第12話:待ち受けていた試練
中学生になり、彼女はモデルだけでなく女優業も本格的に始動することになり、毎日事務所のレッスンとモデル活動を並行して活動することになったが、彼女にはある不安があった。
それは、他の子たちよりも成長が遅く、他の子たちはジュニアブランドのモデルなど背の高さを活かした活動やイベントなど空のオファーが増えていたのだが、彼女はモデルの仕事が激減し、女優としても活動できるかということだった。
今の彼女の身長が146センチに対してトップジュニアモデルといわれている木川愛実はすでに160センチを超えていた。そして、彼女たちの後輩にあたり、3人と2年遅れで入ってきた久留田菜都美も157センチとモデルとしては申し分ないほどスタイルが良く、オファーする側もオファーがしやすかったのだろう。
この頃、会社としては中学生モデルの木川愛実と久留田菜都美、小学生モデルの近藤七菜と宇田凜々花、園児モデルの伊野純奈と今野優菜を各年代の売り出し中のモデルとして各業界に売り込んでいた。
その理由として、彼女が所属していた事務所も事業規模はそこまで大きくないため、他の事務所からの移籍はほとんどなく、業界内では実績をあまり作れていない状態だった。
そこで、事務所のマネージャー会議で売り込む所属者を決めて、各業界にアピールをすることを計画したのだ。
当時、同年代では大手事務所に所属している黒澤実乃莉が日本の芸能活動を休止し、アメリカに渡るという噂が業界関係者の間で流れていた。
そして、人気急上昇中の玉井優菜は学業優先のために芸能活動を5年間セーブし、バランスを取りながら活動することが所属事務所から発表されて、ワイドショーが驚きに包まれた。
なぜなら、玉井は子役時代から有名ドラマや大手企業のコマーシャルなどに出演するなど着実に実績を積み上げ、期間限定で彼女をポスターモデルにした企業の売上が5倍以上になるなど社会現象を巻き起こすほどの人気だったが、彼女の家庭は父親が文部科学省の職員で、母親も大手企業の社員でありながら自分の会社の広報モデルを務めるなど厳しい両親だったこともあり、中学校の入学前に「きちんと文武両道出来ないなら、芸能活動を一時休止して勉強しなさい」と釘を刺されていた。
この2つの情報が事務所のマネージャーたちの耳に入ると、空気がピリピリし始めた。
なぜなら、今までオーディションなどで苦戦を強いられていた子たちをこの2人が抜けたことで戦いやすくなると考えたからだ。
しかし、この業界はライバルが多く、各年代でハードルが高くなっている事もしばしばだった。
その理由の1つに“業界内におけるパワーバランス”があった。
当時、業界最大手のマジカル・エンターテインメント、ソレイユ・エンターテインメント・ジャパン、ファンタジスタ・エンターテインメントという通称“MSF”がほとんどの番組を牛耳っており、黒澤実乃莉と玉井優菜はマジカル・エンターテインメントに所属しており、その3つの事務所に所属するだけでたくさんの仕事が入りやすいだけでなく、業界の中でも一目置かれるような立ち位置が確保されていた。
そのため、この3社以外の事務所からドラマや映画の主演などの良いポジションが出たことはほとんどなく、脇役や写真出演などほとんど出演できないという状態になっていた。
そして、実績を作れない中堅芸能事務所から所属者がどんどん退社していき、別の事務所のオーディションを受ける人、地下アイドルや異業種への転職など人材流動性が活発になっていた。
そんなときがチャンスだと思ったマネージャーたちはこのタイミングで一斉に仕掛けようとしたのだ。
しかし、事務所に所属している人でも直接契約とマネジメント契約、A~D契約など個別で契約が異なり、活動可能な範囲、実際に出来る事も限定されていた。
特にA契約・B契約・C契約・D契約の所属者は社内規則および就労規則、個別契約規則など会社内で決められている規則により、活動する度に事務所側に活動計画と契約内容を報告し、承認されないと活動が出来ないのだ。
この契約を結んでいる所属者の多くが、15歳以下で親などから決まった活動に対する同意が必要になるため、仮に連続ドラマなどに出るにも親の同意を必要とするのだ。
実琴はC契約ということもあり、例外なくこの規則に該当し、これまでの活動も会社側の承認をもらって活動していた。
しかし、今の彼女は以前のように有名企業からのオファーはなく、どちらかというと芸能活動よりも学業に重きを置けるような状態になっていた。
そのため、彼女は芸能界を引退し、会社員として生きていくことも選択肢として持っていた。
その理由として、彼女にとってはこの世界以外は未知の世界だったこともあり、彼女が生きていくためには未知の世界であっても選択肢を増やさないといけないと考えていた。
ただ、同級生のほとんどはモデルや子役として活動し、出演本数も個人差はあるものの、短いブランクで仕事が出来ていたため、スケジュールが合わなくなり、次第に周囲から孤立していってしまったのだ。
そんな彼女は毎日放課後に子役として活動している子供たちと一緒にレッスンに励み、レッスンが終わると1人で家へと帰る生活を続けていた。
そして、中学2年生になったときある問題が持ち上がった。
それは、彼女の進路に関して現在の状況を報告してほしいという文章が学校から届いたのだ。内容も“美琴さんは高校への進学を希望しておらず、卒業後の進路に関して学校側への報告をお願いいたします。”という彼女が高校への進学を希望していないだけでなく、卒業後の進路に関しても報告していないというのだ。
この通知を受け取った両親は彼女の事が心配になった。
なぜなら、以前は芸能活動と学業を両立するために通信制の高校への進学を希望していたが、2ヶ月前に状況が複雑化して以降、通信制の高校への進学を白紙にしてしまったのだ。
そのため、中学校を卒業したあとは進路未定ということになり、彼女が夢を叶える為に必要な支援をしようと考えていた担任の先生にとっては面を食らった形になってしまった。
その頃、彼女の事務所ではある判断について会議で話し合われていた。
それは“不採算所属者に対する契約降格や解雇について”だ。
これは直近半年間で仕事の本数が合計10本以下もしくは月2本以下でギャラが発生していない仕事が多い人にいずれかの選択を迫ろうというものだった。
実際、これに該当するのは実琴を含めて50人ほどで、うち15人は契約降格を双方合意で実行した。
しかし、その他の所属者は交渉が難航しており、実琴もこちら側にいるのだ。
実琴は芸能活動を続けたい反面、この状況を打開するために必要な事が何なのかを模索していて、新たな道を選択することもすでに事務所には伝えていた。
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