―35― ブエル

「おい、フォカロル。治癒が得意な悪魔を教えてくれ!」


 咄嗟に僕がそう言うと、フォカロルはすぐに反応を示す。


「え、えっと、じょ、序列10位ブエルです」

「ブエルか」


 時間が惜しい。

 時間が立てば立つほど、少女の腕は完治しなくなる可能性が高くなる。


 だから、悪魔を退去させる暇はない。

 やったことがない三体動同時召喚を土壇場でやることになる。


 ホントは人のいる前で悪魔召喚をしたくなかったが、彼らは魔術に関しては素人。悪魔召喚だってわかるはずがないから、その点不安はない。


 懸念があるとすれば、ここが僕の部屋じゃないということ。

 つまり、いつも悪魔召喚に使っている魔法陣がここにはない。


 けど、やってやる――ッ!


 僕は魔導書『ゲーティア』のブエルのページを開いた。

 僕は火の魔術や水の魔術を行うとき、空中に魔法陣を出したうえで魔術を実行している。

 あれはシジルそのものに魔法陣が刻み込まれているおかげで、自然と完璧な魔法陣が出現するようになっている。


 あれと同じように今から空中に魔法陣を作り出す。

 目をつぶれ。

 まず、魔法陣を頭の中で完璧にイメージする。

 そして、宙に無尽蔵にあるとされるエーテルを感じろ!


 光とはなにか?

 それは宙にあるエーテルの振動によって発生するものだ。

 であれば、エーテルを意図的に振動させることで、空中に自由に魔法陣を描くことができる。


「光れっ! 光れっ!」


 僕は念じながら、エーテルに魔力を送る。

 けれど、光らないっ!

 くそっ、僕には精霊と同じようにエーテルも制御できないのか!


「諦めないでくださいッ!」


 見ると、フォカロルがそう言って、僕の手を握る。


「わたくしと一緒にイメージをしてください!」


 フォカロルが必死の形相で叫んだ。

 僕は肯定し、もう一度目を閉じる。

 すると、なんだろう。フォカロルの手から魔力の流れのようなものが濁流となって伝わっていく。

 魔力の中にはフォカロルの感情や思いも一緒になって伝わる。

 フォカロルが天使に憧れている。その本気さが伝わってきた。

 その流れてくるものの1つに、エーテルの感覚も含まれていた。


 こういうことか!

 感覚を身に着けた僕は目を開け、頭の中で思い描いていた魔法陣を宙に出現させた。

 これで召喚できる!


「――我は汝をノーマンの名において厳重に命ずる。汝は疾風の如く現れ、魔法陣の中に姿を見せよ。世界のいずこからでもここに来て、我が尋ねる事全てに理性的な答えで返せ。そして平和的に見える姿で遅れることなく現れ、我が願いを現実のものとせよ。来たれ――第10位、ブエル!」


 元から光っていた魔法陣がさらに眩しいくらいの光を放つ。

 成功した……!

 同時に、ドッと疲労感が体を刺激し、一瞬体がよろめく。

 流石に、三体同時召喚は体力を使うらしい。


 そして、一人の悪魔が現れた。

 その姿は異形のものだった。

 獅子の顔、そして顔の周りを囲うように5本の足がついている。


「うひゃひゃひゃひゃひゃッッッ!!! ここは人間界かッ! 人間をたくさんぶちのめしてやればいいいのかッッッッ!!」


 発する言葉は典型的な悪魔とでもいうべきものだった。


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