第23話 家族の想い
「え……?」
想像もしてない反応に耳を疑う。だって二人には紅葉の姿すら見えないはずだ。この名前に心当たりなんかあるはずが。
戸惑う俺をよそに、二人は決心したかのように小さく息を吐くと、言葉を続けた。
「何故あんたが知っとるかは分からんが……そうじゃ。この部屋は紅葉のための部屋なんじゃ」
「ええ。この娘を置いて逃げるのは、私たちには死ぬより辛い」
そう言う二人が大切そうに手にしていたものは、小さな位牌と、手のひらに収まるほど小さい壺、そして真っ赤な色をしたちゃんちゃんこ。
そう言えば前にかなめさんは、適性のある魂が座敷わらしになると言っていた。その中には「生まれることができなかった魂」とも。
この不思議な仏間、座敷わらしのためにお供えをしているのかのように思っていたこの仏間の意味が違っていたとしたら……?
小さい女の子のために用意されたような、写真の一つも飾られていない仏間。それがもし生まれるはずだった娘を祀ったもの、なら。
それなら紅葉がこの家に拘る理由が、全然違う意味になる。
わが子の居場所を守るために家に残り続けた両親。その両親の居場所を守る為に身を削っていた娘。
三人は悲しいほどによく似た親子だった。
「……」
言葉がでない。
紅葉を助ければ、爺さん婆さんも助かる。それでハッピーエンド。そんな風に考えていたけど、それ以上にこの三人の絆は深かった。悲しすぎるほどに。
でも感傷に浸ってる場合じゃない。このままじゃどん詰まりの悲劇は変わらない。
それを変える為に俺はここにいる!
「じゃあ座敷わらしの気持ちはどうなるんだよ!? 二人を守ろうとしてる座敷わらしの想いはどうでもいいのか! 誰かの居場所を守るために自分を犠牲にしようなんて本当に相手のためになってるのかよ!」
口についてでたのは混じりけのない三人に向けての俺の本音だった。
「不思議な人じゃな。まるで座敷わらしがそこにいるかのように……」
「でも……きっとこんな愚かな老人に座敷わらしはいつまでも拘らないでしょう。そのほうが座敷わらしにとっても幸せですから」
「違うよ! そんな筈ないじゃない!!」
紅葉が叫ぶ。
「あたしは! あたしはただ二人の側から離れたくなくて。どうしても、どうしても離れたくなくて……」
大粒の涙が紅葉の頬を伝って落ちる。
「家を守るのが座敷わらしの仕事なんだって、それが二人の望みでもあるんだって自分に嘘をついて。無理矢理側にいようとして。それがおとうさんおかあさんを危険に晒すことなのも、わかっていたのに……」
ぽろぽろと、涙は途切れることなく零れ落ちる。
「でも、そんなあたしのわがままが、こんな状態にしちゃった。誰も幸せになれない結末。結局、一番のバカは……あたし」
零れる涙を拭い、紅葉はゆっくり二人の側に寄っていく。
「……あんた。おとうさんおかあさんと手を繋いでくれないかな……あたしの、最後の気持ちを二人に伝えたいから。あたしたちが見えるあんたを介してなら、もしかしたら二人に伝えることができるかもしれない。癪だけど、こればっかりはあんたじゃないとできないことだから」
涙で赤くなった瞳を向ける紅葉の表情は、今まで見たどれよりも穏やかで。俺は黙って頷く。
「一体何を……?」
「大切な話があります。少しの間このままでいて下さい」
戸惑う爺さん婆さんをよそに、俺は二人の手を取り一緒に座る。そして紅葉が俺の背に触れると、紅葉の感情が俺の中を流れてくる。
――大好き、楽しかった、幸せだった、という紅葉から両親への想いが。
「……何故かしら、すごく暖かくて幸せな気持ちだわ。まるで昔に戻ったみたい」
「そうじゃな、まるで家族が全員揃ったような、そんな気持ちじゃぁ……」
紅葉の想いが伝わったのか、二人の顔はいつものように穏やかで、でもそれ以上に幸せそうで。その目には、涙が浮かんでいた。
<今まで一緒にいてくれてありがとう。おとうさん。おかあさん。ばいばい――>
そして紅葉は手を振った。最後は笑ってる姿を見せたい。
そんな精一杯の紅葉の泣き笑いの姿は、二人にも見えたかもしれない。
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