第18話 夜ざくら

***

 家の人に会って話せば突破口が見えるかもと期待したけれど、むしろ余計無理なんじゃないかって気持ちが増しただけ。

「紅葉が自分の身を大切にしてくれれば良いのに、自己犠牲まっしぐらだからな……」

 ファミレスで考えをまとめようとしてもまとまらず、鬱々とした気分で戻ったのは夜九時前。

 寝室をのぞくと、既にのこもつばきも熟睡していた。まあお子様はとっくに寝る時間だからな……少なくとも外見的には。

 だが。

「あれ、さくらがいないな……」

 まあ寝てるんなら邪魔する道理もないんで、起こさないように俺は外に出る。どうせ布団に入ったって眠れる気分じゃない。ならもう少し、真冬の肌寒さで頭を冷やして考えたかった。

 しかしいくら考えたところでちらつくのは、去り際に見た紅葉の顔。

「こんだけ知っちまったら、もう見捨てられんねえよ。ちくしょう!」

 旅館の周囲を歩き回っていた時、俺の目に見慣れたピンクの髪の毛が見えた。

「なんだ、こんな所にいたのか。どうした?」

 さくらは勝手口の階段に腰掛けてぼーっと空を見上げていたが、俺が呼びかけると気だるげに視線をこっちに向けてきた。

「別に……星が綺麗やぁ、って見とっただけや」

「いや、でも……」

 昨日の帰り道からずっとさくらの調子が戻る様子はないが、俺にはかける言葉が思いつかない。その時、月明かりに照らされたさくらの瞳にじんわり涙が浮かんでるのに気がつく。

「……っ。ふぁ~あ、あんま寝付けんかったけど、今度こそもう寝るんよ。あんたもとっとと寝とき」

 俺の視線に気がついたのか、わざとらしく欠伸して俺の横をすり抜けようとするさくらの腕を掴む。

「何やの」

「なあ、少しでいいから話をしないか?」

「うん? わらしの仕事見てて、胸でも痛くなったんか? かなめ様に、辞めさせて貰えるよう頼んでほしいん? 別に構わんよ毎度の事やもん。一週間持てばええ方や思っとったし」

 そろそろ万歳すると思ってたわと、肩を竦めるさくら。

「そんなんじゃない。ただ、なんつーか俺の愚痴を聞いて貰いたいだけだ。出来ればどう思うか教えてくれると嬉しい」

「――勝手にすればええよ」

 さくらは明確に心に壁を作り俺を遠ざけてる。

 でも話したかった。どこに進んだら良いかも分からない中で、誰かに助けて欲しかった。

「色々な人と話を聞いてよく分かったよ。簡単にいかない事もさ。でも俺はどうしても紅葉を助けてやりたい。その上で爺さん婆さんの思いにも応えたい。あの家の住人全員が望む解決方法を見つけたい」

「そんなんあらへんよ。どう考えたって、両立せえへんもん」

 俺を見もせず、突き放した回答が遠慮なしに投げつけられた。

「なあ、間違ってると思わないか? 紅葉は二人を思ってるし、二人も座敷わらしの事を思ってる。お互いが大切にし合ってんのに、その結末が共倒れなんておかしいと思わないか!?」

 それでも俺はさくらに、思いの丈をぶつける。

「……ふうん、家のもんと話したん? わらし以外に、住んどる人間の気持ちも知ろうとするだけの頭はあったんやな。あんたの言う通りや。せやからかなめ様もこれだけ、何とかしようとしとるんえ」

「そうさ。どうしてこんな風になってんのか、なんで解決出来ないのか、なんで放っておけないのか。やっと全部分かった。……でも、分かっただけなんだ」

「てっきりうちは、それすら分からんで右往左往しとるだけかと思ったわ。で、それをうちに話してどうするつもりなん。あんたには何も出来ん事ぐらい気がついてるのと違うのん?」

 藁をも掴む思いで助けを求めた俺に、情け容赦のない辛辣な言葉が次々と突き刺さる。

 唯一の救いは、さくらが気休めを一切言ってこない事だけだ。

「ああ、そうさ。俺には何も出来る事がない。そりゃそうさ、俺は座敷わらしが見えるだけで、ただの人間だぞ。紅葉の事を爺さん婆さんに話す? 話は聞いてくれるかもしれないが結局与太話だ、頭から信じてもらえるわけがない! 紅葉の説得? 死ぬ覚悟してる奴に、どんな説得すれば聞いて貰えるんだよ、見当もつかねえよ!」

 色々考えてみたものの、即座に不可能だと分かってしまった。

「問題はもう分かってる。目指すべきゴールも分かってる。なのに間を繋ぐ解決方法が全然ないんだ。なあさくら、教えてくれ。一体俺はどうしたら良い?」

 縋る俺に、さくらは一瞬の間を空けて言い放った。


「そんなん簡単やん。諦めればええんよ」

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