―41― 土の魔術
「それじゃ、土の魔術を覚えようと思うんだけど、良さげな悪魔に心当たりはある?」
クローセルとフォカロルを前にして、僕はそう訪ねていた。
火、水、風ときたら、次に覚える魔術は土の魔術一択だった。
火、水、風、土の四つの魔術は自然魔術といい、これらの魔術は覚えて当然の魔術と言われている。
自然魔術を覚えてやっと魔術師としてのスタートラインに立てるという格言が存在するぐらいに。
「それでしたら序列第2位アグレアスがよろしいかと進言致します」
「あー、アグレアスさんなら問題なく教えくれると思いますよ」
序列第2位アグレアスか。
2人の意見を聞いて問題なさそうなので、アグレアスを召喚することに決める。
けど、1つ問題が。
「4人も同時に召喚できるかな?」
今召喚しているのはクローセル、フォカロル、そしてここにいないオロバスの3人だ。
4人も同時に召喚したことがないので不安ではあるが……。
「それでしたら一度クローセルを退去させたらどうでしょうか」
と、フォカロルがクローセルを名指しして提案してる。
クローセルは、
「勝手にわたしを退去させようとしないでください!」
と、文句を言っていた。
「いや、一度自分の限界を試してみたいから、このまま召喚してみるよ」
3体同時召喚も意外となんとかなったし、4体も案外なんとかなるかもしれない。
そんなわけでアグレアスの召喚にとりかかる。
「――我は汝をノーマンの名において厳重に命ずる。汝は疾風の如く現れ、魔法陣の中に姿を見せよ。世界のいずこからでもここに来て、我が尋ねる事全てに理性的な答えで返せ。そして平和的に見える姿で遅れることなく現れ、我が願いを現実のものとせよ。来たれ――第2位、アグレアス!」
途端、体内の魔力がごっそりと減っていく感触を味わう。
うっ、と軽い吐き気を催し、なんとか飲み込む。
汗がとまらない。
魔法陣は光らなかった。
どうやら同時に4体の悪魔召喚は無理のようだ。
「そんなわけで、悪いけどどっちかには一度退去してほしいんだけど……」
言うやいなや、2人はお互いににらみ合う。
「フォカロルさん、わたしはノーマン様と一緒にいたいのであなたが退去してください!」
「この堕天使風情がなに言いますか。わたくしこそご主人様に仕える身として、一時も離れるわけにはいかないのです」
二人とも譲る気はないようで、お互いににらみ合いを続ける。
「あの、可能なかぎりすぐに召喚するからさ」
なだめようとそう言ってみる。
「それでも、いやです! この前、退去している間、ノーマン様に会えなくてホントに寂しかったですもん」
とか言ってクローセルが抱きついてくる。
瞬間、生暖かいやら柔らかいやらの感触が全身に広がる。
こういうスキンシップはこっちが照れてしまうのでやめてほしいのだが。
「ご主人様に気安く触らないでくださいこの堕天使風情がっ」
フォカロルはクローセルを引き剥がそうと髪を引っ張る。
「ぎゃっ、だから髪を引っ張るのやめてください。これ、地味にすごく痛いんですよ!」
「だったら今すぐご主人様から離れなさい」
「嫌ですぅ! わたしは天使としてこうやって人を温もりで包む義務があるんです」
「あなたは堕天した汚らわしい悪魔でしょうが。あなたがご主人様にくっつくとその汚らわしいのが移るので今すぐやめてください」
「人を汚らわしいもの呼ばわりとか最低です! やっぱり悪魔ってホント最悪ですね!」
クローセル、お前も悪魔だぞ。
口論の末、とうとう2人はボコボコの殴り合いを始めた。
「あははっ、こうなったらどちらかが死ぬまで互いにやりあうとしましょうか」
「フヒヒッ、いいでしょう、あなたをぶちのめすのが一番わかりやすいですしね」
お互いに血走った目で睨みつけていた。
2人のこういった表情を見るとやっぱり悪魔なんだなぁ、とか再認識させられる。
悪魔同士が本気で殺し合いを始めたら洒落にならないな、と思い僕は拘束の呪文を唱える。
2人とも互いのことに集中しすぎて、僕が詠唱を唱えていることには気がつく気配もない。
ガッ、と2人は時が止まったかのように停止する。
「しゃべるのを許可する」
「ごめんなさい、つい熱くなってしまいました」
「申し訳ありません、ご主人様」
2人とも熱くなったことを自覚したのか、反省の弁を述べる。
別に怒っているわけではないが、このままだと大惨事になりそうなので、拘束の呪文を唱えた次第だ。
「それじゃあ、平和的な方法でどちらが退去するか決めようか」
「平和的な方法とは?」
「無難にじゃんけんとか」
というわけで、じゃんけんを行う。
「うわぁああああん、負けてしまいましたぁあああ!!」
「フフ、堕天使風情がこのわたしに勝てるはずがないのです」
クローセルが負けてフォカロルが勝った。
「ノーマン様、わたしのことすぐ召喚してくださいね!」
クローセルは泣きながら僕にしがみついてくる。
ちなみにフォカロルはそんなクローセルを引き剥がそうとまた引っ張っていた。
「わかったよ。できる限りすぐ召喚するから」
「絶対ですよ! 絶対ですからね!」
なおもクローセルは泣きながら訴える。
別に今生の別れじゃないんだから、そんな大げさに考えなくていいのに。
クローセルが納得するまで別れの挨拶を行い、そして退去させた。
よし、これで序列第2位アグレアスを召喚できる。
これで新しい魔術を覚えることができる、そんな興奮と共に呪文を唱えた。
「――我は汝をノーマンの名において厳重に命ずる。汝は疾風の如く現れ、魔法陣の中に姿を見せよ。世界のいずこからでもここに来て、我が尋ねる事全てに理性的な答えで返せ。そして平和的に見える姿で遅れることなく現れ、我が願いを現実のものとせよ。来たれ――第2位、アグレアス!」
魔法陣が光り人影が見える。
すでに何度も見てきた光景だ。
「フハハハッッ、お主がワシを召喚したのか!」
現れたの年老いたお爺さんである。
といっても、ヨボヨボでいつ死んでもおかしくなさそうな見た目のフルカスさんと違い、目の前の爺さんは筋骨隆々、肌には艶があり、いかにも屈強な爺さんである。
「はい、僕があなた様を召喚しました」
「お主、名は?」
「ノーマンと言います」
僕はできる限り失礼のないように丁寧な言い回しを意識する。
「今回、アグレアスさんにお願いがあって召喚しました」
「ほう、言ってみるがよい」
「僕に土の魔術を教えてください」
どうだろう?
今までお願いをして素直に言うことを聞いてくれた悪魔は少ない。
今回も断られる可能性のほうが高いだろう。
「よかろう!」
即答だった。
「お主に土魔術の全てを叩き込んでやろうじゃないか!」
アグレアスは大きな声でそう宣言した。
クローセルがアグレアスを怖い人じゃないと言っていたのは正しかったようだ。
どうやら今回は素直にことが運びそうである。
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