―36― 治癒
「フォカロル! まず、拘束する。10秒時間稼げ!」「り、了解です!」
今にも暴れだしそうなブエルをとめるべく、そう命令を出す。
「人間の匂いがたくさんするなッッッ!! こいつらを食えばいいのか!」
「やめてくださいッッ!!」
ブエルが勝手に動こうとするのをフォカロルが風を動かし、阻止する。
今のうちに。
「――我は汝、第10位ブエルに厳重に命ずる。我は汝を拘束する。速やかに、その場にとどまり一切の行動を禁止する。我の命令のみを聞き入れたまえ。汝が我に服従しないのであれば、我の名において、汝を呪い、汝から全てを奪うであろう」
言い終えた瞬間、ブエルの動きが固まった。
「喋るのを許可する」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃッッッ!! これはなんだ!? なにが起きているんだ!?」
「ブエル、僕と話をしてくれないか?」
「誰だお前?」
「僕はノーマンと言います。あなたにお願いがあって召喚しました」
「うひゃひゃひゃッッ!! お前が召喚者か。それで誰を喰らえばいい? 悪魔を召喚したんだ、誰かを呪うってことだよなァ!」
「いえ、あなたに治してほしい人がいるんです」
「ん? どういうことだ? 悪魔に誰かを治してほしいって!? いいか、悪魔ってのは破壊と衝動の象徴なんだよッ! その悪魔に向かって、治せだって? それは筋違いってもんだぁ!」
「違う。少なくとも、わたくしは破壊を良しとしないです」
フォカロルが口を挟んだ。
「誰かと思えばフォカロルじゃないか! 貴様こそ、まさに破壊と衝動の象徴じゃないか!」
「違う、わたくしは……っ」
「おん? なにを言っているんだ? だってお前は今までたくさん殺してきたじゃないか!」
「違うっ、違うっ」
「肩肘張らないでよ、もっと自由に生きようぜ、フォカロル! 破壊と衝動、それが悪魔ってもんよ!」
「だから、違うって――」
「フォカロル、一旦落ち着け」
僕はそう言ってフォカロルの手を握る。
「今は言い争いしている場合じゃないだろ」
こうして時間を浪費すればするほど少女の腕の状態はより悪化していくんだ。
「は、はい……」
フォカロルは恥ずかしそうに俯いて返事をした。
「ブエルさん、確かに悪魔は破壊と衝動の象徴かもしれない。けれど、あなたは聞くところによると治癒が得意だそうじゃないか」
「うひゃひゃひゃ! そうさっ! 俺は悪魔なのに、破壊より治すほうが得意なんだよ! 悪魔なのにだ!」
「そんなあなただからこそ、折り入ってお願いがあるんです。そこの彼女の腕を治してほしいんです」
「いやだね! だって俺は悪魔だからさぁ! うひゃひゃひゃ!」
ブエルは下品に大口を開けて笑い出す。
「あなたねっ」
それを見たフォカロルが目をキッと睨ませ、前に進み出る。
僕は「僕に任せて」といって、彼女を無理やり下がらせる。
「だったら僕にも考えがある」
「考えだと?」
「そうだ、お願いじゃなくて命令だ、ブエル。彼女の腕を治せ」
「うひゃひゃ! 従うわけがないだろうが!」
「だったら僕も悪魔らしくやらせてもらう。言っただろ、従わなかったら呪うと」
「あん?」
ブエルがそう言葉を漏らすと同時に、
ブエルの全身に異変が起きた。
「おいおい、なんだこりゃ! 苦しいじゃねぇか!」
拘束の呪文は必ずしも拘束するためだけの呪文ではない。
従わない悪魔を呪う。
それがこの呪文の本質だ。
ブエルの全身を邪気のような黒い炎が包んだ。
「体が熱くてどうにかなってしまいそうだぁ!」
「もう一度聞く。僕に従うか?」
「うひゃひゃひゃッ! 従う、従うさ! 従うしかないだろっ! 早く、この呪いを解いてくれっ! 死んじまいそうだ!」
「呪い解除」
そう言うと、ブエルを包んでいた黒い炎は消えていく。
「それで、この娘の腕を治せばいいのかァ?」
そう言って、ブエルは少女のほうへと振り向いた。
「意外と素直なんだな」
ふと、思ったことを口にした。
拘束の呪文で苦痛を与えたとはいえ、あっさりと言うことを聞く気になったブエルに対してそんな感想を抱いた。
「処世術だよ。魔導書『ゲーティア』を使いこなしている人間には逆らわない方がいいってな」
そう言って、ブエルは下品な笑い声をあげる。
ともかくブエルが素直に言うこと聞いてくれそうでよかった。
「あ、あの……どなたかと喋っているのですか?」
ふと、少女を抱えた母親が質問をしてくれる。
そうか、ブエルのことを見えていない人たちには僕が独り言をしているかのように見えるのか。
「ええ、今、あなたの怪我を治してくれるっていう天使と対話しています」
「天使ですか!?」
途端、母親は驚きとともに笑顔を浮かべてた。
他の人たちも天使の単語を聞いて、喜びに声をあげる。
悪魔を召喚したなんて言うわけにいかないし、ここは天使と言っといたほうが無難だろう。
「うひゃひゃひゃひゃ、俺を天使扱いだってよ。人間はどんだけ間抜けなんだぁ!」
とか言ってブエルは笑っているが。
その後、ブエルは命令通り少女の腕を治してくれた。
「次召喚するときは俺に破壊する命令をくれよなぁ!」
ブエルは去り際そう言って、退去していった。
「此度は娘の腕を治していただいて、大変ありがとうございました」
去り際、怪我をした娘の母親がお礼をいって深く頭を下げてきた。
結局、あの後、他の魔物に襲われるといったこともなく、無事護衛を終えることができた。
「いえ、そもそも娘さんに怪我を負わせたのが僕らの不手際でしたので、こちらこそ大変申し訳ございませんでした」
そう言って、僕の方も頭を下げる。
「その、まだ子供だというのに大変しっかりされた方なんですね」
なんて感じで母親から褒められた。
「おにーちゃん、おねーちゃん、腕なおしてくれてありがとねー!」
ばいばーい、とすっかり元気になった娘が去り際、手を振ってくれた。
それから行商人の方々からもお礼を言われた。
実際に魔物から守ってくれたということで、報酬には多少の色をつけてくれた。こういうとき、下手に断るより受け取ったほうがいいだろう、と考え、僕はありがたくそれを受け取った。
「その、ありがとうございました……」
帰り際の馬車の中で、フォカロルがそう口にした。
「僕はなにもしてないよ。魔物を追い払ったのはフォカロルだし、怪我を治したのはブエルだ」
そう、本当に今回僕はなにもしていない。
自分の未熟さをただ痛感させられただけだ。
「けど、あなたがいなかったら、少女の怪我は治せないままでした」
「でも、実際に治したのはブエルだ」
そう僕が反論すると、フォカロルはなにかを言いたげに口を膨らませる。
「今回の件で、わたくしがいかに未熟かを思い知らされました」
フォカロルは見るからに落ち込んでいた。
別にフォカロルが落ち込むようなことはないと思うんだが。
「あなたに風の魔術を教える件、引き受けます」
「えっ、本当!?」
僕は驚く。
色々あったけど、フォカロルがその気になってくれたということで、今回の人助けは大成功というわけだ。
「ですが、条件があります」
喜んでいる僕に水を差すかのように彼女はそう言った。
「その条件とは?」
風の魔術のためだ。僕ができることなら、なんだってやるつもりだ。
「わたくしをあなたに仕えさせてください」
ん? どういうこと?
「天使は主に仕える存在です。ですので、わたくしもそれを真似て、あなたに仕えると決めました」
フォカロルは僕の前で膝をつく。
「よろしくおねがいします。我が主様」
彼女はそう言って、手を伸ばす。
「う、うん、よろしく……」
僕は彼女の手をとって、そう答えた。
彼女にどういった心境の変化があったのか、僕には知る由もないが、風の魔術を覚えるためなら、この程度そう問題もないだろう。
「そういえば、オロバスさんがいないですね」
「はっ!? 荷馬車に置いてきちゃったかも!?」
オロバスが荷台でぐっすり眠っていたせいで、その存在をすっかり忘れてしまっていた。
まぁ、オロバスなら、ほっといても自分で戻ってくるか。
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