第8話:スカウト
実琴が小学4年生の時に初めてファッションの街に友人と遊びに行った時のことだった。そこは子供たちにとっては“モデルスカウト”や“子役スカウト”の聖地として名を知られていた。なぜなら、ここでスカウトされた子役やモデルはみなさんかなり有名になっている人が多い。そして、このエリアにはトップモデルの人たちがセルフプロデュースしているショップが建ち並んでいる場所もあり、いわば“エンターテインメント・シティ”や“芸能界への登竜門”と言っても過言ではない。
駅について、友人が行きたいといっていたモデルさんのお店に行くとそのお店の近くで真っ黒なスーツを着た男性が立っていた。そして、彼女たちが買い物を終えてお店から出てくるとその男性が彼女のお友達である愛瑠ちゃんに声をかけてきた。実は彼女は以前にもベビーモデルやキッズモデルとして活動していたこともあり、今は事務所には所属せず、フリーで活動している。そのため、その情報を聞きつけた芸能事務所が彼女の包囲網を張っていたのかもしれない。少しして男性が「はじめまして。プライズ・エンターテインメントという事務所のスカウト担当の富武と申します。菅野愛瑠さんですか?」と聞くと、愛瑠は「はい。そうですけど。」と渋々答えていた。他の友人たちも横で聞いていたが、他の子たちはスカウトされる気配はない。
5分後、話が終わり、今度は大きなモールに入っていった。すると、そこにもたくさんのスカウトの人と思われるような服装の人があちらこちらで親同伴の子供たちに声をかけていた。その光景を見て、愛瑠ちゃんが「私こういう人たち好きじゃない。だって、自分たちの成績を稼ぐためにこういうことをやっているっておかしいと思わないのかな?」と疑問を呈していたのだ。
実は、彼女がデビューした頃は大手事務所のキッズ部門に所属していた。しかし、当時担当していたマネージャーさんがたくさん仕事を取ってきてくれることは嬉しい反面、まだ2歳だった彼女に週休1日は過酷すぎた。そこで、母親が一定期間の活動休止を申し入れて、会社はその申し入れを拒否したが、3歳の誕生日まで活動制限を行いながら活動していた。すると、3歳になってまもなく当時所属していた事務所から突如契約解除を言い渡され、彼女はフリーで活動することになったのだ。
それから6年間、学業優先で過ごしてきたため、再びモデルとして世界に戻ることは考えておらず、今は子役として戻るか、フリーモデルとして地域のフリーペーパーなどのモデルをやるかで迷っていた。
彼女たちがあるカフェに入ったときにスーツ姿の男性が入ってきて、“私はオーロラ・エンターテインメントの常澄と申します。芸能界に興味はありませんか?”と実琴と栞菜に話していた。2人はびっくりした様子で「私たちそういう事には興味がないので、ごめんなさい」と言ってその方は彼女たちがいたお店をあとにした。
スカウトの人が去ったあとに愛瑠ちゃんがあることを教えてくれた。それは「今のこのエリアは結構スカウトの人がいるけど、本当のスカウトの人は少なくて、中には芸能事務所のインターンや新入社員などの研修でやっている場合も多いし、最近は芸能事務所をかたって騙してくる場合もあるから気を付けないと。」と彼女が注意喚起をしてくれた。
その後、何人ものスカウトさんから声をかけられていた愛瑠ちゃんと栞菜ちゃんを見ていて、実琴は「私はすごい子と遊んでいるのかな?」と心のどこかで自分が持っている能力がすごいのか、それとも偶然なのか分からなかった。
そして、翌日は栞菜ちゃんと汐莉ちゃんに誘われて栞菜ちゃんの家に遊びに行った。すると、栞菜ちゃんの家を見てびっくりしてしまった。なぜなら、彼女の家は普通の一軒家なのだが、周囲の家から比べると家の大きさが違い、庭はプールやBBQが出来るほど広くなっていた。この光景を見て、彼女は「まさか、栞菜ちゃんの家はお金持ちなのかな?」と思ったが、両親は普通の会社員だし、兄弟・姉妹もいるが、誰も芸能活動をしている様子はない。すると、彼女の父方のおじいちゃんがすごい人だと話してくれた。なんと、彼女のおじいちゃんは大手不動産販売会社を含めた大きなグループ会社の会長で、有名な人とも人脈があることで周囲からも有名だった。
玄関に行くとかなり重厚な玄関扉が待ち構えていて、横にあるインターフォンを押して、「栞菜ちゃんいますか?」と話しかけると、「お嬢様は現在、お出かけになられているので、お約束があるかを確認しますので、玄関の中でお待ちください。」と言われて、やりとりを終えてすぐ家の鍵が開いて、玄関に入った。すると、見たことがない光景が広がっていて、彼女の家の玄関には小さな部屋があり、そこで待つことにした。
待つこと20分後、栞菜ちゃんが汐莉ちゃんと一緒に帰ってきた。実はこの2人はあの後、モデルの研修生として大手モデル事務所の門を叩いていた。そのため、休みは毎日レッスンが組まれて、学校の学期中には学校が終わってすぐに自主練習をして、そのまま20時からレッスンが始まる。
そのため、彼女と遊ぶ機会はこれを機に減っていった。もちろん、定期的にやりとりはしていたが、個人アカウントはチャットアプリだけで、他のSNSは全て事務所に管理されていたため、コメントをしても返信されることはなかった。
次第に彼女は周囲がモデルや子役、起業など多岐にわたる分野からスカウトを受けるような人が増えてきて、彼女はどんどん孤独になっていった。そして、学校が夏休みになるといつも遊んでいる友達も遊んでもらえなくなり、1人で家の中で過ごすことや区の図書館から借りてきた小説や学校から出ている宿題のドリルや夏休みのテキストとお友達になりながら夏休みを過ごしていた。
夏休みも半分が過ぎた頃、身に覚えのない番号から電話が掛かってきた。しかし、両親から“見知らぬ番号は出てはダメ”と言われていたため、その番号の電話が鳴っても出ることはなかった。
そして、週末になり、再び電話が鳴った。その電話に出ると相手は栞菜ちゃんだった。栞菜ちゃんは「久しぶりだね。元気だった?」と切り出すと、「最近、家の事務所から実琴ちゃん宛に連絡していたみたいだけど出ないから私が電話したの。」とあの電話の相手は彼女が研修生として所属している事務所のスカウトさんからの連絡だったのだ。
彼女は「実琴ちゃんは細いし、モデルとして大成すると思うけどな・・・なんでモデルやらないの?」と彼女をモデルの世界に引き込もうとしていた。
その問いかけに実琴は「私はモデルなんかやらないよ。私はモデルさんやっても顔は汚いし、背は高くないし、ライバルに勝てる自信ないし。」と誘いを断った。
すると、「今度、イベントに研修生がコーナーゲストとして出るから宣伝して欲しい」という連絡が来るようになった。彼女は心のどこかで「私を利用しようとしているのではないか?」という疑心に襲われていた。もちろん、彼女はそういうつもりではないのだろうが、実琴にとっては「そういう思惑があるのではないか?」と彼女たちに不信感を抱いたこともあった。
そして、イベント当日になり、彼女たちのイベントが行われる会場に向かった。すると、彼女たちは本当にステージの前説とお披露目程度で参加するだけで、パフォーマンスはなかった。
そして、その日のコンサートが終わり、彼女が家に戻っている途中に「今日のコンサート面白かったけど、あれだけのために私が行く必要はなかったかもね。」と少し残念な気持ちになった。
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