評価上等~夢を叶える瞬間~

NOTTI

第1話:下馬評を覆す

 2021年夏。実琴はあるオーディションのファイナリストが集まる会場に来ていた。そのオーディションとは業界大手の1事務所であるマジカル・エンターテインメントが主催、民放3社が協賛した来年の春ドラマに出演するキャストを選ぶためのオーディションだった。このオーディションでグランプリを取るとこのドラマに出演することが可能となり、加えて、今回グランプリを取ると新人の場合とフリーで活動してきたモデルやタレント、男女の俳優さんなどの場合は大手事務所の所属も確約されるというまさに“夢の舞台”だった。そして、その出演するドラマも有名な俳優さんがたくさん出演する作品で、脚本家も大御所、監督も大御所と彼女からすると夢で見るような世界だった。


 その世界には入れるのは今回のグランプリのみでその他の賞をもらってもすぐにはお仕事をもらえるという保証はない。そして、今回のオーディションで賞をもらえなかったフリー活動の人は他事務所からのオファーもしくはフリー活動となり、新人さんが対象となっているフレッシュマン・オーディションのファイナリストの場合は今後芸能活動をするか否かの申し出をマジカル・エンターテイメントに意思表示として提出し、芸能活動を続行する場合には他事務所からのオファーを待ち、オファーがない場合にはマジカル・エンターテインメントとエージェント契約を結ぶことになる。


 仮に芸能活動を辞退もしくは休止する場合には事務所宛に“芸能活動を休止もしくは辞退する”という旨を伝える必要があるのだ。


 ただ、実琴はファイナリストとして選ばれたはいいが、ある気がかりなことがあった。それは、ファイナリスト30人の中で最も身長が低く、容姿にも自信がなかったため、自分は落ちてしまうのではないか?と不安になったのだ。


 確かに、周囲を見渡すとほとんどの出場者の容姿や身丈を見ているとスタイルも良く、身丈もモデル並みの背丈を持っているような人がほとんどだった。ただ、その中にも背が低いように感じる出場者もいたが、背が低いと言っても160センチは軽く越えているため、小さいというよりも標準的な背丈だと思われていた。


その人たちが集団の中に入ってポージングをすると普通のサイズだった。彼女はどうしてもこのオーディションに受かって、ドラマに出て、夢に1歩近づきたかったのだ。


 しかし、その夢を叶えるためにはこのオーディションに参加している29人を倒さなくてはいけない。しかも、29人も新人だけではなく、他の事務所から諸事情で契約解除されてフリー活動をしている人も含まれているため、ドラマや番組出演経験・演技経験などが未経験に近い人は全体で10人ほどしかいなかった。


 そして、今回のオーディションに関しては大手事務所や大手民放などが主催・協賛していることからファイナリストが決まってからさまざまな媒体で特集や話題として取り上げられて、新聞や雑誌などでは特集として組まれるほど注目されていた。その中でネット上に掲載されたある記事を友人が見つけて送ってくれた。


その内容とは“小さなジョーカー・澤畠実琴”と書かれていた。その記事を読み進めると“彼女はいくつものオーディションを受けてことごとく不合格をもらってきた。そして、今回のオーディションもグランプリを受賞することはおろか、トップ10にも入らないのではないか?”という酷評を書かれていた。


 確かに、彼女は中学生の時から読者モデルのオーディションや芸能事務所のオーディションなどをいくつも受験してきた。そして、全てのオーディションで不合格をもらって意気消沈をしていた。そして、オーディションを受けて、結果が出たあとで友人などから“あなたみたいな人が有名になれるわけがない”・“あなたみたいな人がモデルになっても干されるだけ”と誹謗中傷や罵詈雑言を周囲からかけられていた。


 それだけに彼女の今回のオーディションにかける思いはひとしおだった。


今回のファイナリスト決定前のオーディションも従来の集団オーディションから個別オーディションに切り替えられたこともあり、グランプリ発表が行われる会場への入場時間が迫っていた。今回、彼女に渡された番号は6番で、1~5番はフリーで活動しているタレントさんと女優さんだった。つまり、フレッシュマン・オーディションのファイナリスト20人の1番目ということになる。ただ、6人が5列で整列することになるため、彼女の立ち位置が右端になることで彼女にとっては不安が隠しきれなかった。


 そして、会場の扉が開き、ステージ上に入場して1番から順に前を向いて行くとステージの下からは歓声が上がっていた。


 しかし、今回のグランプリ発表は審査員の方々以外は無観客で行われるため、オンラインのチケットを買ったフリーの人たちのファンや特別招待をされた家族などが画面に映っていた。


 そして、最後のアピールなどをするために中央に置かれているマイクでステージの下に座っている審査員の人たちにアピールしていくことになる。


 そして、彼女の前の5人が終わり、ついに彼女の番になった。すると、彼女は他のファイナリストとは違うスピーチをした。それは「私は今まで自分に自信がありませんでした。だからこそ、このオーディションをチャンスと捉えここまで頑張ってきました。私はこのオーディションが自分の人生を変えるきっかけになる事を願っています」とスピーチしたのだ。


 その後も、ファイナリストが順番にスピーチし、全員が終わったところでグランプリなどを決めるための審議を行うため、審査員たちが別室に移動し、話し合いを持つことになった。審議中、ファイナリストたちはそれぞれの控え室に戻り、結果が出るまで控え室で待つことになる。彼女のように不安が尽きない出場者は結果が出るのを待っている間も緊張と不安でいっぱいになっていた。


 審議開始から1時間後、結果が決まり、先程の会場に戻るように指示があった。


 そして、ファイナリストたちが会場に再集合し、審査員の先生たちから総評をもらって、いよいよ結果発表になった。


 まず、マジカル賞の発表だった。これは、その年のオーディション参加者のリーダーとして所属することが出来る事務所が持っている推薦枠ということになる。そのマジカル賞は船井琉愛が獲得した。彼女は実琴と同じ新人オーディションからファイナリストになり、容姿端麗といわんばかりのスタイルと容姿で審査員からも評価が高かった。


そして、特別賞に白井桃菜が選ばれた。彼女はフリーで活動している女優さんで、出演作はどれも脇役ばかりで花が咲かず、2年前に事務所を契約解除され、事務所を退所しなくてはいけなくなったのだ。そして、その後は個人の力ではどうにもならず、出演オファーも減り、脇役もいただけたこともあったが、ついにはインディーズ映画の脇役になることが増えていった。そんな彼女は芸能界引退か、活動休止して何らかのアクションを起こすかで揺れていた。


 次に新人賞の発表が行われた。今年の新人賞は倉田莉々愛、吉田桃華の2人が選ばれた。倉田さんは身長が高く、演技審査やモデル審査などでも新人ファイナリストの中では上位に入るほどスタイルも良く、才能も伸びしろがあると思われたのだろう。吉田さんも身長は高く、進学校出身で有名国立大学に首席合格するほど秀才で、演技課題のセリフも1日で覚えてしまったほど記憶力も良い。そして、笑顔も輝いていたことからさまざまな作品にマッチすると思われた事がきっかけだろう。


 そしてついにグランプリ・準グランプリの発表になり、司会者が候補者の名前を呼んでいた。「エントリー番号3番:黒澤実乃莉、エントリー番号5番:紺野優羽、エントリー番号8番:白河美琴、エントリー番号11番:玉井優菜。以上」と候補者の名前が呼び終わると会場から歓声が上がった。なぜなら、黒澤さんはアイドルとして、紺野さんは読者モデルとして、玉井さんは有名モデルとしてすでに芸能活動していたのだ。彼女はこの3人に対抗しなくてはいけないと思うと彼女は自信がなかった。


 そして、スポットライトが候補者の上で照らし始めた時に彼女は緊張で立っているのがやっとだった。


 そして、社長から“グランプリはエントリーナンバー5:紺野優羽さんです!”と言われて、隣の子にスポットが当たると彼女は深く深呼吸し、「まだ準グランプリがある」と言い聞かせていた。しかし、他の2人を見ると余裕そうな表情でポーズを決めていたのだ。そして、“準グランプリはエントリーナンバー3番黒澤実乃莉さんです!”と告げられた瞬間、彼女は崩れ落ちてしまった。そして、コンテスト終了後、ファイナリストが集合し、個別写真とグランプリ・準グランプリの写真と撮影が行われた。


 彼女は残念ながら何も賞をもらえなかったが、これから新しい1ページが始まると思うとワクワクしてきた。


 この世界は常に誰かと競争している。だからこそ、次こそは自分を選んでもらえるように努力していかないといけないと自分の可能性と将来性を前向きに捉えて進んでいこうと思った。

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