―10― 拘束の呪文

「よし、それじゃあ魔術の特訓をしよう」


 早速僕はそう提案した。


「かしこまりました、マスター。わたくしも手伝わせていただきます」


 実際のところ、僕は早く魔術の特訓がしたくてたまらなかった。

 やっとこの時がきた! という感じである。


「それじゃあ朝言ったとおり拘束の呪文の特訓を始めようと思う」


 魔導書『ゲーティア』によると、拘束の呪文とは、悪魔が召喚者の意に反してなにかをしようとしたとき、悪魔を動けなくする呪文とのことだ。


「ならば、わたくしが動けなくなったのがわかりやすいよう、常に動いていますね。そうですね……ダンスでも踊っています」


 といって、オロバスはダンスを踊り始めた。

 妙にキレキレなダンスである。

 ホントこの悪魔、多芸だな。


 さて、特訓を始めるべく、まず魔導書の拘束の呪文が書かれているページを開く。

 そして呪文の詠唱を始めた。


「――我は汝、第55位オロバスに厳重に命ずる。我は汝を拘束する。速やかに、その場にとどまり一切の行動を禁止する。我の命令のみを聞き入れたまえ。汝が我に服従しないのであれば、我の名において、汝を呪い、汝から全てを奪うであろう」


 途端、ダンスを踊っていたオロバスはピタリと固まった。

 成功したのか?


「オロバス、全く動けない感じか?」

「そうですね……」


 オロバスはそういうと、気合いを入れ始める。

 そして、「ふんすっ!」とオロバスが鼻から息を出すのと同時に、体が動き始める。

 拘束が解けたのだ。

 再び、オロバスはダンスを踊り始めていた。


「がんばれば、拘束を解くことができました」

「そうか、とりあえずもう一回やってみる」


 それから何度も試してみたが、うまくいくことはなかった。


「やっぱり僕には才能がないのかなぁ」


 思わず嘆いてしまう。


「いえ、そんなことはないかと存じます。マスターほど、才覚溢れる人をわたくしは今まで見たことがありません」

「なんで、そう言い切れるんだ?」

「それはマスターがわたくしを半日以上召喚し続けても平気でいられるからです。普通なら、悪魔召喚するだけでも多大な体力と魔力を消費し、中には気絶するものもいるくらいです」

「そうなのか」


 そう言われるとなんだか自信とやる気が溢れてきた。

 よし、と気合いを入れてもう一度拘束の呪文に向き合ってみる。

 何度やっても成功しないということは、根本的になにかが間違っていると考えるべきだ。


 そうだ、ルドン先生は魔術を発動させるさい、頭の中で明確にイメージしたほうがいい、と言っていた。

 この場合はなにをイメージしたほうがいいんだろう。

 拘束といえば……手錠、鎖、縄とかか。

 オロバスが縄でぐるぐる巻きにされて動けない光景をイメージしよう。

 今度は、それをイメージした状態で拘束の呪文を唱えてみた。


「うっ……」


 すると、オロバスはさっきよりもキツそうな反応を示した。

 だが、


「ふんぬッ!!」


 ビリビリビリッ! となにかが破れるような音がして拘束が解けた。


「さっきよりは明らかにキツかったであります……」


 そう言ったオロバスの鼻息が荒かった。

 拘束は解かれてしまったが、確実に進歩している。


 しかし、これ以上強くするにはどうしたらいいんだろう?

 もう一つルドン先生に教えてもらったことがあった。

 目を閉じて精霊の呼吸を感じよ、と。

 僕の場合は悪魔だけど。


 僕は目を閉じる。

 すると、オロバスが放つ莫大な魔力を肌で感じた。

 しかしよく観察してみると、その魔力は血のように絶えず流れていた。

 もし、この魔力の流れを止めたらどうなるんだろう?


 ふと、そんな考えが浮かぶ。

 よし、やってみよう。

 そう決意し、川をせき止めるダムのように魔力の流れをせき止めるイメージを頭の中で明確に思い描く。

 そして、その状態で拘束の呪文を唱えた。


「――――ッッ!!」


 オロバスは苦しそうな表情になる。

 今度こそ手応えがあった。

 オロバスは喋ることすら困難なぐらい、微動だせずに固まっている。


「喋るのを許可しよう」


 僕がそう許可を出すと、オロバスが口を動かし始めた。


「マスター、おめでとうございます。わたくし、全く身動きがとれません」


 どうやら拘束の呪文を完璧に覚えることに成功したようだ。


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