第42話 『岩砕砦』の英雄

 あっという間に王都を走り抜けた俺達は、英雄をもってこの国に攻めこまんとしている隣国ディドゥスとの国境を目指して、大街道を突っきりひたすら北へと向かって走っていた。

 俺達を乗せたデルガムイ号は、流石に高い知能を感じさせるだけあって、強そうなモンスターの気配を避け、雑魚とも言えるモンスターは平然と轢き倒していく。

 勝てる相手を見極める知性には感心するけど……でもね、こいつ相当なやべー馬だ。


 なんと言っても、背に乗る俺の言うことを聞きゃしない。

 手綱を引こうが、腹を蹴ろうが、優しく話しかけようが「うるせぇ、黙って乗ってろ」と言わんばかりに無視しやがる!

 もはや俺達は、こいつから振り落とされないように、手綱や鞍にしがみつくているのだけの置物であった。

 そりゃ、俺は乗馬なんて初めてだからデルガムイが自分で走ってくれた方がありがたいにはありがたいけど、自分が主導権握れない高速で移動する乗り物って怖すぎるんだよ!

 例えるなら、ハイスピードで自走する大型バイクに、ただ跨がっているだけといった感じだろうか?

 時々ぶつかりそうになる森の木や、ジャンプで飛び越える地形なんかもあるから、一切油断もできやしない!

 ちくしょう、俺は世紀末覇者やかぶき者適正はないみたいだ!


 ちなみにラービは俺の体を風避けにして、その背にピッタリとくっついて離れようとしない。

 怖いからとか、風圧でひどい顔になるのが見られたら恥ずかしいとかいった可愛らしい理由ではなく、スライム体の身体が吹き散らされるかもしれないからといった、わりと切実な理由からである。


 だけど、そんな地獄のジェットコースターといった恐怖を感じながらも、いまいちこの馬が嫌いになれない。

 それというのも、「強さ的には負けてるから背に乗せるけど、あんたの命令なんて絶対に聞かないんだからネッ!」といった強い意思を感じるこいつのプライドの高さと、「王族以外にはかしずかないんだからっ!」といった忠誠心が見えるからだろう。

 フッ……馬にしておくには、惜しい野郎だぜ。


 ──さて、兎にも角にも戦の場となるアンチェロン側の国境の砦、通称『岩砕城壁』にはこのペースで行ければ明日の夕方くらいには到着できると聞いている。

 そのくらいの日数で到着できる足を用意するのが王子との交渉の際に決められており、このデルガムイ号が派遣されたのだから、その辺の間違いは無いだろう。


 そうなれば、『岩砕城壁』に到着する前に少し情報の整理をしておいた方が良いかな……。

 障害物を避けるのは肉体の反射にまかせ、俺は脳内でラービと打ち合わせをすることにした。


 アンチェロン側の防衛拠点と、ディドゥス側の防衛拠点の間には二、三キロにもなる平地があり、そこの中間が国境ラインとして設定されている。

 ディドゥス側は騎兵が多い事から、平地での戦いは彼の国が有利な為、アンチェロン側はもっぱら砦に籠っての防衛戦がメインなんだそうだ。


 先ずは味方側の戦力。

 『岩砕城壁』に常駐する兵の数は、約千五百。

 正直な所、俺は軍事には詳しくないので、この数が「常駐する兵の数」として多いか少ないかは判らない。

 ただ、アンチェロンとディドゥスは小競り合いが多い間柄との事なので、経験則からの編成が成されているだろうから、このくらいの数が適正なのだろう。

 そしてある意味、兵数よりも重要なのが、『岩砕城壁』を守護まもるアンチェロンの英雄である。

 超人的な強さと、神器と呼ばれる神秘の武器を振るう『五剣』が一人。


 その名は「岩砕剣」のコルリアナ・ウンテマン。


 それが砦の名の由来にもなった神器を振るう、女傑の名前である。

 余談だが、各国の英雄には女性が必ずいるらしい。

 まぁ、神器への適性と強さがあれば性別は不問らしいので当然と言えば当然だが、どの世界でも強い女はいるもんだな。

 ただ、特にフェミニストを気取る訳ではないが、やはり女性相手では戦いづらいので、女性の英雄とはできれば当たりたくないものだ……若干、ラッキースケベを期待はしたいけどね。

 そんな事を考えていたら、脳内で思考が筒抜けだったラービに尻をつねられた。

 超痛い!


 ……気を取り直して、今度は敵の情報だ。

 ディドゥスから進行してきている敵の兵力は約三千。

 数日前にディドゥスの王都から出発したらしいが、国境の向こう側にある彼方の砦に到着するには十日前後かかるらしいので、日数的には少し余裕がある。

 やはり、身一つで移動する俺達とは違って、大人数で移動するにはそれなりに時間がかかるよな。

 兵士の数ではこちらの倍だが、城や砦を落とすには、攻め手は護り手の三倍は必要だと何かの本で読んだ覚えがある。

 なので、それが合っているなら防衛はなんとかなるだろう。


 問題は、敵方の英雄。

 『七槍』と呼ばれる、槍の神器の使い手が二人、敵の中に従軍しているらしい。

 こいつらを倒すか、撃退するのが俺達の仕事だ。

 自分で言うのもなんだが、俺もラービもこの世界での常識を越えるくらいには強くなってると思う。

 だが、英雄もまた常識外れの強さを誇っている。


 直接的な手合わせはしたことは無いが、英雄は一人で万の兵に匹敵するなんて声もあるらしいので、それが二人となると関羽と張飛を同時に相手にするようなものか……って、そんなの想像もつかんわな。


 できれば、五剣の人と手合わせをして英雄の強さを推し測るのが、精一杯かな……。

 後は、敵が来るまで七槍の情報集めくらいしか出来ることは無いだろう。

 他には……鍛えるのみか!

『なんだかヌシも脳筋になってきたのぅ……』

 呆れたようなラービの声が頭に響くが、男にとって筋肉はすべてを解決する第一歩だから仕方ないだろう。


 そんな感じで、脳内会話をしたり、デルガムイの背の上や夜の野宿の寝袋の中で、ラービと短期間の脳内組み手をこなしつつ、俺達は予定通りに国境間際の最前線『岩砕城壁』へと到着した。


         ◆



「これが『岩砕砦』か……」

 目の前にそびえる高い壁、それが左右に長く伸びて俺達の先を塞いでいた。

 その城壁には交通のための大扉があるものの、それに続く跳ね橋は引き上げられている。

 他には深い空堀しかないし……これ、どうすりゃいいんだろう?

 呼び鈴でもあるなら兎も角、中にいる誰かが俺達に気づくまでここで待ちぼうけするしかないのか?


「んー……すいませーん、誰かいませんかー!」

 とりあえず呼び掛けてみる。

 すると、城壁の上からひょっこりと姿を表す人物がいた。

 おお、声を掛けてみるもんだなぁ。


「なんだぁ……?何者だ、お前らぁ!」

 おそらく、この砦の見張りか何かなのだろう。

 男は、俺達に続けて声をかけてきた。

「この辺は、もうすぐ戦になるぞ!巻き込まれたくなきゃ、さっさと引き返せ!」

 うん、知ってる。

 だが、だからこそ俺達はここに来たのだ。


「俺達は、この国の王子様から依頼を受けて、その戦の助っ人に来たんですがー!」

 中に入れてもらうために来訪した理由を告げるが、見張りらしい男は某夢の国のマスコットネズミみたいな笑い声を漏らして、肩をすくめた。

 あれ?なんだろう、この反応は?


「そんな話は聞いていない。訳のわからん事を言ってないで、さっさと帰れ」

 俺達を追い払おうとするように、男はシッシッと片手を降って見せる。

 んんん?どういう事だ?

 連絡ミスか、はたまた何かの陰謀か……。

 だが、ここで「はい、わかりました」帰るわけにはいかない!

「オイ、よく確認もしないでそういう事を言って良いのか?俺達が帰って、困るのはあんたらだぞ!」

 少し口調を強めて言うも、男の顔には胡散臭そうな物を見る表情が浮かぶだけだった。


「……じゃあ、あれだ。王子からの推薦状はもっているのか?」

「え?いや……」

 見張りの言葉に、つい答えに詰まる。

 そんなの、俺は持っていないし……。

 チラリとラービを見るが、首を横に振るばかり。

 念のためにデルガムイの顔も覗き込むが、小馬鹿にするように鼻を鳴らすだけだった。

 いや、だって王子が連絡しておくからって言ってたし……。

 行けばすぐ解るって言ってたし……。


「おい、オヌシ!ワシらが乗る、この馬が目に入らぬか!」

 不意に、俺の後ろにいたラービが見張りの男に語りかけた!

「この馬は王家専用の軍馬、『デルガムイ号』であるぞ!その馬に乗ってきている事こそが、ワシらが王家から以来を受けてきた証拠である!」

 なるほど、その手があったか!

 確かに俺達だけならただの怪しい連中止まりだが、王家絡みの馬に乗って登場となるとしっかり確認を取らざるをえまい。


「……わかった、少し待っていろ」

 少し迷った挙げ句、見張りは頭を引っ込めてしまった。

 おそらく、砦内の偉い人にでも指示を仰ぎに行ったのだろう。


 ……程無くして、俺達は砦内に入る事ができた。

 見張りからの連絡を受けて、砦の本部からやって来た案内役の兵士によれば、結局の所、戦闘準備でバタついていたため連絡が行き届いていなかったと言うことらしい。

 仮にも俺達は、敵方の英雄を相手にする秘密兵器だと言うのに、随分と扱いが軽いものだ……。

 まぁ、忙しい状況は理解できるから、へそを曲げたりはしないけど。


 何はともあれ、城壁の中に入る事ができた俺達は、案内役に先導されながらこの砦の内部をキョロキョロと見回してしまった。

 というのも、この城壁の内部がまるで壁に囲われた一つの町だったからである。

 砦の本部建物をはじめ、兵糧庫や工房などの軍事施設がメインながら、商店があり、宿があり、様々な娯楽施設なんかも展開されていた。


 案内役の人に尋ねてみると、この砦は有事の時以外は人々の出入国を管理する関所の役割を果たしているのだという。

 その為、人の出入りが多く、その人達を相手に商売をする奴等が集まってきて、今の様相を形作ったらしい。

 面白いのは、通常時にこれらの施設を利用するのは今揉めているディドゥス側の商人なんかも混じっているということだ。

 国同士が揉めていても、商売となれば関係無いらしく、客と利益があれば活発に動き回る商人の強かさが感じられる。

 当然のように、その中ではスパイによる情報戦も行われている事だろう。

 まったく未知数な俺達の事が、どんな風に伝わるのか……ふふふ、ちょっと楽しみだ。


 それにしても、殴りあいをしながらも一方では共栄を目指す、そんな国家間の複雑な現実を垣間見たような気がして、ただの一般市民である俺にはとても良い刺激になり、考えさせられる。

 うーん、元の世界にいた時は考えもした事が無かったけれど、帰還できた暁にはそういった世界情勢みたいな物を学ぶのも面白いかもしれない。


 ただ、今は戦争開始の一歩手前であり、この砦内部の町も戦火に見舞われる可能性がある事から、殆どの店が休業状態となっていて、一部の兵士相手の酒場や慰安施設くらいしか開いていないそうだ。

 さもありなん。


 なかなか考えさせらる町を抜け、いよいよ俺達はこの砦を統括する英雄が陣取る、軍事本部の建物へと到着した。

 デルガムイ号を別の兵に預け、案内役と共に五剣が一人の部屋を目指す。


「こちらに、コルリアナ様がいらっしゃいます」

 案内役の兵士が部屋の前へ通され、俺とラービは少し緊張しつつ気を引き締める。

 コン、コンと案内役が扉をノックして先に入室し、俺達の到着を報告した。

 次いで、俺達を室内へと促す。

 だが、部屋に踏みいった瞬間、最初に感じたのは強力な圧力プレッシャー


「よく来たな。王子から連絡は来ていたが、こちらの不備で、手間をかけてしまったようで悪かった」

 手際の悪さを詫びながら、俺達を試すように闘気をぶつけてくる人物!

 部屋に入った俺達の真正面に位置する、大きな机を挟んで悠々と椅子に座る大柄な女戦士!

 彼女こそが、アンチェロンが誇る英雄、『岩砕剣』のコルリアナ・ウンテマンか!


「さて……到着して早々でなんだが、一つ付き合ってもらえるか?」

 まるで獲物を前にした猛獣のように俺達を見つめながら、コルリアナはにこやかな……それでいて獰猛さを秘めた笑みを浮かべた。

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