第8話 作戦実行の夜
◆
課題をクリアして拠点に帰還した俺を、イスコットさんとマーシリーケさんは笑顔で迎えてくれた。
「おー、良い型の四腕熊だね。加工する材料としては、十分だな!」
「って、カズナリ!ちゃんと血抜きしないと肉に臭みが残るし、悪くなるのも早いって言ったじゃない!」
二人は俺そっちのけで、仕止めてきた熊に夢中。
酷くね?俺、死にかけたのに……。
そんな不満が顔に出ていたのだろう、イスコットさんが苦笑いしながら俺の肩にポンと手を置く。
「いやいや、ちゃんとカズナリの事も心配してたよ。それに、四腕熊を単独で狩れたんだから……出来たんだろ、『
え?何故それを……あっ!
ひょっとして、このテストの真の目的って、俺に『限定解除』を身につけさせるために仕組んだ物なのか?
確かに、すでに『限定解除』を使える二人と違って、俺は今回初めてそれを体験した。
訓練ではない、極限で命のやり取りをする実戦の中でしか、得ることのできない境地。
それを体得させるために、四腕熊のような格上の強敵にぶつけたのだとしたら……。
「いやー、四腕熊とか、今のカズナリには手に余る魔獣だったからねー。『限定解除』が出来てなかったら食い殺されてただろうから、生きて帰ってきた以上、体得したって判断した訳よ!」
うん、好意的に深読みしすぎた。
なんだよ、俺が生きて帰った結果からの推測かい!
もう、不貞腐れるのもバカらしくなった。
それにしても、この二人は他人の生き死にについてシビア過ぎる。
死んだらそれまでってスタンスは、二人の元いた世界……戦場が身近な日常では、当たり前の価値観なんだろうな。
だとしたら、二人の態度に薄情だと腹をたてるなんて、平和ボケした器の小さいクソガキの戯言でしかないのだろう。
実際、平和な日本にいた俺には想像もつかないような、過酷な現実というのは各々に在るんだろうし、そんな人達から見れば、確かに俺なんか温すぎると感じられてもおかしくはないか。
「ところでカズナリ、四腕熊以外に何か捕ってきた?なんだか甘い香りが…… 」
マーシリーケさんがスンスンと鼻を鳴らす。
その仕草が犬っぽくて、内心ほっこりしたのは秘密である。
「ああ、そうなんですけど、これを……」
俺は、布包みをテーブルの上に置き、結び目をほどいて例の蜜の塊を披露する!
キラキラと輝く金色の蜜塊がその姿を現すと、二人の視線はそれに釘付けになった。
「いや、四腕熊を追ってる時に偶然見つけたんですけど、これが美味いのなんの……。二人とも、どうか食べてみてくださいよ!」
そう言うが早いか、二人はほぼ同時に手を伸ばして蜜塊の一部をむしりとると、口の中に放り込む!
「んんんんんん~~…………っ!!」
口内で起きているであろう甘味の爆発に、二人は言葉にならない喜びの声を発する。
うん、あれのファーストインパクトはスゴいよね。
俺自身も体験した、あの衝撃と歓喜に全身を震わせる二人を見て、ついウンウンと頷いてしまった。
喜びの涙を流し、二人は夢中で蜜を食べていく!
俺も、こんな感じで食ってたんだろうなぁ……。
恍惚とした表情で、身悶えしながら口から蜜を溢れさせるマーシリーケさんの姿は、正直に言って大変エロうございました。
眼福じゃ、眼福じゃ。ありがたや、ありがたや。
ちなみに、同じように悶えていたイスコットさんは割りと見苦しかったのでスルーで。
何が悲しくて、男の悶える姿を眺めなきゃならないんだって話ですよ。
しばらくして、蜜塊を全て食べ終えたイスコットさんとマーシリーケさんは、ぐったりとした感じでテーブルに突っ伏す。
疲れたというよりも、幸せの余韻に浸っていた二人は、深く息を吸い込むと、大きくため息として吐き出した。
「……いや、なんというかスゴいな。この世界に来てから、こんなに美味い物を食べたのは始めてだ……」
「同感……。それに、この蜜の薬効がスゴいよ……これをベースにしたら、かなり質の高い回復薬を作れそう」
医療職の血が騒ぐのか、マーシリーケさんはいかに調合するかを計算しながらぶつぶつと呟きだす。
「いやぁ、ありがとうカズナリ。素晴らしい味だった!」
「うん、
二人に喜んでもらえたようでなによりだが、マーシリーケさをんは違う方向にも火がついついたようだ。
「ふっふっふっ……もちろん、この蜜の入手場所はここに入ってますよ」
自分の頭をツンツンと指しながら、俺はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「そこには、まだまだたっぷりと蜜が有りました。」
「うふふふふ、それは重畳。是非、回収に行かなきゃ!」
「確かに……僕も、マーシリーケの案に賛成だ」
よほど、あの蜜が気に入ったのか、二人も悪い顔でほくそ笑む。
そして、翌日。
俺達は、あの蜜を回収すべく、総出で繰り出した。
幸い、
◆
そんなこんなで日々は流れ、作戦決行まで後四日。
俺達は、様々な準備に追われた。
イスコットさんは人数分の装備を調え、マーシリーケさんは例の蜜から高い効果の回復薬を製作する。
俺は俺で、装備の材料となる魔獣狩りを手伝ったり、飯を作ったりと、パシリ……サポートに撤した。
だが、何よりキツかったのは『限定解除』による、二人との組手だろう。
本来なら、地獄の筋肉痛という副作用を伴う『限定解除』は、訓練で使うもんじゃないんだろうけど、マーシリーケさんが例の蜜から作り出した回復薬ですぐに痛みが癒される事から、ちょっと馴れておいた方がいいという事で採用されたのだ。
そんな訳で、俺は持てる力でもって全力を出したのだが……はい、ぼろ負けでした。
いや、二人とも強いのなんの……。
イスコットさんはパワーと頑強さが凄まじく上昇し、まさに
攻めても堅く、防御してもそれを貫く攻撃は、「剛よく柔を絶つ」そのものである。
逆に、マーシリーケさんはスピードと感覚神経の強化が顕著だった。
目にも止まらぬ速さと、あらゆる敵の攻撃を回避してカウンターを決めるその姿は、猛禽類の狩りを思わせた。
それぞれが、元の世界で戦っていた時のスタイルを強化するような『限定解除』の能力。
ちなみに俺は、全てのパラメーターが上昇するバランス型みたい。
まぁ、元の世界では戦闘スタイルを確立するほどの戦いなんて無かったから、当然と言えば当然か。
可もなく不可もない、良く言えば万能型、悪く言えば器用貧乏。
うん、地味だ!
何て言うか、勇者の仲間その四か五って感じだ!
我ながらちょっと自虐的な物言いだけど、今作戦では実際にサポートばかりだし、本当にそんな立ち位置っぽいから仕方がない。
でもまぁ、俺には、漫画やゲームで身に付けた、様々な知恵や知識があるからな!
……うん、二人の足を引っ張らないように、気を付けよう。
◆
……そして、作戦決行の夜はついにやって来た。
空に月はなく、わずかな星の明かりしかない、暗い夜。
だが、今の俺達にはそのくらいの光原があれば、昼間と同様とまではいかなくても、だいぶ夜目が効く。
夜の森を突っ切り、目的の村まで進むのに支障は無かいだろう。
そんな俺達は、イスコットさんが製作した防具を身に付けながら、軽くアップをしていた。
全員が、闇に溶ける黒で統一された一団。
だが、イスコットさんがそれぞれの要望を取り入れて製作したために、色以外の統一性はまったく無い。
例えば俺は、軽装鎧をベースにしたNINJYAスタイル。
忍者じゃなくてNINJYAね。
いわゆる、外国人が想像するタイプのアレである。
目だけ出した全身黒装束に、直刀代わりに数本のナイフを装備。
腰のポーチに薬や小道具を入れ、気分はすでに忍の者!
フフフ、分身の術とか使えそうだぜ。出来ないけどな……。
マーシリーケさんも、俺と同じように軽装鎧がベースだった。
だが、最大の違いは、急所を守る鎧部分以外が、ピッチリ張り付くような薄いスーツで、体のラインがもろに出るという、ちょっと目のやり場に困る装備だった。
マーシリーケさん曰く、戦場では相手の目を引き、一瞬でも隙を作れれば儲けもの。
視線誘導もしやすいこの手のスタイルは、効果的なのだそうだ。
まぁ、確かにスタイル抜群なマーシリーケさんのボディラインが丸わかりになるんだから、対峙すれば集中は乱されるだろう。
ただ、「ガチの殺り合いになるとあんまり意味無いけどね」と語り、光源も無いのに眼鏡を光らせるマーシリーケさんからは、歴戦の強者といった迫力と説得力を感じた。
そんな俺達とは対称的に、イスコットさんの装備は愛用している全身鎧の夜間迷彩使用。
マーシリーケさんとは、真逆の意味で目を引くタイプである。
長身に加え、愛用の斧を構える姿は闇に溶けつつ異形の影となり、見た者にトラウマを植え付けるレベルで恐ろしい物になっていた。
ハッタリも大事だよと彼は笑うが、本人の実力も敵対者にとってはトラウマレベルに成りえるのが洒落になっていない。
「さて、行きますか」
アップを終え、村までの先導を務めるイスコットさんが声をかけてくる。
俺もマーシリーケさんも頷き、準備は出来ている事を伝えた。
さぁ、元の世界に帰るために!
俺達は闇に潜り、溶け込むようにして夜の森に突入した。
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