―37― 修羅場

「よし、それじゃ早速風の魔術を覚えよう!!」


 荷台の護衛を無事に終えた翌日。

 僕は朝からはりきっていた。

 ちなみに今日も学校は休みなので、朝から活動できる。


「それでご主人様、一体なにから始めるんですか?」

「ご主人様って僕のこと?」

「人間界では自分の主をそう呼ぶと聞きました」

「まぁ、いいんだけどさ………」


 呼び方なんて好きにしたらいいと思うのだが、ご主人様という呼ばれ方はなんだか照れくさい。


「ちなみにその格好はなに?」


 格好とは、なぜだがフォカロルはメイド服を着ていた。


「形から入るべきかと思いまして魔界から取り寄せました。どうです? 似合っていますか?」

「うん、似合ってはいると思うけど」


 実際、メイド姿のフォカロルは様になっていた。

 まぁ、正直な話、フォカロルの見た目は可愛らしいので、どんな服着たって似合うと思う。


「フフフ……ご主人様に褒められました。おっと、わたくしとしたことが思わずにやけてしまいました。はしたないです」


 フォカロルは褒められたのが嬉しかったようで、唇をニマニマさせていた。

 フォカロルは一見、表情が固くなにを考えているのかわからない印象を受けるが、こうしてよく観察してみれば、実際は表情豊かなのが知れる。


「と、そうだ。クローセルを召喚してあげないと」


 本当は風の魔術を覚えてから召喚しようと思っていたが、同時に三体召喚が可能なのがわかったのでクローセルを召喚することにする。

 今度、何体まで同時に召喚できるか限界を試してみてもいいかもしれない。


「クローセルですか?」


 と、フォカロルが首を傾げる。


「僕に水の魔術を教えてくれた悪魔。寂しがってるだろうし、召喚しよう思って」

「そうなんですか」


 と言ってフォカロルは納得する。

 そんなわけでクローセルを召喚した。


「うわぁああああああん、ノーマン様、寂しかったですよぉおおお!!」


 召喚されて早々、クローセルが抱きついてきた。

 瞬間、クローセルの胸が当たる。

 うん、柔らかいです。


「ク、クローセル。なに、勝手に実体化してるんだよ……」

「だって、寂しかったですもん」


 だからって、気軽に抱きつかれるのはなんというか困る。


「なに、堕天使風情がご主人様にくっついているんですか」

「ぎゃー、いたいっ、ちょ、誰ですか、髪引っ張らないでください!」


 フォカロルがクローセルの髪を盛大に引っ張っていた。

 フォカロルもクローセルの髪を触れるってことは実体化しているってことだよな。


「って、フォカロル! なんであなたがここにいるんですか!?」

「私はご主人様に仕える身なので、ここにいるのは当然です」

「ご主人様って……ノーマン様、フォカロルとなにがあったんですか?」


 クローセルは僕にだけ聞こえるようにこそっと耳打ちをする。


「僕もよくわからないけど、なぜかそういうことに……」

「う~っ、わたしあの人苦手なんですよ~っ」


 そういえば、フォカロルを召喚しようってときにも、クローセルは同じことを言っていた。


「なんでフォカロルのことが苦手なんだ?」


 フォカロルは変わっているとはいえ、別段苦手になるような面倒くさい性格をしていると思えない。


「あの人、天使に憧れているとかいう変な人じゃないですか。だから、わたしみたいな堕天使を目の敵にしているようなところがあって」

「あー、なるほど」


 フォカロルにしてみれば、せっかく天使なのに堕天するような存在はおもしろくないのだろう。


「ご主人様、あまり堕天使と親しくしないほうがいいですよ。こいつら穢れていますので」

「ちょ、け、穢れているってなんですか!? 失礼なっ。って、なにさり気なくわたしからノーマン様を取り上げようとしているんですか!?」

「あまりご主人様とくっつかないでください」

「いやです!」


 クローセルとフォカロルが僕をめぐって言い争いを始める。

 その間、僕を双方から引っ張り合うので……めちゃくちゃ痛いんだけど!


「ご主人様、この堕天使は自分の主を裏切った経験があります。あまり信用しないほうがいいですよ」

「あ、わたし今ブチ切れそうです。あなたみたいな下等な悪魔にそんなこと言われる筋合いないと思うんですよね」


 二人とも立ち上がって、お互いににらみ合う。

 今にも殴り合いを始めそうな雰囲気だ。


「なら、どちらがご主人様に相応しい悪魔か決めるのはどうでしょう」

「いいですね。それで、決め方はどうします」

「フヒヒッ、もちろん悪魔らしく殺し合いでしょう」

「いいですね、わたし好きです。嫌いなやつを殺すの」


 いつも表情を変えないフォカロルは不気味な笑みを浮かべていた。

 いつも笑顔なクローセルは瞳孔を開いてフォカロルを睨んでいた。


 え? ちょうこわいんですけど。 

 悪魔ってやっぱりこわいんだな。


「あ、あの二人とも落ちついて……」


 二人をなだめようと、僕はそう言うが、うん、二人とも僕の話を聞く気配もないや。


 さて、どうしたものかと、僕が頭を悩ましているとき――


「お兄ちゃん、遊びにきたよー!」


 と言って、扉を開ける妹のネネの姿があった。

 だから、なんで勝手に家に入ってくるの!? 鍵はどうした? 鍵は。


 さて問題です。

 僕の部屋で女の子二人が言い争いをしていました。妹の目にはどう映るでしょう?


「修羅場っっ!!」

「なんでそうなる!?」

「お兄ちゃんが汚れてるぅぅぅ!!」


 ネネはそう叫びながら廊下を走っていった。

 ついでながらクローセルとフォカロルは我に返ったようで気まずそうに俯いていた。

 この二人はほっといても大丈夫みたいだし、僕はネネを追いかけた。


「ネネッ!!」

「ひぃっ!」


 なぜかネネは不快なものでも見るような目で僕を見た。


「誤解だからな……」

「私、お兄ちゃんはクローセルさん一筋だと信じてたのに」

「いや、そもそも……」


 俺とクローセルはそういう関係じゃないんだが……どうやって誤解を解くべきか。


「他の女にも手を出すなんて最低っ!」


 だからフォカロルに手を出した覚えはないんだが。


「しかもその女の人にメイド服着せるなんて! 変態なのっ!?」


 しかもネネはちゃっかりフォカロルの格好まで把握していたようだ。


「だから誤解なんだって……」

「だったらどういうことか説明してよ」


 と言われてもだな。

 なんて説明すれば……。

 もちろん悪魔のことを話すわけにいかない。


「彼女たちは僕に魔術を教えてくれてるんだ。僕が最近魔術を使えるようになったのも彼女たちのおかげなんだよ」


 あながち嘘でもないことをいう。


「じゃあなんで喧嘩してたのよ」

「それは決して修羅場とかじゃなくて、ただ魔術の理論について言いあいしてたんだ」

「でも、クローセルさんももう一人の人も学校では見たことないわ」


 妹ながら、痛いとこをついてくるな。


「彼女たち見るからに俺より年上だろ。学校じゃなくて学院に通ってるんだよ」


 今通っている学校を卒業したら通う学院の生徒だと主張すれば、なんとか辻褄あうか。


「どこの学院に通っているの?」

「プラム魔術学院」


 一番最初に思いついた学院の名前をいってみる。


「プラム魔術学院だなんて、凄い優秀じゃないと行けないとこじゃない! すごい!」


 途端ネネは目を輝かせた。

 どうやらこの調子ならうまくごまかせそうだ。

 嘘に嘘を重ねる結果にはなったが、まぁ彼女たちが優秀なことに間違いないので問題ないか。


「そっか、お兄ちゃんが魔術を覚えたのはクローセルさんたちのおかげなんだ。私もぜひ、魔術を教えてもらいたいわね」

「そうだな、機会があったらお願いしてみるよ」


 まぁ、そんな機会は一生こないけどな、と思いつつテキトーに会話をこなす。

 その後、ネネの会話にあわせることで、なんとか誤解を解くことに成功したのだった。


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