第19話 祈るんじゃない掴むんだ

 言葉は冷静だがさくらの瞳に怒気が篭ったように見えた。

「諦めろって……おい。俺は本気で言ってるんだぞ」

「本気やって? ほんの数日前には知らんもんの為にか? 良く言うわ。本当あんたらはすぐ本気って言葉を使いたがるんやな。あんま軽ぅ使わんで欲しいわ。良いからあんたの為にも諦めとき、これ以上うちまで巻き込まんといて」

 まともに取り合おうとしないさくら。でも興味なさげに装ってるだけで、こいつの本心は絶対に違う。

「ならなんでお前。俺が紅葉の家に行った時、ついてきてくれたんだよ」

 それまで無感情だったさくらの顔色が変わった。

「……ど、どやっかましいわ! うちの気まぐれや、あんなんただの練習なんよ!」

 大嘘だ。それなら帰って来てずっと、傷ついて落ち込んでる訳がない。

 上手くいかない可能性が高いと分かって、それでも紅葉をさくらも放っておけなかったんだ。

「俺は諦めない! 頼むからお前も俺と一緒に真剣に考えてくれよ!!」

 逃げるように背を向けたさくらの肩に手をかけ、無理矢理俺の方を向かせた時。

 さくらの瞳は涙で滲んでいた。

「何が諦めないや、どやかましいわ……! どうせ! あんたかて! 最後は全部放り出して、うちらだけ残される事になるんよ……!」

「……一体、何を言って」

 何の話か分からなくてうろたえる俺へ、さくらが怒りを露にする。

「分からんなら教えたる! うちら見習いについた人間かて、最初は皆やる気があるんや。でも、そんなもんすぐに吹っ飛ぶ。あんたも気がついたように、元々あんたら人間には、わらしの問題を解決するなんて土台無理な話やからな。まして側にいるのはうちら折り紙つきの問題児や」

 そこでさくらは俺を正面から見つめ、瞳に涙を浮かべたまま笑った。

「なあ。色々やって全部徒労に終わった挙句、うちらからの不幸もついてきて、やる気も残らず吹っ飛んだ人間がどんな顔をするか。あんた分かるか?」

「…………」

 俺は。

 こんな痛々しい笑みを、今までの人生で見た事がない。

 首を横に振るしかできない俺の胸倉をさくらが掴んだ。

「貧乏くじを引かされた、こんな奴ら関わるんじゃなかった。……そんな目で見るようになるんよ。一度見たら瞼から離れんような底冷えする目でな! そうなったら、うちらがどれだけ必死で頼もうが、何もかも投げ捨てておらんようになる! 真面目じゃないやて? うちが最初からこんなんだったと思ってるんか!? そんな訳ないやろ!」

 叫ぶさくらの瞳に涙がどんどん溜まっていく。ずっと抑えこんでた感情なのか、さくらに襟をぎゅっと締められ抵抗できなくなる。

「あんたの悩みなんか可愛いもんや。こちとら長年ずーっと、零点すら取れん落ちこぼれなんよ。懸命にやればやっただけ逆に振れるもんの気持ち、あんたには分からんやろ!?」

 さくらの叫びで、紅葉の家から帰って来てから落ち込んでた理由が分かる。

「幸せにしたい思えば不幸になる、貧しくて苦しんでるのを助けたいと思えば、さらに貧しくなる。病人治そうと思えば悪ぅなる。そして言われるんや。『この家には貧乏神や疫病神がついてる』てな。何もできんやて? うちの場合は何もできんどころの騒ぎやない! あまつさえ唾を吐かれるわ、罵られるわ。そして最後にはこんな所に住んでられるか言うて、家を捨てて皆いなくなるんや。廃屋にうちだけ取り残された時の気持ち、分かるか!?」

 瞳に涙を一杯溜め、襟を引き千切らん勢いで力をこめて俺を睨みつけた。

 でも。この怒りの矛先は俺じゃない。

「努力不足やって? 練習が足りんて? 人が住んどらん家で散々練習したわ! せやかて人がおったら神力が途端に逆に振れるんよ! これ以上、何やれば上手くいくのか、うちが一番知りたいわ!」

 思うに任せない現実に向いている。上手くいかない自分自身に向いている。

「何が貧乏神や、何が疫病神や! どやかましいわ! 誰からも望まれんもんになりたい阿呆がどこにおるん!? あのわらしが羨ましいかやて!? 嫉妬してるんやないかって? 嫉妬してない訳がないやろ!」

「なあ、聞いてくれさくら、俺は……」

 さくらの言葉の棘が、遂にはさくら自身を傷つけ始める。

 止めようとした俺の胸を、さくらが駄々っ子のように叩いた。

「気安くうちを名前で呼ぶんやない! どれだけ腹割って話したかて、幾らうちが打ち解けようとしたかて、どうせみんないなくなるに決まってるんや。同情してくれるもんもおった、何とか直そうと一緒に練習に付き合ってくれるもんもいた。でも最後は皆、諦めて逃げだしたわ。何度見たと思ってるんよ! うちがどれだけ裏切られたと思ってるんよ! どれだけ縋ったって、最後には。誰も。残らん、かったん……」

 遂に泣き出してしまったさくら。

 口を開けば悪態ばかりで、素直じゃなくて、わざとじゃないかってぐらい不幸振り撒いてるように見えたさくらの本心は、ずっと苦しくて悲しかった。

「星に祈ったら願いが叶うなんて嘘っぱちや……。あんなに、星があるのに。どうして、うちが掴める星は、一個だってないんよ……」

 ――俺はさくらを誤解していた、深く知ろうともしていなかった。自信をなくし、仕事の誇りも持てず、信じた人間には悉く見捨てられ、それでも紅葉の為に勇気を出したのに上手くいかず塞ぎこむ奴が。

 やる気ない訳、ないじゃないか。

「はぁ……うちのど阿呆。つまらん事喋ってしもうたん。とっとと忘れとき。うちは寝るんよ」

「つまらなくない。必死に頑張って何とかしようとする奴を。俺は見捨てたりなんかしない」

「そういう黴の生えた台詞は、耳に蛸が生まれて墨を吐きだすぐらい聞き飽きたわ」

 一瞬俺を見つめた後、すぐに視線をそらす。

 さくらは今、相手も自分も信じられない二重の穴に嵌まり込んでるんだ。だがどうしたらいい? 頑張れば頑張るほど逆にうまくいかなくなる、そんな事に解決法なんて……え? 逆に?

 その時俺に天啓が降りる。

 そうか、あるぞ! たった一つ、全ての問題を解決できるかもしれない、そんな方法が!


「……待てさくら!」

 後ろ手をふり戻ろうとするさくらを呼び止めると、気だるげに振り返る。

「うちはもう本気で寝たいんやけど。泣き疲れたわ」

「見つかった。紅葉を助ける方法が。さくら、つばき、のこ。お前らの力を借りれば、出来る!」

「はぁ? うちらの力を揃えた所で、何の役に立つんや。そんなん今より悪くなるだけやん」

「聞いてくれ。これは普通の座敷わらしじゃ絶対出来ない。お前らじゃなきゃ無理な方法なんだ。落ちこぼれ上等! さくら達も人間を幸せに出来るって事を、紅葉に見せてやろうぜ!」

 そうさ。何かに祈るんじゃない。祈りなんてクソ食らえだ。俺達の力で叶えるんだ!

 俺の言葉にさくらの瞳が俺を見つめた。

 敵視する目でも、悪態をつく時の目でも、諦めたような無気力な目でも、さっきまでの怒りと悲しみに満ちた目でもない。

 期待と希望の眼差しだ。けど直後それがジト目に変わった。

「あんた一瞬でも、うちをその気にさせよったな。もし口からでまかせだったら怒るなんてもんじゃないんよ。うちの意思であんたを不幸のどん底に叩き落してやるから覚悟しとき」

 嘘だった日には本当に実行しそうな雰囲気バリバリ。

「明日、全員起きたら俺の考えを話すよ。誰が欠けても無理な作戦なんだ」

「冗談じゃないわ朝までなんて待っとれん! つばき、のこ、起きてえな!」

 バタバタと足音を立て二人を起こしにいく。

 そうだよな。本当はやる気に満ちてる奴なんだ。

 だが少し遅れて寝室に行くと。

「ちゃうんよつばき、うちの話を聞きー!」

「さくらが夜這いに来てくれるなんて……勿論構わないわ、私の全てはさくらのもの……!」

「なんで帯に手かけてるんや、やめ……んむぅううぅー!」

 寝ぼけてるのかマジなのか。

 布団に倒れこむようにさくらを押し倒すつばきという、惨劇が起こっていた。

「おー? すもうでもしてるのかー?」

「のこ。武士の情けだ、見ないでやろう」

「んー! んむー! んんむぅうー!」

 そっと襖を閉めて隣の部屋に移動する俺達。とりあえず祈っておこう。合掌。

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