第43話 腕試し

「腕試しか……それはこちらも望む所だ」

 英雄の力を知ることは、敵との戦いの前に調べておかなければならない最重要課題だ。

 果たして、俺達の力は通じるのか、否か。

 期待を掛けてくれた王子には悪いが、場合によっては英雄とやり合うより、逃げながら敵兵を削る方向に路線を変えねばならない。

 つーか、こんな場所で死ねないしな。


「フフフ……いい度胸だ」

 嬉しそうに呟きながら、コルリアナは椅子から立ち上がる。

 でかい!

 素直にそう思った。

 いや、圧力プレッシャーによって大きく感じるとかじゃなく、物理的にでかいんだよ、この女傑ひと

 立ち上がったコルリアナの身長は、190㎝を軽く越えているだろう。

 俺の身長が170㎝半ばなので、頭一つ以上も大きい。

 俺より背の低いラービなんかとは、まさに大人と子供ほどの差があるだろう。


 椅子に座っていた時はこんなにでかいとは思わなかったが、こうして見ると身長だけでなく、コルリアナの身体の厚みもよく解るというものだ。

 ゆったりとした普段着の上からでも、女性を象徴する大きな胸の膨らみが主張してはいるのだが、それを打ち消すような肩幅の広さ、袖口から伸びる太い腕や、はち切れんばかりの太股が力強いインパクトを与えてくる!

 一見、短くめに切り揃えてあるような髪も、よく見れば後ろに纏められて三つ編みにされているのだけれど、可愛らしさよりも蠍の尻尾から受けるような禍々しい雰囲気が漂っている。

 こうなると、整った顔立ちも「綺麗」ではなく「精悍」といった印象になってしまうな。


 まったく……「なんたるゴリウー(ゴリラちっくなウーマン)!」としか言いようがない、ゴリウーっぷりだ。


「さて……じゃあ、ちょっと暴れてもいい場所に行こうか」

 付いてきなと、俺達を促してコルリアナは部屋を出る。

 そうしてズンズン進んでいくその背中を、俺達は追っていった。


「姐さん、どちらに行くんスか?」

「後ろのガキ共はなんスか?」

「なんだ、なんだ?なんかあるのか?」

 どんどん進むコルリアナに、次々と兵士……兵士だよな?が、声をかけてくる。

 つーか、なんなんだ、ここの兵士の柄の悪さは。

 パッと見、兵士というよりは世紀末にモヒカンにしててもおかしくない様な連中にしか、見えないんだが?


「コイツらは王都から派遣された、今度の戦いの秘密兵器だよ。今から腕試しさ」

 コルリアナの言葉に兵士達はざわつくが、好奇心が勝ったのか、ゾロゾロと付いてくる。


「おうおう、可愛らしい嬢ちゃんがいるじゃねえか」

「へへへ、俺達の相手もしてもらいてぇもんだなぁ」

 からかう様な下卑た笑みを浮かべ、何人かがラービを舐めるように見つめる。

 ……なんか知らんが、ムカつくな。


 謎の苛立ちを感じ、俺はそいつらとラービを遮るように体を差し込むと、威嚇するように睨み付けた。

 普段なら、小僧だと舐められて終わりだろうが、殺気を込めた睨みに気圧されてか、少し狼狽えつつ連中は距離をとる。


「……大丈夫か?」

首を回してラービに訪ねると、「う、うむ……スマンの」と、顔を少し伏せてラービが背中に頭を付けてきた。

 そのまま、ちょこんと俺の服の裾をつまんで、隠れるように付いてくる。

 ええ……なに、このしおらしい態度?

 あれ、いつものお前ならあんな連中、睨み殺しててもおかしくないよね?

 いや、むしろすでに殴ってるよね?


「ワ、ワシだって年頃の乙女じゃぞ……いやらしい目で見てくる男どもに囲まれたら、心細くもなるわ……」

 まるで、ヒロインみたいな事を言いなさる。

 なんか、そんな風に可愛らしくされると、逆に俺が緊張しちゃうじゃない!


「なんだい、見せつけてくれるね」

 堅くなっている俺とラービをニヤニヤと見ながら、からかい口調でコルリアナが話しかけてくる。

 それに便乗するように、周辺からも俺達を冷やかす様な声がかけられてきた!

 小学生かお前らは!


 羞恥プレイの一種かってくらいからかわれまくり、俺達は広い闘技場にたどり着いた。

 とりあえず、いまだに囃し立てる連中に再び睨みを効かせ、黙らせてから中央まで進んでコルリアナと対峙する。


「さて、面倒な取り決めなんかしたらお互いに力を発揮できないよね」

「そうだな。とりあえず、どちらかが立てなくなったら終わりって事でどうだ?」

「いいね、そういうシンプルなのは大好きさ!」

 方針が決まると兵士が数人、様々な武器を抱えて俺の所にやって来た。


「一応、刃引きはしてあるから、あんたも使うといい。こいつなら当たっても死にゃしないさ……当たり所が悪くなけりゃね」

 まぁ、俺に好きな武器を選べって事なんだろうけど、最初から武器なんて使うつもりはない。

 元々、素手で戦うスタイルだしな。


「俺は武器はいらないよ。それより、あんたはちゃんと武器を使ってくれよな」

「あ?」

 なにか気分を害したのか、コルリアナが凄い形相で俺を睨み付けてくる。

 ビキィ!といった効果音や、"!?"といった記号が頭の上に浮かび、熟練の戦士でも真っ青になりそうな表情だ。

 野次馬達も、コルリアナの変化を敏感に察知し、さらに遠巻きになって成り行きを見守る。

 んん、なんか誤解されてはいけないな。


「いや、ほら……あんたがいつも通りに近い戦い方ができないと、俺の訓練にもならないだろ?」

「へぇ……アタシは武器を持ってやっとアンタと互角と、そう言いたいんだ……」

 ん?なんでそうなる?


「いや、今の言い方では、そうとられてもおかしくないぞ」

 ラービにツッコまれて、思わず言葉に詰まる。

 ち、違……そんなつもりじゃ……。

 誤解を解こうとコルリアナに向きなおすと、彼女はすでに武器を取り、「いつでも殺れるぞ、コラァ!」といった雰囲気でこっちを見ていた!


「お言葉に甘えて、アタシは大剣これを使わせてもらおうか。……さっきも言ったが、当たり所が悪けりゃ死ぬかもしれんからね」

 殺る気満々のコルリアナが、にこやかな笑顔を浮かべながら、大剣を構える。

 うわぁ、完全に誤解されてるよ……。


 しかし、 なるほど……大剣を持ったコルリアナは、最初の印象よりも醸し出す雰囲気……強キャラ感と言おうか、そういう物が増している。

 舐められてると勘違いした怒りなんかもあるのかもしれないが、これはこれで本気の英雄が見られるかもしれないし、ある意味ヨシ!

 そして俺は、そんなコルリアナを前に着ていた鎧の手甲と脚甲のみを残し、他は外してラービに預けた。

 するとコルリアナの表情が、さらに険しくなっていく。


「てめぇ……忠告したにもかかわらず、鎧を外すってのは、どういう了見だ……あぁ?」

 プルプルと体を震わせる彼女の肉体からは、怒気の高熱が蜃気楼のように空気を揺らめかせる。

 言っておくが、俺は彼女を舐めてる訳ではない。

 むしろ、この世界でタイマン張る相手としては、ヤバいランキング上位に確実に入っていると思っている。

 だが、こうして鎧を外したのは、自分を追い込む「背水の陣」の心境でもって、『英雄』の強さをこの身で実感してみたいというのがあるからだ。

 そして、頭に浮かんだとある戦法が合っているか、それを確認する為に、今の俺には鎧が無い方が良かったからこうしている!


 まぁ、そんな考えがある事を伝えれば誤解は解けるのかもしれないが、コルリアナにはガチで来てもらいたいからな。

 なので、俺はよろしくの意味も込めて、「てへっ♥」って感じで可愛らしく微笑んでみた。


「殺す……」


 あ、ヤバイ。怒気が殺気に変わった。

 マグマの様に噴き出していた彼女のオーラが、冷たく研ぎ澄まされた刃物の様に変化する。

「今のは、ヌシが悪いよ……」

 ラービからもツッコまれて、ちょっと冗談が過ぎたと少し反省。


 そんな俺とは裏腹に、見学していた周りの連中は、コルリアナの殺気当てられて体を強張らせている!

 中には失神する奴も出るほどのプレッシャーが支配する場で、しばしのにらみ合いが続いていた。


 そこで俺は、ふと勝敗の取り決めはしたが、スタートの合図は決めていない事に気付いた。

 うっかりしていたな……と、俺は掛け声を頼むために、チラリとラービに視線を向ける。


 そして次の瞬間!

 目にも止まらぬ速度で振り上げられた大剣が、俺の頭を目掛けて振り落とされてきた!


 うおおおおおっ!

 ギリギリの所で体を捻って刃をかわし、俺は慌てて距離をとる!

 あ、危なかったぁ!

 油断していたつもりはないけれど、コルリアナの攻撃は予想を遥かに上回る速さと鋭さを持っていた!


「オラ、オラ、オラァ!」

 かなりの重量がありそうな大剣を、まるで小枝の様に軽々と振り回しながら、矢継ぎ早に攻撃を畳み掛けて来る!

 しかも雑に振り回している様に見えて、その実、巧みな体さばきで隙を無くしながら連撃に繋げているのだから、コルリアナの技量の高さが感じられた!

 おっと、感心ばかりもしてられない。

 俺は反撃に転じる為に、一歩踏み出して大剣を向かえ打った!


 その一瞬、コルリアナの顔に笑みが浮かぶ!

 大剣の重量に加え、速度の乗った刀身を止められる訳かないと思ったのだろう。

 実際、止めようとすれば吹き飛ばされるか、体の何処かが砕かれてしまうだろうな。


 止めようとすれば!


 差し出すように構えた左腕の手甲に、大剣の刃が触れたその刹那!

 腕を捻りながら外向きに払い、その流れに乗せて大剣の軌道をずらしつつ、コルリアナの体勢を崩す!

 そして一瞬、動きの止まった彼女の腹に、カウンターとなる掌打を発剄と共に叩き込だ!

 なんちゃって絶招『猛虎硬爬山』!


「ごはっ!」

 まともに入った一撃に、コルリアナが苦悶の息を吐き出し、よろめきながら後ろに下がる!

 「なんちゃって」とはいえ、いい手応えはあった!

 意図していた展開とは若干違ってはいたが、今後の事を考えると、ここで終わりにしてもいいかもしれない。


「…………くっ、くく」

 呻きながらコルリアナが口元を拭い、上体を起こして正面から向き直る。

「くははは!まんまと食らっちまったよ!やるじゃないか、カズナリ!」

 愉快そうに笑いながら、コルリアナは吠える!

 嘘だろ、効いて無いのかよ!

 いや、そりゃ確かに練度不足とか、理由は色々あるかもしれないが、かなり強化された今の俺がカウンターで決めたのに、まだまだ余裕とか、どんだけタフなんだ?

 ゴブリン程度の魔人なら、胴体が爆散しててもおかしくない手応えがあったというのに……ううむ、やはり英雄恐るべし!


「ふふん、結構効いたよ。あんな反撃があるならこっちも慎重にいかないとね……」

 両手で大剣を持ち直し、無駄な力を抜きつつ構えてみせる。

 そこには先程のような荒々しさは無いものの、より洗練させた静かな迫力があった。

 まるで巨大な肉食獣が、隙あらば襲いかからんとしているかのようだ。


 思わず相手を冷静にさせてしまったが、こうなれば俺の仮設が正しいか試してみるのみ。

 俺は力を抜き、構えすらといて、だらりと立ち尽くす。


「こおぉぉぉぉ…………」

 そうして深く呼吸をして、ダラリと力を抜くと、まるで気楽に散歩でもするように、コルリアナに向かって歩き出した。

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