第2話:初めての世界

実琴は15年前に東京で産声を上げた。生まれた瞬間、看護師さんたちが“すごく可愛い”と小声で言われていた。そして、母親の奏実のところに「おめでとうございます!女の子ですよ!」と助産師の先生がそっと彼女の前に連れてきて、母親の腕の中で赤ちゃん抱きかかえた。


 その日は父親の亮太も仕事が休みだったこともあり、出産に立ち会っていて、生まれてきた我が子の姿を見て、「なんて可愛いのだろう。彼女は天使みたいだ。」と亮太が言うと、奏実がにっこり笑って「そうね。笑うと本当に天使みたいだね。」と亮太を見て言った。


 その日は8歳になる兄、6歳と3歳の姉は家で待っていて、その場にはいなかったが、これからはみんなで同じ屋根の下で暮らすことが出来ると思うと兄弟たちもワクワクしているのだろう。


 そして、彼は病院の外から彼の両親と彼女の両親に無事に産まれたことを報告していた。その日の夜、家に帰った父親と他の兄弟で生まれてきた子供の名前を家族会議が開かれた。


 すると、6歳の姉・琴子が私の名前を使って欲しいと言うと、3歳の姉・優実が私の名前を使って欲しいと言い、姉2人で生まれてきた妹をすでに奪い合っているかのような状態になっていた。


 そして、姉2人の文字を1文字ずつ取り、実琴という名前にした。


 実琴が生まれて1週間後、奏実と一緒に家に帰ってくると琴子・優実・賢太が“待っていました!”といわんばかりの勢いで実琴に駆け寄ってきた。そして、子供たちが母親の手を引っ張ってリビングに連れて行った。


 すると、“ママ!おかえり!というバルーンといろいろな料理を作って待ってくれていたのだ。


 この時、母親は“2人で一緒に帰ってこられて良かった。”と思っていた。なぜなら、実琴が生まれてすぐに呼吸が不安定になり、検査をしたところ肺が十分に発達しておらず、場合によっては肺が発達するまで人工呼吸器を付けて入院しなくてはいけなかった。


 しかし、肺の発達が不十分ではあったが、呼吸は少しずつ安定してきたため、定期的に通院して肺の発達を確認することにした。


 この話を聞いたときに母親は嬉しかった。なぜなら、このままでは実琴だけが病院のNICUに残り、奏実だけが退院するという3人の子供を産んで初めての体験・経験をするところだった。


 そして、実琴を新しく買ったベッドに寝かせ、家族5人で食事をするためにダイニングへと移動した。


 家族全員が揃うのは実に約2週間ぶりだったこともあり、子供たちは久しぶりに会えてうれしかったのだろう。特に、お姉ちゃんになったばかりの優実は今まで母親に甘えてばかりだったこともあり、母親がいない間も姉に甘えるなどして寂しさを紛らわせていた。


 夕飯が終わり、母親が哺乳瓶にミルクを作り、実琴の所に行って授乳を始めた。


 すると、実琴が少し飲んだだけで泣き出してしまったのだ。そして、飲んだと思っていたミルクをむせるように戻してしまった。


 母親は「今日、退院してきたばかりなのにどうして・・・?」と思いながら思い当たる部分を確認したが、おむつの汚れでもなく、疲れているような様子もなかった。


 母親は不安になり、彼女の隣でその日から寝るようになった。しかし、2日経ってもミルクを飲めても30cc程しか飲まない彼女を見ていて“先生に診てもらった方がいいのかな・・・?”と思い始めていた。


そして、母親は育児休暇を取っていたため、翌日に緊急受診で入院していた病院の産婦人科の先生に連絡をした。当日は予約がいっぱいだったため、翌日の午前中に空きがあったため、そこに予約を入れて、彼女を連れて病院に向かうことにした。その日は平日だったため、父親も兄弟も会社と学校に行っていて、誰にも頼ることは出来なかったため、1人でバスに乗って移動したが、彼女はすやすやと移動中は寝ていた。


 そして、病院に着き、受付で“先日、予約した白河ですが”と声をかけて事情を説明すると、受付で母親の患者番号を入力し、“緊急受診呼び出し番号”が書いてある受付票を渡された。そして、次回以降受診するときに必要な“白河美琴”と書かれている実琴の診察券を発行してもらい、産婦人科のフロアに向かった。

 母親は産婦人科に向かう通路も以前に比べても長く感じていた。なぜなら、退院前に担当医から“彼女に少しでもおかしいと思う兆候が来た時は必ず受診してください。”と言われていたのだ。


 母親はまさか“退院して1週間程度で再び先生の診察を受けなくてはいけない”とは思ってもみなかった。そして、彼女の順番になり、診察室に入ると“白河さん。お久しぶりです。”と担当医の川村先生が話すきっかけを作ってくれたものの、少し気まずかった。


 先生とのやりとりが終わり、先生に“実は、2日前から実琴がミルクを飲ませようとすると戻してしまうのです。”と伝えると、先生は“もしかすると、呼吸器と肺がうまく機能していない可能性がある”と指摘したのだ。その話を聞いて母親はショックで頭を抱えてしまった。なぜなら、上3人が生まれたばかりの頃はきちんと授乳も母乳もきちんと飲めていて、実琴のような事がなかった。ただ、賢太がぜんそくの疑いがあり、年に数回程度吸引が必要になることはあるものの、実琴のようにミルクが飲めなくなるということはなかった。そして、肺を検査してみると、肺は問題なさそうだが、気管支と咽頭部分の腫れが影になっていた。


 先生が検査結果を見て、“もしかすると肺は問題ないのですが、気管支がかなり狭くなっていて、十分な呼吸が出来ない可能性があります。最近、顔が赤くなることや息が苦しそうになることはないですか?”と聞かれると奏実は“あまりないとは思います”と答えていた。そして、先生から“では、少し経過観察をして、来週の月曜日の11:00にもう1度来てください。”と言われた。


 そして、診察室を出て、受付で渡されたファイルを持って会計機に進み、精算を済ませた。


 その後、バス停まで歩いていると一緒の入院部屋で過ごしたお母さんにばったり出会った。そのお母さんは実琴と3日違いですみれちゃんを産んだお母さんで、女の子同士と言うこともあり、意気投合してパーソナルデータを交換していたのだ。


 向こうは最初気が付いていなかったが、近づくにつれて、お互いに「あっ!?」と思ったのだろう。奏実から声をかけて病院の近くにある喫茶店でお茶をすることにした。喫茶店に入ると、子供と一緒でも大丈夫なように小さな個室がテーブル席の奥に連なっていた。店員さんが「4名様ですか?」と聞くと「そうです!個室空いていますか?」と聞くと「個室は通常予約制なのですが、相手いるかを確認してまいります。」と言って予約の確認するためにレジ裏のパソコンを見に行った。


 5分後に店員さんが戻ってきて、「4人掛けの椅子席はすぐにご案内できるのですが、4人掛けの座敷、6人掛けの席は予約がいっぱいなので、ご案内できかねますが、いかがなさいますか?」と伝えられると奏実と流海は顔を見合わせて悩んだ。


 そして、「4人掛けの椅子の席でお願いします。」と伝えて、席に案内してもらった。そして、飲み物を注文し、奏実が「そういえば、すみれちゃん大きくなったよね?」と言うと、流海が「少しだけどね。まだ小さいと思うよ。」と言った。その答えを聞いて奏実は内心“すみれちゃんは何もなくて、なんでうちの子はこんなに苦しまないといけないのかな?”と思っていた。

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