第9話 襲撃の巨大昆虫

 暗い夜の森を駆け抜け、疾走する俺達は目的の村までの距離をぐんぐんと走破していく。

 地図の上では数日ほどかかりそうな道のりも、道なき森の中を一直線に突っ切れば、さほどの距離じゃ無くなる。

 まぁ、この蟲脳たいしつになってなかったら、不可能な行軍ではあるけどな。


 そうして、ときどき休憩を入れながらも進み、目的の村まであとわずかの距離まで来た時。

 俺達は、目的地のある前方に、奇妙な違和感を感じた。


 なにやら、俺達が目指している方向が妙に明るい。

 その明かりに、ゾワリと嫌な予感が沸き上がり、直感に突き動かされた俺達は、速度をあげて村へ向かった。


 ──村の手前で気配を殺し、森の中から様子をうかがう。

 そして、視界に広がる光景を前に、俺達はただ茫然とした。


 俺達の目指していた村には、かがり火の如くあちこちから火の手があがり、色々な物が焼ける臭いが辺りに充満していた!

 動く人影は無く、動かなくなった人だけが大地に転がっている。

 その光景を作り出した元凶……それはおそらく、村の上空に雨雲のように群がる数百、数千といった数の巨大な蜂達の姿!

 さっきから、妙な風の音がすると思っていたら、こいつらの羽音だったのかよ!


「なんだよ、これ……」

 まったく予想外の展開に、思わず俺は呟きを漏らしたけど、当然のように二人から答えは返ってこなかった。

 「村」は「村だった」場所となり、炎に彩られたその場所を支配する巨大な蜂達は、すでにこと切れている元住民に対しても、執拗な攻撃を繰り返している。

 地獄のような村の現状に、俺達は迂闊に動けず、とりあえず謎の巨大蜂を刺激しないよう、ヒソヒソと打ち合わせをした。


「はっきり言って、状況は良くわからない。だから生存者を探すか、撤退するかだけ決めたい」

 イスコットさんの提案に、俺もマーシリーケさんも考え込んでしまう。

 正直なところ、こんなヤバそうな場所はとっとと逃げ出したい。

 しかし、ここで撤退をすれば、俺達をこの世界に呼び出した召喚士と接触する機会が失われる事になるだろう。

 雌伏して次の機会を待つか、あえて火中の栗を拾うか……。


 ………………ぅ……………ぇ…ぇぁ………


 なにかが耳に届き、俺達は同時に顔を見合わせた!

 か細い……小さい音ではあったが、それは確かに人の泣き声!


 生存者がいる!

 そう判断した俺達は、一斉に森から飛び出し、村へと突入した!

 燃える建物や、俺達に気付いた巨大蜂をかわして、泣き声のした方向を目指して走る!


「蜂には構うな!生存者を確保したら、バラバラに逃げて拠点で落ち合おう!」

「わかったわ!」

「了解です!」

 方針を決め、生存者を救うべく走る俺達に向かって、巨大蜂の一団が迫ってきた!

 それを蹴散らそうと、イスコットさんは愛用の斧を振りかざし、その場にとどまって巨大蜂を牽制する!

 陽動役も買ってくれた、彼の横をすり抜け、俺とマーシリーケさんはさらに突き進んだ!


 そんな俺達を補足した数匹の蜂が、こちらに向かって飛来してきた!

 幸い、向かってきたやつらの動きは、そうす早くはない。

 絶好のタイミングでカウンターを打ち込もうと、走りながら拳を振るおうとした、その時!


 突然、俺の腕は動かなくなり、反撃しようと狙いをつけていた蜂からの攻撃が、手甲部分をかすめて行った!

 ビリビリと響く鎧越しの衝撃に、少し顔をしかめながらも腕のダメージを確認する!

 グー、パーと何度か拳を握り直し、異常がない事はわかった。

 だが、さっき一瞬感じた、あの硬直は何だったんだ……?

 疑問は晴れないが、偶然かもしれないし、ボーッとしていられる暇はない。


 再び、顎と毒針で襲いかかってくる蜂の攻撃をかわし、捌いていく!

 よし、体は普通に動くな!

 今度こそカウンターを食らわせてやろうと、敵の攻撃が途切れるタイミングを見計らって、俺は動いた!

 だがっ!


「……くっ!」

 ダメかっ!

 またも俺の拳は、蜂に当たる寸前でピタリと止まり、眼前の獲物に悠々と逃げられてしまう!

 ちくしょう、どうなってるんだ……。

 よく回りを見れば、イスコットさんやマーシリーケさんも、俺と同じように攻撃をする事ができず、ひたすら防御か回避に専念していた。


「何よこれ……こんなの今までは無かったのに」

 やはり、訳もわからず攻撃を封じられる事に戸惑い、苛立ちながらもマーシリーケさんは巨大蜂の攻撃をかわしていた!


「とにかく、反撃出来なきゃ勝負にならない!何となくだが、襲ってくる奴等も本調子じゃなさそうだし、さっさと用事を済まそう!」

 イスコットさんの言うとおり、蜂の攻撃には何となくキレが無いと言うか、戸惑いがあるというか……?

 周りや上空には、数えきれないほどの巨大蜂がいるにも関わらず、攻撃に参加するのは決まって数匹といったところだ。

 それに動きもトロいし、いったん距離が開けば追ってこなくなる。

 すでに虫の息だったり、死んでいる村の住民にも、執拗なまでに攻撃を加えていた狂暴性があるはずなのに、そんな蜂達の動きになんだか違和感を覚えてしまう。


 まぁ、敵からの攻撃が緩いのは歓迎すべき事態だし、今は生存者の確保が最優先だ。

 早く、生存者を発見しなければ……って、なんだありゃ?


 俺の視線の先で、何十匹という巨大蜂が群がって、団子状になったものが道の真ん中に鎮座していた。

 気になって様子をうかがうと、群がっている巨大蜂のうち、数匹が蜂団子の中心ある、何かに向かって毒針を突き立てている!


「イスコットさん!マーシリーケさん!」

二人を呼び、蜂玉にくっついている巨大蜂を引き剥がしにかかる!

 またも、抵抗らしい抵抗を見せずに、なすがままの巨大蜂達。

 やっぱり、何かおかしいな、コイツら。


 やがて、蜂玉の下から現れたのは、半透明で球体型の粘液体スライムと、その中で怯える一人の少女だった!

 よし、生存者発見!あとはこのスライムから出して……って、この女の子は!


 忘れもしない、憧れのクラスメートに擬態したスライムをけしかけ、『ファーストキスはスライムでした』という黒歴史を俺に刻み込んだ、あの粘液体召喚士!

 おのれ、ファーストキスの仇!

 ここで会ったが百年目とばかりに、あの時の屈辱を……と思ったが、今はそれどころじゃない。

 とっととこの娘を回収して、退散しなければ!

 お説教は、後に取っておこう。


 イスコットさんが斧でスライムを切り裂いて、中にいた少女を引っ張り出す!

「おい、大丈夫か?」

 蜂に襲われた恐怖からか、少女は焦点の合わない瞳で泣きながら、ガチガチと震えている。

「おい、しっかりしろ!」

 肩をつかみ、もう一度声をかけると、呆けていた彼女の目に、ようやく理性の光が戻ってきた。


 目をパチクリさせて辺りを見渡し、少女は俺達はの顔を見上げる。

「あ、あなた達は……」

「説明は後だ!よし、撤収!」

「作戦通り、バラバラに逃げるわよ!」

 言うが早いか、少女を担ぎ上げたイスコットさんが駆け出そうとして……そこで動きが止まった!

 同じように、俺とマーシリーケさんの動きも止まる!


 ……いや、正確には目の前の光景に、金縛りにあっていたのだ。


 俺達が見つめるその先……回りの木々よりもはるかにでかい、蜂のような、蟻のような……とにかく、とてつもなく巨大な蟲の姿があった!


「うそ……女帝母蜂マザーが、なんでこんな所に……」

 イスコットさんに担がれた、粘液体召喚士の少女が思わず呟く。

 その名称から察するに、こいつが蜂どもの親玉か!


『ギギギィギィ……』


 金属を擦り合わせたような鳴き声を発しながら、女帝は山のような巨体を揺らし、地響きを立てながらゆっくりとこちらに向かって近付いてきていた!

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