第9話:悲しみの連鎖

 子供たちは日に日に成長し、これからが楽しみだと両親で話していた。


しかし、その楽しみが絶望に変わる日が来るとは思ってもみなかった。


それは琴子が中学3年生になり、高校受験に向けて塾や学校の授業などを頑張っていた。その時は2ヶ月後に高校受験を控えていた時だった。彼女は他の子たちに比べると少しのストレスで体調を崩すことが多く、どんなことがあっても我慢して両親に相談をしてこなくなった。


 ある日、学校が終わり、塾に向かおうとしていたときのことだった。彼女は駐輪場にある自分の自転車に乗り、学校から10分ほどの場所にある大きな道路に面した交差点に差し掛かり、歩行者信号が変わるのを待っていたときだった。その日は月曜日だったが、交通量が少なく、そのまま塾に着けると思っていた。その後、信号が変わり、自転車用のレーンに寄って横断歩道を渡っていたときだった。前を歩いていた男子生徒が「危ない!」と周囲に注意を促した。その後、強引に曲がってきた車に彼女が轢かれ、横を歩いていた彼女の友人である愛美と瑠菜も巻き込まれた。幸い、彼女以外は全員打撲だったが、琴子は頭を打ったことで意識不明になり、腕の骨を折っていた。


 この時間は登下校時刻だったことから中学生も小学生も歩いていたため、現場は騒然となり、彼女たちの30メートル後ろを自転車で向かってきた男子生徒の集団が異変に気付き、その中の1人が急いで学校に先生を呼びに行った。それ以外の5人は現場の周りで彼が帰ってくるのを待っていた。


 次第に時間が経つと、パトカーや消防車、スーパーアンビュランス、近くにある大きな病院のドクターカーなど次々に緊急車両が到着し、負傷者の手当を始めた。その光景を見て、「ドラマでしか見たことがないこんな大きな事故が自分の中学校の近くで起きるとは思わなかった。」と動揺を隠せなかった。


 そして、琴子と30代の女性が高度な治療が必要と判断されて、近くの病院に救急車で運ばれることになり、救急車に乗せられて病院に向かった。


 その頃、琴子の両親は仕事中で父は大手クライアントとの会議中、母親は社長の支社と支店視察に同行していたため、電話が何度か鳴ったが、電話に出ることは出来なかった。


 そして、父親が会議を終えて、会議室から出てくると各部署にいる担当事務から「1時間前に瓜生総合病院の方と琴子さんの担任の先生から連絡がありました。」と言付けを頼まれたメモを見ると、父親は顔面蒼白してしまった。なぜなら、あと2ヶ月で高校の受験が始まる彼女がまさか事故に巻き込まれると思っていなかったからだ。しかも、父親はこのあと2社の役員さんと会議と食事会をする予定だったが、その時間までは少し時間があったため、その間の社内会議などを部長と課長にまかせて、彼女が搬送された病院に向かった。父親が病院に着き、名前を告げると、搬送時の処置を担当してくださった担当救急医の先生から彼女の状態などの話しを聞いた。


 父親は「娘は無事なのでしょうか?」と聞くと「娘さんは山を越えましたが、まだ余談を許さない状態で、事故に遭った際に頭を打っているので、仮に意識が戻ってもすぐに記憶が戻るかどうか分かりません」といわれたのだ。


 父親は今から不安で仕方がなかった。なぜなら、彼女は今まで高校受験のためにたくさん時間を使って勉強してきたのだが、受験まで時間がないことと、今回事故に遭ったことで元の彼女に戻れるのか?という不安だった。


 その日は病院で安静が必要であると判断されたため、入院し、翌日に検査をする事になったのだ。


 その日の夜、父親から彼女のことについて話があり、この話しは小学校6年生の優実と4年生の賢太にも告げられた。2人ともまさかお姉ちゃんが事故に遭った事を知らなかったため、かなり動揺していた。


特に優実は来年からは中学生になるため、登下校時に今日事故があった通学路を使って登校し、下校することになるのだ。


 実はあの交差点は3ヶ月前にも出会い頭の事故が起きて、双方の運転手が怪我をした事故が起きていた。そのため、父親は「あの交差点を通るときは気を付けて」と再三言っていたし、学校からも「横断歩道は自転車を押して渡ってください」と指導されていたため、自転車も降りて渡っていたことでぶつかったときに勢いよく地面にたたきつけられることもなかったのだ。


 そして、その事故が起きた2週間後、今度は家族で買い物に行ったときに実琴と賢太が死角から出てきた車に接触されて倒れたことがあった。この時は速度が出ていなかったために大きな怪我にはならなかったが、ぶつかった相手の運転手さんはまだ免許を取ってまもない初心運転者だったのだ。


 この時、車側は速度が出ておらず、低速で接触した程度だったため、怪我などはしていなかったが、念のため病院に通院し、その子の加入している任意保険の対人補償を使わせていただき、検査などを受けた。


 結果は異常なしだったが、相手の男の子は「自分の不注意なので、警察入れてちゃんとやります。」と言っていたが、父親が「家の娘も息子も怪我していないから示談で大丈夫だよ」と伝えた。


 その日の夜、彼は彼の両親と一緒に実琴の家に謝りに来たのだ。そこで、お父さんが「家の息子が申し訳ありません。娘さんお怪我大丈夫でしたでしょうか?」とかなり心配していたのだ。そして、その時息子さんは彼女さんと一緒にショッピングモールに遊びに来ていて、夕方になり、彼女の門限に間に合わなくなりそうだったため、焦っていたというのだ。そこで急いで車を出したところハンドル操作を誤り、目の前に人が見えた時に避けようとして2人にぶつかったというのだ。


 ただ、その2週間前には琴子が事故に遭っている。そのため、父親は同じ月に子供たち3人が事故に遭っているという少し恐い経験をしていたのだ。


 その後、琴子も意識は戻ったが、リハビリが必要な事と、意識がまだ不安定であることから退院まではもう少し時間が掛かるとされていて、受験日までに間に合うのかということが家族の中で不安になっていた。


 その頃、学校では琴子の容態を確認得出来てホッとした一方で受験する学校がかなり難関校だったこともあり、本当に受験が出来るのかを確認したいという連絡も来ていたのだ。


 父親は「必ず受験できると信じていますので、彼女を信じて待ってあげてください」と先生に伝えた。そして、先生も「分かりました。」と言葉が奥歯に引っかかるような返答をしていた。


 実は彼女の今年の担任にはここまで難関校などに優秀な子供たちを何度も送ってきた実績のある受験のプロなのだ。そのため、今年は期待している子供たちを全員志望校に送ろうと思っていたのだ。しかし、琴子もその1人だったが、事故に遭い、十分な受験勉強をする事が出来ないため、内心は「受験のレベルを落として、確実に受かる高校に行くべきだ」と思っていたのだ。


 これも先生が自分の実績に泥を付けられないように自己防衛のために提案したことだった。


 そして、彼女の場合はその学校に行かなくてはいけない理由があったが、勉強できていない事を考えると、その学校を諦めなくてはいけないと思うのだ。しかし、両親としては“彼女がやりたいことをやらせてあげたい”という気持ちでいたことを考えるとなんとも複雑な板挟み状態になっていることは否めない。


 両親は「琴子に決めさせてあげたい」という気持ちは高くなっていた。そのため、ギリギリまで彼女の容態をみながら受験勉強と志望校受験に関しては判断しようと思っていた。


 彼女が事故に遭ってから3週間が経ったが、意識は戻ったものの、歩くにはまだ少し時間が掛かりそうだった。その姿を見て、両親は「良かった」と思っていた反面、学校での勉強の遅れが顕著になっていることが「受験に間に合うのか?」・「また学校に行けるのか?」と心配の種が増えているような状況でもあったため、両親は頭を抱えてしまった。

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