしまったな。我が輩は帰るとしよう」

「もう帰るんですか」


 これだけ特訓に付き合ってもらっていたのに、いざ合格したらあっさりと帰ろうとするので、思わずそう聞いてしまう。


「我が輩は魔界でやらなくてはならないことがあるからな」

「そうなんですか」


 確かに、僕が悪魔を一方的に召喚しているだけで、本来悪魔には魔界での暮らしがあるはずだ。

 まぁ、クローセルやフォカロルみたいに現世にいたがる悪魔もいるが。


「すみません、お忙しいのに長い時間拘束させてしまって」

「ふはっはっはっ、構わん。我が輩も魔導書『ゲーティア』の新しい所有者と話しをしてみたかったしな」

「魔導書『ゲーティア』の新しい所有者……?」


 ふと、その言葉にひっかかる。


「前の所有者がいたんですか?」


 そういえば、あまりこの魔導書『ゲーティア』のことを僕はあまり知らないな、と思う。


「そうだな、その魔導書は代々受け継がれていったものだ。お主は『ゲーティア』に新しい所有者として選ばれたのだよ」


 選ばれた。

 まるで『ゲーティア』そのものに意思があるような物言いに違和感を覚える。

 まぁ、本当に『ゲーティア』に意思があってもそう驚きはしないんだが。


「とはいえ、ノーマン殿は今までの所有者の中では珍しいタイプではあるがな」

「そうなんですか?」

「ああ、お主は貪欲だ」

「そうですかね?」


 自分が貪欲なんて自覚はあまりない。


「普通、『ゲーティア』を手に入れても次々と悪魔を召喚しようなんて者はそういないからな」

「意外ですね。僕はもっとたくさんの悪魔と仲良くしたいと思っていますけど」

「はっはっはっ、おもしろい。普通、悪魔と仲良くしたいなんて思う人間はそういないぞ」

「そうなんですかね? 悪魔の人たちはみんな良い人たちばかりなんで、そうおかしいとは思いませんが」

「そう思うのは、お主が幸運だったか、もしくはお主の人望のおかげかもしれないな。と、そうだ。さっきの会話でお主に1つ聞きたいことができた」


 聞きたいことってなんだろう、と思って僕は耳を傾ける。


「お主はたくさんの悪魔と仲良くしたい、と言ったな。それはなぜだ?」

「えっと、悪魔の方々はみんなおもしろい方ばかりなので、仲良くなれたら楽しそうだな、と思ってまして」


 今までのことを思い出しながら僕はそう言った。

 悪魔たちのおかげで僕の日常は一気に華やかになった。


「ノーマン殿、嘘が下手だな。我が輩が聞きたいのは本心だ」


 と、アグレアスが言った。

 あー、どうやらアグレアスには見抜かれてしまっらしい。

 ならば、本当のことを言わないとな。


「僕は魔術を極めるつもりでいます。そのためには悪魔たちの力が必要です。だから、今後も悪魔たちを召喚するつもりでいます」


 そう、僕の第一欲求はずっと魔術を極めたい、だ。

 嘘をついたのは、悪魔をただの道具としか思っていないと、勘違いされるんじゃないかと思ったから。


「ふはっはっはっ、おもしろい。では、1つそんなノーマン殿におすすめの悪魔を教えよう。序列70位セーレ。彼女の扱う魔術は独特でおもしろいぞ」

「そうなんですか」


 序列70位セーレか。

 次に召喚する悪魔の候補にいれておこう。


「あと、そうだ。オロバスはずっと見かけなかったが、こっちに来ているのではなかったか?」

「えっと、行方不明的なやつでして……」


 探してはいるんだけどね……。

 中々見つからなくて。


「そうか。なら、オロバスに1つ言伝を頼みたい」

「なんでしょう?」

「お前の上司が怒っているぞ。そろそろ戻ってきたらどうだ、とな」

「わ、わかりました。伝えておきます」


 オロバスも色々と大変なんだな、とか思う。

 その後、アグレアスは退去していった。


 ともかく、これでやっと火、水、風、土の4つの系統の魔術を覚えることができたのだ。

 魔術師にとって、4つの魔術ができてやっとスタートラインに立てると言われている。

 そのスタートラインに僕はやっと立てたのだ。


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