第11話:実琴、将来の夢決まる

実琴は将来の夢について悩んでいた。なぜなら、今度の学年の文集に将来の夢を載せることが決まり、それぞれに自分の夢について書くように指示が出た。


 この時、彼女はモデルになりたいと思っていた。しかし、キッズモデルの事務所のオーディションを7社受けて全社“不合格”とかなり絶望的な状態になっていた。その理由として“規定身長に達していない”・“スタイルが良くない”など容姿に関するものから“ビジュアルが売り込みにくい”・“着ている服が地味で、華やかな服を着慣れていないのではないか?”という不安や疑問を払拭する事が出来なかったことなどが列挙されていたことから、実琴も両親も連続不合格になった理由だと推測していた。


 そして、モデルになった友達が家に遊びに来た時に“この子と私は何がどう違っていて、何を基準にして合格と不合格を判断されるのか?”・“どうするとこの子に近づけるのか?”など今まで以上に人間観察を徹底していって、そこから良い所を真似できるようになりたいと思っていた。


 実はこの時、学校内でスカウトされて新たに芸能活動を始める子やすでに有名子役やキッズモデル等として活躍している子供たちが増えていっていた。そのため、学校行事なども盗撮やストーカー行為などで子供たちの精神的ダメージを負わないように、子供たちの所属事務所に迷惑をかけないように、いじめや精神的な心労などですでに決まっているスケジュールに穴を空けないようになど子供たちを第一に考え、学校の管理下においては細心の注意を払って行われるようになったことで、先生たちもかなり神経質になって、子供たちの活動に支障が出ないように守っていた。


 そして、このような子供たちが増えたことで学校側の個人情報やプライバシー保護を厳格に行わなくてはいけなくなった関係で以前までは体操服の上下とTシャツに名前の刺繍が付いていたが、次年度以降は体操服のデザインが変わり、体操服の上はジャージの上とTシャツは校章のみに、下は無地のハーフ・ロングパンツに変更になり、名前の刺繍は無くなることになった。そして、名札も今年度までは登下校時を含めて着用義務になっていたが、来年度からは通常時は校内のみで着用することに、宿泊学習や修学旅行などの宿泊を伴う学校行事の際は宿泊先の施設内のみで着用することになった。また、宿泊を伴わない学校行事の場合は名札を着用せず、関係者のみが分かるコードを使う事になった。(例:区立○○小学校3年1組澤畠実琴の場合は002030117→002:学校コード下3桁、0301:学年・組、17:出席番号となる)


 彼女は次第にこういう配慮があるなら夢だったモデルをやってみたいと思っていた。しかし、今年だけで7社受けているが結果が出ていないことで別の夢を考えていた。


 しかし、その夢というのは彼女が幼少期から好きだったバレーボール選手やバスケットボール選手、新体操の選手とモデルにならない事を前提にしないと出来ない夢だった。そのため、母親も彼女がモデルになりたいと言っていたことで運動系の習い事をさせてこなかったし、体育の授業さえケガしないか心配になっていたほどだった。


 ただ、学校側は子役やキッズモデルなど第一線で活躍している子供もいたことから万が一、ケガなどをさせると大問題になる可能性や過度な運動をさせて両親とのトラブルの発生、その子たちの所属事務所から損害賠償請求などを避けるため、体育の授業はケガをしないように細心の注意を払いながら進めるしかない状態だったこともあり、体育の授業でケガをする心配はなかった。


 そして、彼女はモデルになった他の学校の女の子たちにモデルになるにはどうすると良いのかを聞いて回った。


 すると、ある子が「実琴ちゃんは普通のモデルになった方が良いような気がする」というのだ。この時、彼女はまさかの言葉に驚いてしまった。なぜなら、今まで「モデルには向いていない」や「モデルとしてやっていくにしても見た目が悪すぎる」など否定的な言葉ばかり浴びせられていた彼女にとっては救われるような気持ちになる言葉だった。


 その子は木川愛実(このかわなるみ)という身長は彼女とあまり変わらないが、有名子供服メーカーのパール・エンジェルと専属モデル契約を10歳で結んだ逸材と言われる子だった。この時、彼女がなぜこの言葉を実琴にかけたのかというと、彼女も周囲から同じ事を言われてきた過去があった。彼女の場合は子役からモデルになろうとしたが、両立することは難しいだけではなく、かなりのレベルを要求されて上手くいかず、とりあえず子役活動を休止して、自分の短所や今まで言われてきた課題をどうやって克服するかを考えながらモデルのオーディションを受け続けたのだ。しかし、受ける度に待っているのは彼女の容姿に対するコメントやポージングに波があることなど今まで言われたことがない言葉に傷つき、一時は自殺したいと考えてしまうほど追い詰められていた。


 しかし、それは長くは続かなかった。そのオーディションから2週間ほどした夏が本格的になってきた日のことだった。彼女の噂を聞いた有名子供服メーカーの広報担当の人が彼女の子役事務所に連絡を取って欲しいとオファーしてきたのだ。


 すぐに事務所の担当マネージャーから母親宛に連絡が行き、後日広報担当者に会うことになった。彼女は夢だと思っていたが、今思うとそれが人生初のターニングポイントだったのかもしれない。


 後日、そのメーカーのオフィスのあるという住所に向かうとそこは都心の一等地に建つ大きなビルだったのだ。社名を見ると“パール・エンジェル“と書いてあった。この社名を見た瞬間彼女は驚きのあまり声が出なくなっていた。なぜなら、このブランドはこの当時小中学生に人気のブランドで同じ事務所に所属していた矢野愛梨沙という小学6年生にして身長160センチ、股下87センチというスタイルの良い子役の先輩がイメージモデルとして広告などに出ていたメーカーだった。彼女は「まさか、私も愛梨沙先輩と同じ舞台に立てるなんて夢にも思っていなかった」と言って受付で担当の人を呼んでもらった。10分ほどして受付に連絡があり、受付の方が「担当者が30階の広報部で待っておりますので、向かってください」と言って担当者の待つ30階に向かった。


30階に着き、エレベーターの扉が開くと目の前には今人気の商品が飾られていて、中にはまだ見た事がない服も並んでおり、彼女にとっては初めての光景が広がっていた。


 そして、オフィス前にある受付に着たことを伝えると今回彼女にオファーを出した担当者のいる部屋に通された。


 部屋に入ると「澤畠さんですか?はじめまして、今回の企画コーナーを担当する来田と申します。」といって名刺を渡された。


 そして、「今回、モデルとして秋冬コレクションと来年の春夏コレクションのポスターモデルを担当していただきたい」と言われると実琴の顔が緩んだ。


 そして、今後の撮影スケジュールやプレス発表日などの説明を受けてこの日の打ち合わせは終わった。


 その日は金曜日だったこともあり、ビルの前は人通りが激しかった。オフィスを出て、駅に向かうと仕事終わりの母親が待っていた。彼女は「あー疲れた。」と言って母親に近づくと母親が「実琴もそういうお仕事をもらえるようになったのね。」と感激している様子だった。


 そして、近くのデパートの地下で夕飯のおかずやみんなで食べるデザートを買い、帰路についた。


 自宅の最寄り駅に着くとすっかり日が暮れていて、自宅までの道は街灯の明かりが哀愁を漂わせながら道を照らしていた。そして、家に着くと姉と兄はまだバイトから帰ってきていなかった。


 彼女はこれまで子役以外の仕事をする事はほとんどなく、今回のオファーを受けるときには「自分は子役のお仕事しかやったことがないのに自分にこんな大役が務まるかな・・・?」と不安に感じていたが、担当の人と話をしてそれまで感じていた不安を払拭出来た。


新しい仕事が始まったことで彼女は夢への1歩を踏み出した。

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