第10話 謎の声

 でかい!

 もう、とにかくでかい!

 バランスの崩れたような、問答無用のその巨体は、ただひたすらに絶望感を煽ってくる!

 いや、なんだかもう、逆に興奮してくるな、ちくしょう!


 特撮なんかで見た、怪獣そのままの女帝母蜂マザーの身の丈は、パッと見だが二十メートルほどだろうか?

 推定でも五階建てビルより巨大なそいつが、森の木々をなぎ倒しながら村の方へと進んでくるんだから、変な笑いが出てきそうだ。


 いや、いくら蟲脳で身体能力がアップしたり、『限定解除リミット・ブレイク』といった切り札があってもアレの相手は無理だろう?

 ただでさえ、素手での戦い方を選択してしまった俺では、文字通り手も足も出そうにない。

 くっ!なんかごっつい武器エモノを選んでおけばよかった!


 とはいえ、イスコットさんの斧や、マーシリーケさんの短剣でも、女帝母蜂やつにはダメージを与えるのは至難の技だろう。

 ならばここは一つ、ファンタジー世界でお馴染みの、ド派手な魔法ってやつを見せてもらいたい!

 さぁさぁ、お二人とも!

 あんなヤツ、やっちゃって下さいよ!


「私、回復魔法ヒーリングしか使えないし……」

「僕、付加魔法エンチャントしか使えないし……」


 はい、詰んだ!

 攻撃魔法が無いんじゃ、打つ手無しじゃないですか!


 こうなったらなんとか逃げるべきだが、周りは無数の巨大蜂の大群に、そいつらのボスである女帝母蜂マザー

 只でさえ数の不利が効いてる上に、こっちはなぜか反撃も出来ないと来たもんだ。

 ……くそっ、無理ゲーすぎるだろ!

 せめて、反撃が出来れば活路が開けるかもしれないのに……。


「あなた達……一体、何者なの?」

 イスコットさんに担がれた、スライム召喚士の少女が恐る恐る口を開いた。

 だが、その物言いに、カチンと来てしまう!

「おいおい、俺達の顔を見忘れってか!?」

 まぁね、いきなり自分の村が巨大蜂の大群に襲われて壊滅した挙げ句、急に助けが来たと思ったら、あんな怪獣じみたのまで出てくりゃ訳がわからんだろうさ。

 俺だって、その立場なら混乱する自信がある。

 だが、俺達を生け贄にした加害者が、「あんた誰?」とか言ったら、被害者としちゃ腹も立ちますよ、実際!


「俺達が、何者かだって?あんたらに突然、召喚されて生け贄にされた、ついてない異世界人だよっ!」

 怒りを滲ませた俺の言葉に、スライム少女はあからさまに顔色を変えて震え出す。

 報復される心当たりがあり、その心当たりに生殺与奪の権限を握られていたら、青ざめもするわな。


「そ、そんな……確かに寄生させたはずなのに、どうして生きて……」

「知るか、そんなもん!こっちが聞きたいくらいだぜ!」

「それじゃあ……あなた達が大鷲蜂イーグル・ビーや女帝母蜂を呼んだっていうの……」

 ……ちょっと待て、なんでそうなる!

 突然、訳のわからない事を言い出したスライム少女に、イスコットさんもマーシリーケさんも、訝しげな顔をした。

 大鷲蜂ってのは、たぶんこの村を襲ってる巨大蜂の事だろう。

 しかし、なぜそれを俺達が連れてきた事になる?


「い、生け贄に寄生させてるのは、大鷲蜂の幼虫だもの……」

 ああ、なるほどね。

 普通なら生き餌として死んでるハズなのに、何故か生きてて、しかも村が襲撃されたタイミングで現れたら関連づけたくもなるか。

 だが、まったく無関係だ、バカ野郎!


「あいつらとは、偶然鉢合わせになっただけだよ。ついでに聞くきたいんだけど、僕らはこの大鷲蜂に攻撃できないんだが、理由に心当たりはないかな?」

 自分を担ぐイスコットさんに問われ、ビクリと体を震わせたスライム少女は、言葉を選ぶようにしてゆっくりと答える。


「た、多分……あなた達がまだ寄生されてるなら、同種に対してのストッパーがかかっているのかも……」

 そうか、蟲脳の本能みたいなものが、俺達にも作用しちまってるってことか!

 だから、大鷲蜂の攻撃を防いだり避けたりはできたけど、反撃や攻撃ができなかったんだな?


 そういえば、蜂達からの攻撃にもキレが無かった気がするし、蜂同士で何かおかしいと感じて、同種を傷つけないよう互いに手加減していたのかもな……。

 いい話だなー……ってなるか!

 俺は頭に巣食う蟲に語りかけるように、自分の頭を小突きまくる!


 ゴッ!

(おい!ストッパーとかふざけんな!このままじゃ、ジリ貧だぞ!)


 ガッ!

(ただの蜂のままだってんなら、群れのために犬死にするのも有りかもしれんが、今は俺の脳代わりだろうが!)


 ゴッ!ゴッ!

(俺はこんな所で死ぬ気はないし、お前だって死にたかないだろう!)


 ゴッ!ゴッ!ガッ!

(生きるために、俺の体まで強化したんだったら、ちゃんと生き残れるように、ふざけた枷を外しやがれ!)


『それもそうだのぅ』


 なんだか腹立たしくなって、めちゃくちゃに蟲脳に叱咤しながら頭を小突いていると、不意に何者かの声が響いた!

 同時に、バチン!と何かが弾けたような衝撃が、全身を襲う!


「えっ……?」

 唐突な出来事にキョトンとしていると、そんな俺に目掛けて一匹の大鷲蜂が突っ込んできた!

 かわすタイミングを失った俺は、反射的にカウンターを放つ!

 すると、俺の反撃はすんなりと大鷲蜂の頭をグシャリと砕き、残された蜂の胴体は地面に落ちていった!


「あ……」

 反撃……できた。

 突然、攻撃がクリーンヒットした事に、俺を含めてイスコットさん、マーシリーケさんの二人も驚きの表情を見せる。


「カ、カズナリ!? どうしたんだ、急に!」

「なんで、いきなり攻撃できるようになったの!?」

 二人が詰めよって来るが、俺にも突然すぎて、その理由が解らない。


「い、いや。頭の中で誰かが……」


『そうだな、その二人の枷も外しておこうか』


 狼狽える俺の頭の中に、またも謎の声が届く!

 そして、先ほどの俺と同じように、目の前の二人がビクンと体を震わせた!

 衝撃を受け、二人は少し呆けたように顔を見合わせる。


「なに……今の衝撃……?」

「解らない……だが」

 呆然としている二人めがけて、またも大鷲蜂が飛んでくる!

 しかし、イスコットさんは担いでいたスライム少女を地面に降ろすと、飛来する蜂を戦斧で一閃!

 迫る蜂どもを、鮮やかに両断した!


「どうやら、僕らも攻撃が可能になったみたいだ!」

 スッキリしたように、イスコットさんは言い放つ!

「いいじゃない……これで、少しは生き残れる目が出てきたわ!」

 ニヤリと笑みをうかべるマーシリーケさんに、俺も頷く。

 だが、その時!


ギシヤャャァァァァァァッ!!


 ビリビリと空気を震わせて、女帝母蜂の咆哮が響き渡る!

 そして、その咆哮が終わると同時に、地上にいた全ての大鷲蜂が上空へと舞い上がり、巨大な渦のように密集して旋回しはじめた!


「どうやら、あっちも完全に私たちを敵だと見なしたようね」

 女帝の指揮の元、攻撃体勢に入る蜂達!

 どうやら、さっきの俺達の反撃が切っ掛けで、スイッチが入ったたみたいだな。


「君は、さっきみたいにスライムで身を守るんだ。僕達がある程度、蜂の数を減らす」

「そしたら、撤退ですね」

 俺の言葉に、皆が頷く。

 イスコットさんの指示通り、少女は再びスライムを召喚し、その中にスッポリと収まると、防御体制に入る。

 最初はスライムに補食でもされてるのかと思ったけど、あの中ってけっこあ快適そうだよな……。


 ひとまず、少女の安全を確認した俺達は、上空で渦を巻く、蟲達の群れを見上げた。

 徐々に体勢を整え、渦は形を変えて俺達に向かって伸びてくる!


 数千匹の蜂&大怪獣 vs 人間三人!


 絶望的戦力差ではあるが、血路を開いて生きるために、俺達三人は迎撃の体制をとった!

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