―39― 治癒魔術

 爆破魔術を試しに使ってみたところ、爆発に左手が巻き込まれてしまい、結果、左手が見るも無残な状態になってしまった。


「ご、ご主人様っ! も、申し訳ございませんっ! わ、わたくしが余計なことを口走ったばかりにっ!」


 フォカロルが慌てた様子で頭を下げる。


「あわわっ、ど、どうしよう!? な、治さないといけないですよね! どうしましょう!? そ、そうだ、ネネちゃん呼んできますね」


 クローセルも慌てての外に飛び出す。

 確かに、ネネなら治せるだろう。

 それに、ネネの住んでいる屋敷なら、さっきネネを家に送ったときに、クローセルとフォカロルも一緒についてきていた。

 だから、場所も知っているはず。

 ただ、実体化したクローセルが僕の実家を訪ねるのは面倒ことが起きそうな気がして、嫌ではあったが、手が痛すぎてそうも言ってられない。


「どうしたの!? お兄ちゃんっ」


 数分後、クローセルに引っ張られるようにして妹のネネが部屋に入ってきた。


「あ、あのっ、ノーマン様の手がっ」

「なるほど、そういうことねっ! 今すぐ治すわ」


 すぐに事態を把握したネネが作業に取りかかる。


「原因は?」

「爆発魔法に巻き込まれて……」

「あー、なるほどね。って考えたら、人馬宮がいいかしら」


 そう言って、ネネは伸ばした手を傷口に添えて、こう口にした。


「人馬宮よ。ネネの名において命ずる。その力をこの手で示せ」


 詠唱を終えると、傷口に魔法陣が浮かびあがる。


「人体は常に星の影響を受けているわ。病のほとんどが星の影響によるものとされているからね。けど、それを逆手にとる、つまり星の力を利用することで病を治すこともできるってわけ。まぁ、今回は病ではなく怪我だけど」


 と、ネネが解説してくれる。

 僕が通っている基礎コースでは治癒魔術をまだ習わないので、その配慮だろう。


「ほら、もう治ってきたでしょ」


 ネネの言う通り、確かに傷口が治り始めていた。

 それから10分ほど経った頃には、手は元通りに修復していった。


「ありがとう、ネネ」


 ネネの治癒魔術の技術に感心しつつ、礼を言う。


「それに比べて、僕はなんて情けないんだ」


 今回の件は、完全に僕の未熟さゆえの失態だ。

 ネネがいなければどうなっていたことか……。


「仕方ないでしょ。お兄ちゃんの場合、最近魔術を使えるようになったんだから。自分の魔術で自分が怪我をするなんて誰もが通る道よ」


 妹に励まされる。

 なんて優しい子なんだろう。


「それより、その手のやつなに?」


 あっ。

 手のやつ、とは僕の手に刻まれているシジルのことを指しているのだろう。

 まずい、もしかしたら悪魔召喚のことまでバレるかもしれない。


「それって、シジルよね」

「えっと……」


 なんとかして誤魔化さなきゃ、と思うがなんにも思い浮かばない。

 助けを求めてクローセルを見るが、目があったクローセルは「あわわっ」とか言って、動揺しているだけだった。


「もしかして固有魔術の研究しているの?」

「え?」


 固有魔術? どういうことだ?


「もしかして知らないでやっているの?」


 いぶかしげな目でネネが見てくる。


「いや、そう! 固有魔術の研究をしていたんだよね!」


 必死に誤魔化すべく、僕は全力で肯定した。


「お兄ちゃんには固有魔術はまだ早いんじゃない?」


 そういえば、魔導書で読んだことがあった。

 固有魔術を扱うのにシジルが必要だってことを。

 固有魔術なんて基礎コースではやらない範囲なので、うっかり忘れていたが。

 ともかく、手にあるシジルを見られても固有魔術のためのシジルとしか思われないようだ。これを知れたのは大きな収穫だな。


「僕はみんなよりペースが遅いから早く追いつきたくてさ」


 取りつくろうと、嘘をついて誤魔化す。

 なんだか最近ネネに対して、嘘ばかりついている気がするな。


「まぁ、お兄ちゃんの好きなようにやればいいと思うけどさ。でも固有魔術をやるなら、ちゃんと先生の指導のもとやるべきだと私は思うわ。自己流だと、変な癖がついちゃうことが多いから」

「そっか、今度からそうするよ」


 ひとまずこれで、シジルに関してはなんとか誤魔化せそうだな。


「それとも、もしかしてクローセルさんがお兄ちゃんに固有魔術を教えてるんですか?」

「えっ!?」


 突然、話を振られたクローセルは口ごもる。

 ネネってば、クローセルに話しかけるときはなんだかテンションが高くなるよな。

 ちなみにフォカロルは霊の状態のため、ネネには見えていない。


「お兄ちゃんに聞いたんですけど、クローセルさんはあのプラム魔術学院の生徒さんなんですよね! そっか、クローセルさんの指導の元で固有魔術を。それなら、安心ですね」

「え、えっと、えっと……」


 話を理解できないのか、クローセルはひたすら混乱していた。

 やばい、そういえばさっきクローセルがプラム魔術学院の生徒だって嘘ついたんだった。


「あれ? でも、それなら治癒魔術も私じゃなくクローセルさんに頼んだほうがよかったんじゃ……」


 やばいっ、すでに嘘にほころびが生じている!


「ク、クローセルは治癒魔術が得意じゃなくてな……」

「そ、そうなんですか?」

「その代わりクローセルは水系統の魔術ならすごいぞ。なぁ、クローセル!」

「そ、そうです! わたし、水ならなんだってござれって感じです!」


 クローセルも話を合わせようと必死に主張する。


「そうなんですか! わたしもクローセルさんに水系統の魔術教えてもらいたいなぁ」


 ネネは目をキラキラさせてそう語っていた。 

 ふぅ、どうやらやり過ごせそうだ。


「き、機会があれば、ネネちゃんにもその教えてあげますよ」


 と、クローセルが曖昧な約束をとりつけたあとネネは「それじゃあ、あとはお二人でごゆっくりね」と無駄な気遣いを発揮して、部屋を出て行った。

 まず、二人に嘘をついた件について説明しないとな。


「――というわけで、二人はプラム魔術学院に通っていると、ネネに嘘ついたんだよね」

「悪魔のことを身内とはいえ、そう話すべきではないですしね」

「ええ、わたしたち悪魔のことを無闇に話すべきでない以上、嘘をつくのは致し方ないかと」

「やっぱり、悪魔って世間からしたらイメージ悪いのかな」


 すでに何人かの悪魔と知り合った僕としては、そこまで悪魔に対して悪いイメージはないんだが。


「中には人類に害をなそうとする悪魔はいますし、それに悪魔は強大です。その強大さゆえに人類に恐れられるってのは致し方ないことかと」


 まぁフォカロルの言った通りだよな、と思う。

 嘘をつくのは良くないが、この場合やむなしといったところか。

 今後も、悪魔を隠すたびにたくさん嘘をつくんだろうなぁ。


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