第44話 対人戦闘での可能性

 殺気も闘気も無く、ただ近づく俺に対して、コルリアナが微妙に困惑しているのが感じられた。

 迎撃しようにも、こちらにはカウンターになる技がある事を知っている為に、迂闊に動けないのだろう。

 そんな一瞬の迷いが、彼女の間合いに俺が侵入する隙を作る!


 するりと近付き、俺は相手の腕を掴もうと手を伸ばした!

 だが、コルリアナの腕を掴む寸前で、彼女は一歩下がって体を引きつつ、自身と俺の間に大剣をねじ込んでくる!

 それと、同時に剣の腹を蹴りあげて、かち上げる様な一撃を逆に繰り出してきた!


 俺は体を横回転に捻って、下段から迫る攻撃をかわす!

 そのまま勢いにのってコルリアナに密着しようとしたが、彼女は蹴り上げた刀身を馬鹿げた筋力で無理矢理に軌道修正し、俺の動きを追うような横凪ぎの一撃として放ってきた!


 上に跳ぶか、横に跳ぶか、はたまた地に伏せるか!

 下手にかわせば、また強引に軌道修正された刃が追ってくるだろう!

 だから、俺は前に出た!


 狙うは、大剣を握るコルリアナの右腕!

 正確には、その肘!

 関節の外側から、その伸びた肘に爪先で蹴りを打ち込む!


「ぐあっ!」

 さすがの英雄も逆関節を攻められては、悲鳴を上げて大剣を落としかける!

 やはり思った通り!


 いわゆる、俺達の世界にある格闘技に該当する技術はこの世界には存在しない!

 いや、正確には戦場で行われる、単純な組み打ちかな何かはあるかもしれないが、対人の為に練りに練ら・・・・・・・・・・れた技術体系・・・・・・というものが存在しないようなのだ!


 考えてみれば、この世界は人間より強い魔獣や魔人なんて物がいて、武器や魔法を持ってそいつらと戦っている。

 素手・・人間・・格闘・・する事に研鑽するなど、夢にも思わないのだろう。

 そんな技を開発したり修練を積むなら、同じ時間をかけて武器や魔法の修練をした方が強力だからだ。

 それ故に、俺やラービが使う対人に特化した格闘技術が盲点となり、脅威になる!


 なにせ、格闘技の源流を辿れば、「武器を持つ相手に対して、いかに素手で戦うか」といったテーマに行き着く。

 まさに、この世界の戦士達にとっては、嫌すぎる相手であろう。


 例えば、俺達だけではドラゴンは倒せないかもしれない。

 しかし、英雄はドラゴンを殺せるし、俺達はそんな英雄を倒す事ができる。

 何やら奇妙な三竦みが、この世界に根付こうとしているのを感じるぜ!


「本当に奇妙な動きと技だ、纏わり付かれて鬱陶しいったら無いね……」

 攻めあぐねているコルリアナが、苦々しげに言う。

「安心しろよ、もう終わらせる」

 ハッタリではなく、本気でそうさせてもらう。

 人知を越えた英雄にも、「技」は通じるのだ。

 それが解れば、コルリアナにも、そしてディドゥスの英雄達に対しても、俺達に囲まれ勝目はある。

 だから俺は宣言した通り、この腕試しを終わらせる為に先手を取って動いた!


 先程のゆっくりした動きとは一転、ダッシュで一気に距離を詰める!

 唐突な速攻に面食らいながらも、コルリアナは合わせて大剣を振るう!

 しかし、今度は避ける事はせずに、手甲で受けてそのまま方向を変えて捌く!

 そして、伸びきったその腕を取ると同時に飛び付いて、体を回転させながらコルリアナごと地面に転がりながら関節を極めた!


 必殺の『飛びつき腕ひしぎ十字固め』!


 体重を後ろにかけて締め上げると、コルリアナから悲鳴が上がった!

 「いだだだだだだっ!痛いっつーの!」

 叫びながら、決められている腕を俺ごと持ち上げようとする!

 そんなの無茶に決まってると思う所だが、それで本当に持ち上がりそうになるんだから、やっぱりこいつら化け物だな!


 だが、一度倒れてしまった以上は、逃がしはしない!

 一旦技を解きつつ、蟻地獄のように次の技へと移項してグランドに引きずり込む!

 現代格闘技の寝技の恐ろしさ、英雄様に教えてやらねばな!


 ……十数分後。

 ゆっくりと立ち上がったのは……俺だった!

 そして、そんな俺の足元には、片足と片腕の関節を外されたコルリアナが転がっている!


「……アタシの負けだ」

 コルリアナが認めた瞬間、俺たちをとり囲んでいた、外野から大きな歓声が上がった!

 決着がついたため、ラービも俺の元に駆け寄ってくる。


「お疲れさん、やはりヌシの考えていた策は、上手く言ったのぅ」

「ああ。これでディドゥスの英雄にも、なんとか対抗できそうだ!」

 うん、なかなか満足のいった結果を出せて、正直ホッとした。

 そんな感じでラービと話していると、この砦付きの治療士がコルリアナに回復呪文を使い、傷を癒していく。

 って言うか、無茶にするもんだから脱臼どころか、筋やら関節やらがえらい事になってたみたいだな……。


「……ああいう、無茶を通して命を狙ってくる場合もあるかもしれんのぅ」

「ああ……」

 今回は勝てたが、腕の一本を失っても、敵を殺せればいいなんて覚悟が決まった連中は、この世界にはいくらでもいそうだ。

 勝利に貪欲な戦士達の一面に、うすら寒い物を感じていると、回復したコルリアナが立ち上がり、俺たちを見おろす。

 だが、その顔にはわずかな困惑というか、疑問の表情が混ざっていた。


「なぁ、カズナリ……一つ聞きたい事がある」

「うん?」

 さっきまで荒ぶっていたコルリアナが、神妙な顔で聞くものだからこちらも少し警戒してしまう。

 俺達の事情は、王子の方からある程度は伝わっている筈だから、英雄であるコルリアナに勝利しても、絡まれたり因縁をつけられたりといった面倒くさい事態にはならないと思うのだが……。


「そっちのお嬢ちゃんもアンタと同じくらい強いのかい?」

 コルリアナは、ラービにも興味を持ったように尋ねてきた。

 なるほど、自分を破った相手の同行者である、ラービの強さが気になるのは当然か。


「ああ、ラービも俺と同等に強いよ」

 俺はラービの強さに、自信を持って頷く。

 実際、俺とは戦いのスタイルが異なるから強さのベクトルは違うとは思うが、トータル的に見れば互角くらいだと思う。

 見た目は可憐な美少女ではあるが、ラービの肉体はスライムがベースで、あり得ないレベルの重心移動と、その関節の稼働領域の広さを発揮すれば、如何なる相手でも取り押さえるし、如何なる相手でも彼女を捕まえる事は出来ないだろう。

 あれ……もしかしたら、俺より強いかも……。


「やれやれ、そんなに強い奴等がゾロゾロ出てくるとは……。王都から連絡が来た時には馬鹿馬鹿しいと思ったが、こりゃ面白くなってきたね……」

 ワクワクするように呟くコルリアナは、まるで某戦闘民族のようだった。

 うーん、変に絡まれる前に、一旦引いた方が良いかな?


「悪いが、英雄を相手にして俺も疲れたよ。少し休ませてもらえるかい?」

「ああ、しばらくアンタらに使ってもらう部屋は用意してある。誰かに案内させよう……が、もう一つ聞いても良いかな?」

 なんだ?

 好奇心旺盛だな……。


「アンタ、アタシとり合ってる最中に顔面を狙わなかったが、手を抜いた訳じゃないんだよな」

 表面はにこやかだが、内心にはもしも手抜きをしていたなら絶対に許さんといった激しい感情が渦巻いているのが感じられる。


 確かに、顔面狙いは素手での戦闘の基本だ。

 鼻を潰せば体力の消耗が激しくなり、目を潰せばそれだけで勝敗はつくと言っても過言ではない。

 そんなお得で一杯な、顔面狙いをしなかったのだから、「手抜きでもされたか?」と思われても仕方ないか……。


「手抜きするもんか!って言うか、そんな余裕は何処にもなかったよ」

 寝技に持ち込んで、余裕を持って勝利た様に見えたかもしれないが、その実、コルリアナのすさまじいパワーに戦々恐々としていた。


「顔面を狙わなかったのは、俺の打撃は相手を打つ場所を選ばないからだな。どこ打ち込んでも一緒なら、狙いやすい所を狙った方がいいだろう?」

 これは、本心からそう思っている。

 漫画知識のなんちゃって技法の数々ではあるが、脳内組手で何度も何度も研鑽し、技への理解と解析を進め、威力を上げてきた。

 正確さでは、本格的にやってる人に劣るかも知れないが、実戦で通用すれば何も問題はない。

 そして、今や俺の打撃は、敵の鎧を破壊してダメージを与えるくらいにまで高まっている。

 この域まで来ると、顔面狙いはフェイントにして四肢を砕くなり、胴を狙った方が効率がいいという結論に達していた。


 幾多の戦場を乗り越えてきたコルリアナからすれば、剣を振るえばそれで終わりだと言うのに、そんな戦い方はかったるく、それを選択する俺が理解出来ないのだろう。

 だからこそ、対人戦闘で意表を突けるというものでもあるが。


 それに、いざ戦いともなれば、殺し殺される覚悟は俺にだって無くはない。

 この世界に喚ばれてきたばかりの頃に、食うか食われるの現実の中で身に付けた覚悟だ。

 しかし、だからと言って、ヒャッハー!と殺しに走れるほど、俺の精神も強くはないからな……。

 だから殺さず、戦力を奪うだけに止める事ができて、全力を出せるこの戦い方は俺の性にあっているのだ。

 甘っちょろいと、笑わば笑え!


「ふうん……」

 今一、納得できかねるのか、コルリアナはスッキリしない表情だ。

「後は、あれだな。女の顔を殴るのは、俺の主義じゃないって所か」

「ああ?」

 俺の何気ない一言に、コルリアナの表情が一瞬、険しくなる。

 あ、しまった!

 「女扱い=侮られてる」と思われてしまったかな?

 戦いに誇りを持つタイプの人間なら、そういった男女の区別はもっとも嫌うかも知れないもんなぁ。

 だが……。


「あはははははは!ア、アタシが女だから顔を狙わなかったって?そんな事を言われたのは、流石に初めてだよ!」

 俺の心配とは裏腹に、コルリアナは爆笑しはじめた!

 うーん、確かにゴツくて強い豪快な性格のゴリウーではあるけれど、顔立ちは整っているし、おっかないけど綺麗な部類だとは思う。

 おっかないけどな。


「はー、笑ったわ……」

 ひとしきり爆笑した後、彼女は俺の顔を覗き込みながらニヤニヤと笑みを浮かべた。

「いいね、気に入ったよカズナリ。アンタ、アタシの所に来ないかい?」

 言うなり、コルリアナは俺の頭を抱え込んで、自身の豊かな胸に押し付ける!

 大胸筋ではなく、柔らかな女を主張する暖かい双丘に顔面を挟まれ、息苦しいながらもちょっとラッキーとか思ってしまう。

 男って哀しいね……。


 そして、そんな状況で溜まりに溜まった思春期の少年である俺が、下半身の変化で身動きが取れなくなったとして誰が責められよう。

 いや、誰も責めることなど出来はすまい!


「ふざけた事を言うでないわ!」

 だが、沈黙を破ったのは、激昂したラービの声だった!

「少し女扱いされたからといってて、あっさりデレるじゃと?ゴリウーでチョロインとか、盛り方が間違っとりゃせんか!?」

 怒るとこ、そこか?

「第一、一成にはワレという出来た伴侶がすでにおるんじゃ!ヌシの入る隙は無いわい!」

 パートナーとか相棒って言うならともかく、伴侶ってなんだよ、伴侶って!

 将来を誓いあった覚えはないぞ!


「いいじゃないか、減るもんじゃなし。むしろ、経験を積んで何かが増えるかも知れないよ?」

 益々、自分の胸元に俺の頭を埋めて、コルリアナはラービから俺を遠ざけようとする。

 が、ラービも黙ってはいない!

 俺の両足を掴むと、コルリアナから引き剥がすために思いきり引っ張り始めた!

 ちょっと待って!

 今は下半身がヤバいの!


「一成は、まだ童貞じゃぞ!ヌシみたいな強烈なのを相手にして、性癖が歪んだらどうする!」

 ぐえー!

 精神と体に受けるダメージで、俺の心が悲鳴を上げる!

 なんで、お前は事あるごとに俺が童貞だと周囲にばらすんだ!

 そんな事をしたって、誰も幸せになれないじゃないか……!

 しかし、おかげで少し冷静になれたのか、下半身の大変な状況だけは、シオシオとおとなしくなっていった。


 だが、動けない所にラービからは足を引っ張られ、コルリアナは取られまいとさらに力を込めて胸元に押さえつけられてくる!

 そのため、息が出来ずにかなり苦しい!

 しかし、俺の状況などお構いなしに、ヒートアップした二人の女は引っ張り合う力を弱めることは無さそうだった!


(助けて、大岡越前!)

 今の状況に見事な判決を下してくれそうな名奉行の登場を心から切望しつつ、俺の意識は静かに遠のいていった……。

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