第6話 魔獣を打ち倒せ
以前、マーシリーケさんと四腕熊が戦っているのを見たことがあるのだが、コイツらの攻撃パターンは案外少ない。
①立ち上がって、四本の腕を振り回す。
②腕を下からかち上げる、アッパー。
③上背を活かした、頭上からの噛みつき。
④巨体に似合わぬ、高速タックル。
どれをとっても、人間なんか一撃で「人間だった物」にされてしまうだろう。
だが、俺はマーシリーケさんが四腕熊に勝利するシーンを目撃している!
だから、恐れるな!恐怖に呑まれれば死ぬぞ!
沸き上がる闘争心と、同じ獲物を奪い合う敵に対する殺意が、感情を塗りつぶしていく!
目の前の敵を倒すだけのマシーンになるべく、俺は拳を握りこんだ!
「ゴオォォォォッ!」
怒号と共に、嵐の如く四腕熊は四本の腕を振り回す!
だが、単調で直情的なその攻撃を見切ることは容易い!
縦横無尽に飛び交う死の一撃ではあるが、その間隙を縫う様に身をかわして、俺は四腕熊の懐に密着する!
すぐ上にある奴の口が俺に牙をたてる前に、俺の攻撃が奴の腹部を貫いた!
踏み込みの運動エネルギーを逃がすことなく、足から拳まで捻りを加えながら伝え、打撃にこめる事で至近距離にもかかわず爆発的な威力を発揮させる……秘技、なんちゃって寸勁!
知識とイメージだけで練り上げた技ではあったけど、訓練と蟲脳のおかげで、それなりの威力を発揮するくらいには研ぎ澄まされている!
ぎゃうっ!っと苦悶の呻き声を上げて、四腕熊が数歩下がった!
不意の一撃に俺を警戒したのか、やつは唸りながら睨み付けてくる。
正直、今の一撃は対したダメージを負わせてはいないだろう。
だが、一発でダメなら十発、十発でダメなら百発!奴が息絶えるまで、幾らでも食らわせてやる!
再び間合いを計り、俺と四腕熊は睨みあう。
先に動いたのは、俺!
驚異的なタフネスを誇る相手には、回復の間も与えず攻め続けるべし!
攻撃の見切りと、カウンターになる反撃には分があると判断した俺は、奴の間合いの内側で攻撃し続ける事にした!
接近する俺を迎撃しようと、めちゃくちゃに腕を振るう四腕熊の攻撃を寸前で避けて、再度懐に密着する!
満足に俺を捉えられない奴は、なんとか引き剥がして間合いを取りたがるが、そうはさせない!
そこから、なんちゃって寸勁を何度も打ち込み、少しずつではあるが、奴の体力を削っていく!
じわじわと貯まっていくダメージに呼吸を荒げながら、徐々に四腕熊の動きは徐々に鈍くなっていった。
このまま押しきる!
さらに加速する俺の攻撃に、四腕熊はついに怯えたのか、後ろにさがろうとして体勢を崩した!
よっしゃ、止めだ!
渾身の一撃を打ち込むべく、力を込める!
が、次の瞬間!
猛烈な悪寒が走り、無意識に四腕熊の顔を見上げる!
すると、目が合った奴は確かに笑っていた!
全力攻撃の時にできる、一瞬の隙……奴はそれを待っていやがったんだ!
ほんのわずかに硬直した俺の体にしがみつくように、奴は四本の腕をまわして締め上げてきた!
まさかの、ベアハッグだとっ!
奴の爪が背中に食い込み、全身の骨が悲鳴を上げる!
くっ、くそう……まさか、本物の熊に締め上げられるなんて想像もしなかった……。
内臓が口から飛び出しそうになるほどの圧力に逆らうため、俺は全身に力を込めて、全力で抵抗する!
ぐうぅぅ……っ!
み、身動き一つ出来ないっっ!
歯を食い縛り、なんとか耐えてはいるが、これは……ヤバイぞ……!
深く呼吸をしようにも、ちょっとでも力を抜けば恐らく全身の骨が砕かれる!
いや、胴体がAパーツとBパーツに分離するかも知れない……。
唯一、わずかに動かせる頭で四腕熊の顔を見れば、奴はめっちゃくちゃニヤけていやがった!
こ、この野郎……熊のくせに、表情豊かな顔しやがって!
なんとか反撃、もしくは脱出する手段に考えを巡らせるが……まったく、思い浮かばない。
完全に四腕熊と俺の力比べになる体勢は、まずい!
打撃戦では分があっても、純粋なパワー勝負では圧倒的に俺が不利なのはわかりきっていた事だからだ!
だが……そんな不利をひっくり返せないようじゃ、異世界に召喚された意味がないじゃないかっ!
うおおっ!燃え上がれ、俺の底力っ!
さらに渾身の力を込め、四腕熊の腕を振りほどかんとする!
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ………………………………………………ダメだぁ。
む、無理……こんなに、力いっぱい抱き締められた初めて……。
振りほどく事もできず、逆に力を使い果たしかけてる俺を見た四腕熊が、さらに渾身の力で締め付けてきた!
ビキビキとあちこちの骨にヒビが入る音が全身に響き、意識が遠退いていく。
無意識に、天を仰いだ俺の口から吐き出した血が自分の顔に降りかかり、やがて視界が暗くなってきた。
ああ……このまま死ぬのか。
……そんな死と生の狭間で、不意に俺は何かのカギが「カチリ」と開くような音を聞いた!
突然、体の奥底から力が沸き上がるのを感じて、俺はカッと目を見開いた!
そこから、自分の身になにが起きているのか、理解するのに数秒を要す。
ええっと……死を覚悟した瞬間、頭の中で何かが弾けて、体を締め付けていいたベアハッグの圧力が消滅した。
いや、正確には俺はまだ四腕熊に捕まったままであり、締め付ける力もそのままだ。
だが、それを物ともしない程の力が、俺の全身に溢れてくる!
そうか、これが……
「『
イスコットさんやマーシリーケさんから聞いていた、蟲脳のリミッターが外れ、いま持っている全ての力が使える、最強のモード……。
ヤバい……スゴいよ、コレ!
語彙力が低下するほどの溢れ出す万能感は、先ほどまでのピンチがまるで嘘のようだ!
今度は苦し紛れではなく、余裕をもって四腕熊の顔を覗き込む。
明らかに雰囲気の変わった俺に奴も戸惑っているようだったが、捕まえた俺をいまさら離すつもりは無いらしく、さらに力を込めてきた。
フフフ、無駄だがな。
「ふんっ!」
ブチッとあっさりフックを切って、俺は地上に降り立つ。
そして、なにが起こったのか訳がわからず茫然する四腕熊を、思いきり蹴り上げた!
推定五百キロ以上はあるであろう、四腕熊の巨体が宙に舞う!
そのままバタバタと空中で手足をバタ付かせるものの、やはり引力には勝てず、地響きを立てて背中から地面に激突した!
ヨロヨロと立ち上がる四腕熊と、またも目が合う。
言葉は通じなくても、想いは通じる時がある。
俺と四腕熊は、それぞれが次の一撃で全ての決着をつけると覚悟を決めた!
雄叫びを上げ、全力で突撃してくる四腕熊!
迎え撃つべく、構える俺!
高速で両者の間合いが近づき……俺の『震脚』が地を穿ち、そのエネルギーを乗せて放たれた中段突きの『崩拳』が、狙いを違わずに四腕熊の頭に着弾!
拳に伝わる衝撃と共に、その頭部を粉々に吹き飛ばした!
頭を失った四腕熊の胴体は、俺の脇を逸れるようにそのまま数メートルほど走り抜け、やがて力を失って倒れ込む。
さすがに、もう動く様子はない
恐怖を思い出した訳じゃない……これは歓喜の震えだ!
「うお……うおぉぉぉぉぉっ!」
強敵に勝利し、生き延びた俺は、腹の底から沸き上がる衝動を雄叫びに変えて、天に向かって解き放っていた!
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