―17― 序列第49位クローセル
「わたくしはすでに準備完了でございます!!」
オロバスはそう言って、体を伸ばしていた。
これから僕の部屋でクローセルを召喚しようとしていたところだ。
まぁ、今回はオロバスの出番はなさそうだけど。
アイムのときみたいにクローセルが暴れるなんてこと想像はできないし。
よし、と僕は気合をいれて召喚の呪文を唱えた。
「汝、隣人を愛しなさい。そして、主を崇めるのです。まぁ、わたしは天界を追放されたので、そんな気分ではありませんが……」
今回は開幕からすでに暗い気分での登場だった。
「クローセルさん、あなたを救いに来ました」
僕は覚悟を示すつもりで早々にそう宣言した。
「わたしを救う……。わたしを天界へと導いてくれるのですか?」
「それは申し訳ないけど僕にはできないことです」
「そうですよね……。あなたにそんなことできるはずがありませんよね」
クローセルは露骨にがっかりした表情を浮かべる。
とはいえ、できないことはできないとはっきり言ったほうがいいと僕が判断したまでだ。
「クローセルさん、よかったら僕にどうして天界を追放されたのか教えてくれませんか? 話したら少しは楽になるかもしれません」
「天使が人間に罪の告白ですか……。あなたに告白したところで主の赦しを得るとは思えませんが。まぁ、いいでしょう」
投げやりといった感じでクローセルは語りだすのだった。
「天使の仕事は主の意向の赴くままに人を導いたり、人を守ることです。ですが、時に主は人間に試練をお与えになります。あのときもそうでした。主は人間に洪水という試練を与えたのです。その洪水で何人もの人が亡くなる予定でした」
クローセルの話を聞いていて、主はなんて残酷なことをするんだろうと思った。
本当に主の言う通り、試練なんてことが必要なんだろうか。
「ですが、その洪水で亡くなる予定の人たちに、たまたまわたしの見知った人々がたくさんいたのです。それで思わず、主の意向に反して洪水を止めてしまったのです。洪水の原因である水の女神をわたくしが食らうことで」
「それはいいことじゃないの?」
今の話を聞いて思った感想がこれだった。
天使の役目が人を守ることなら、クローセルのやったことはなにも間違っていないはずだ。
「いえ、天使はあくまでも主の手足でなくてはいけないのです。わたしに利己的な感情が芽生えた時点で、わたしは天使失格なのです」
まぁ、天使の役割が主の意向に絶対的にそうことなら、クローセルはたしかに天使失格だ。
「それで天界を追放されたの?」
「ええ、そうです。主の意向に背いたこと、それと水の女神を食べることで殺した。この2つがわたくしの罪であります」
「そうなんだ……」
僕はそう口にして、次にどうクローセルに声をかけるべきなのかわからなくなってしまった。
というのも天使の気持ちに全く共感ができないからだ。
今の話を聞いて、クローセルはなにも悪いことをしたと思えなかった。
けれど、その言葉を言ったところで彼女はなにも救われないだろう。
「ねぇ、クローセルには悪魔って存在がどう見えている?」
だから僕は別の方向からクローセルの真意を探ることにした。
「主を欺こうとする悪逆非道のやつらです」
クローセルは即答する。
悪魔に対してけっこう酷い言いようだ。
クローセルもそんな悪魔の一員なんだけどね。
「僕はそうは思わない。まぁ、僕はまだたくさんの悪魔と出会ったわけじゃないけど、でもわかるんだ。悪魔ってのは利己的で非合理的で感情的な奴らの集まりだって」
僕はフルカスさんの言葉を一部借りてそう主張する。
「だから自分勝手に人を助けたクローセルさんは十分悪魔らしいよ」
「あ、あの、わたしのこと傷つけようとしてます?」
「いや、別にそんなつもりはないけど……」
慌てる。
使う言葉間違えたかなぁ。
「ねぇ、クローセル。僕と一緒に楽しいことをしない?」
「楽しいことですか……?」
「そう、せっかく自由になれたんだから、自分が楽しいと思うことをやらなきゃ損だよ」
「自由ですか……?」
今のクローセルは天使の頃に比べたら自由だ。なのに、ただ落ち込んでいるのはもったいない。
「そう悪魔ってのは自由に楽しむ連中の集まりだ。オロバスだってそうだよね」
「ええ、わたくしにとってマスターに仕えるというのは最上の喜びでありますぅううううう!!」
そう、オロバスは感情的に泣いたり大げさに僕を讃えたり、それでいて退去を嫌がったりなど本当に悪魔らしい存在だ。
「だからクローセルも楽しもうよ」
「でも、楽しむってわたしにはどうすればいいのかわかりません」
「そうだな、クローセルにはなにかやりたいことはない?」
「やりたいこと、ですか?」
そういって、クローセルはじっと僕の顔を見る。
すると、あれ? クローセルは顔を真っ赤にして目を泳がせた。
なんでだろ?
「そ、そうですね……人間ともっと交流とかしたいかもしれません」
そうか、クローセルは人間を助けるために洪水をとめたと言っていた。
だから人間に元々興味があったのだろう。
「よし、じゃあ、まず僕と仲良くなろう」
そう言って、僕は手を差し向ける。
するとクローセルは「は、はい……」とぎこちながらも手をとってくれた。
「よし、じゃあ、早速で悪いけど水の魔術を教えてほしいな」
「はい、わかりました」
うん、早く水の魔術を覚えたい。
さっきからその欲望で僕の頭はいっぱいだった。
◆
クローセル視点
遠い昔の話だ。
まだ、クローセルが天使だった頃。
そのときは、今と違い天使らしく感情が希薄だった。
「ねぇ、天使さん、僕と遊ぼうよ」
ふと、ある日、人間の少年にそう呼ばれた。
このとき、私は主の命令で外界に降りてはやるべきことをしていた時期だった。
「いえ、わたしにはやるべきことがあるので、そういうわけにはいきません」
そう冷たく返した記憶がある。
なのに、少年は次の日もその次の日も顔をあわせるたびに、「遊ぼう」と声をかけてきたのだ。
そうしたら、いつの日か少年と話をするようになり、気がつけば一緒に遊んでいた。
気がついたときには、少年だけではなく町のいろんな人とかかわりを持つようになっていた。
天使であったときは、自分はどこか機械的で感情というのが存在しなかった。
なのに、少年や町の人たちとかかわり始めてから、どこか自分に感情のようなものが芽生えてきた。
そして、ある日。
主によって、町の住人たちに洪水という試練をお与えになることになった。
以前の自分なら、なにも考えず実直に命令に従っただろう。
だけど、そんな自分はもう存在していなかった。
そのあとは、すでに話した通り、水の女神を取り込むことで人々を救った。
そして、命令違反により堕天した。
悪魔となったわたしはそれから長い間、魔界で陰鬱な日々を過ごしていた。
毎日毎日、主に懺悔しては自分に後悔していた。
「だからクローセルも楽しもうよ」
だけど、今日、1人の少年が自分に対してそう口にした。
昔出会った少年とどこか重なるのは気のせいだろうか。
楽しむ。
そんな感情、ずっと忘れていた。
だけど、思い出したのだ。少年と町の住民たちと触れ合ったとき、確かに楽しかったことを。
もしかしたら、この人なら、再び自分を楽しませてくれるのかもしれない。
だから、クローセルはノーマンの手をとった。
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