第15話 百聞は一見に如かず

「あんたの下らない感傷に、あたしを巻き込むなあああああ!」

 鍔ぜり合いの最中、絶叫と共に紅葉の姿が消える。

 次の瞬間つばきの真後ろに回り込み、箒を大きくつばきに向けて振りぬいた。

「――くっ、かはっ」

 つばきは吹き飛ばされ、強かに背を地面に打ち付ける。

「……ぜぇ、はぁ……。い、幾らあたしが弱ってたって、この家の敷地内で喧嘩売って勝てると思わない事ね、この、死神娘!」

「くっ。私は、死神なんかじゃない……!」

 かろうじてそう返事するが、つばきはまだ立ち上がることすらできないようだった。

「何でも良いわよ……二度とあたしん家の敷居跨ぐな! それと――」

 箒を握り締め、俺の方へと向き直ると

「今日の昼間といい、こいつといい……ちゃんと管理しなさいよ! あんた、監督役なんでしょう……」

 紅葉の言葉はぐうの音も出ないほどの正論だった

「……ったく。心底迷惑だから……もう来ないよう……ちゃん、と見張――」

 と、急に紅葉の言葉が途切れ、胸を押さえ苦しみ始めた。

「うっ……あ……あぅ……」

「お、おい一体どうした?」

 尋常じゃない苦しみがり方で、遂には仰向けで引きつけを起こし、荒い息で過呼吸のように喘ぎ出し始める。

「きゅ、救急車! じゃどうにもならねぇんだくそっ!」

「どきなさい……!」

 何も出来ずうろたえるしかない俺の元に、よろよろとつばきが近づいてきた。

「家の中で、お前の力が一番集まる場所はどこ?」

「う……ぁ……」

「さっさと答えなさい……この命知らず……!」

「――ぶつ、ま……」  

 かろうじて聞き取れた言葉は。仏間か!?

「連れてくわよ。私はそんな余力がないから、お前がこいつを抱えなさい」

 他に何もできることがない俺としては黙って従うしかない。言われるままに紅葉を抱えたら想像以上に軽くてびっくりする。

 つばきの後に続くと、そのまま三畳程度の部屋に出た。

 小さな仏壇には折鶴や紙風船やお手玉、雛人形なんかが供えてあるが、部屋の中には写真の一枚も飾られてない。言われなければ仏間と気づけなかったかもしれない、変わった雰囲気の部屋だった。

「ここで間違いないわね。早く寝かせなさい」

 そうして寝かせて少しすると、紅葉の痙攣が止まった。荒い呼吸も徐々に戻っていく。

「だ、大丈夫か?」

「うっさい……。さっさと出てってよ……あんた達見てたら、こっちの気分が悪くなるわ」

「……なぁ、これ以上この仕事続けたらお前の命が危ないんだろ……? もう諦めたほうがいいんじゃないのか……?」

 その言葉に紅葉は無理やり体を起こすと、今にも跳びかかりそうな形相で、俺のことを睨む。

「っ!! うるさいわね!! あたしが心配なら尚更、こんなの連れてこないでよ……派手に力使ったせいで、こんなになったんだから……!」

 そういきり立つ紅葉をつばきが無理やり押さえつけるように寝かせると、何度も首を横にふり、

「お前の言いたいことはわかった、でもね――ここの住人より、お前の限界の方が遥かに早いわよ」

 つばきは残酷な宣告を下した。

「そう思うなら……もう二度と来るな! ……あたしの命をこれ以上、こんな無駄な事で削られたらたまったもんじゃないのよ」

 鬼気迫る空気に、何も言えない。そも何を話せば良いのかすら分からない。

 だけどこのままじゃ絶対まずい事だけは分かるんだ。

「俺はただ紅葉の事を――」

 助けたい、と言いかけた言葉をつばきが手をかざし、遮る。

「出るわよ。今は話しても無駄だわ」 

「ちょっと待てよ、このまま帰って良い訳ないだろ」

 しかし俺の抵抗を無視して上着の背を掴み、もの凄い力で引っ張られ壁を抜けて外に連れていかれる。

 そんな俺達を睨む紅葉の姿は、今にも崩れ落ちそうな程か弱く見えた。


「――なぁつばき、お前は結局なんで紅葉のところに行ったんだよ」

 帰路、重苦しい雰囲気で歩き続けることに耐えきれなくなった俺は、つばきに問いかける。

 つばきが事の深刻さを理解していなかったとは思えない。その上で紅葉にダメージを与えるような行動を取った理由が気になった。

「お前に名前で呼ばれる筋合いもなければ、そんなことを答えてやる義理もな……はぁ。わかったから、捨てられた子犬みたいな目で見るのはやめなさい」

 あまりにも情けない気分になっていたら顔に出ていたのか、同情されてしまった。

「自分の家にいる間の座敷わらしの力が強大なのはお前も分かったでしょう。その状態じゃ、あのわらしを家から引きはがすことはできない。なら無理やりにでも弱らせられれば引きはがせるかもしれない。そう思っただけよ」

 ……やっぱりそうだ。つばきはつばきなりに紅葉を助けようとしていたんだ。

「じゃあなんで紅葉を放って帰るんだ? まだ何かできることがあったんじゃないか……?」

「自分じゃ何も思いつかない奴に薄情者扱いされるのは不愉快だわ。あのままいてもいずれ紅葉の力で外に放り出されるだけよ」

 そんなこともわからないのかとばかりに返されてしまい、言葉に詰まる。

「紅葉に残された時間は……?」

「――殆どないわね」

 半ば予想はしていたが、こうはっきり言われてしまうと絶句するしかない。

「救いがたいほど単純ね。あんな姿を見て感傷的になっているんでしょうけど……。お前にはどうせ何もできないわ」

 そう告げて、つばきはすたすたと足早に歩を進めていく。何か言おうとしても、何の言葉も形にならず、俺は金魚のように間抜けに口を開け閉めするだけ。

 ――なんだよそれ! なんだよそれ! なんなんだよそれ!

 湧き上がってくる感情に叫びだしたくなる。しかしそれすらも意味のない行動と悟り、肩を落とす。


 結局、俺だけが何も理解していなかったんだ。

 誰かが死ぬ、言葉の上ではわかっていても、実感がまるでなかった。

 けれど目の前に突き付けられた紅葉の姿は圧倒的な現実で。

 俺にも何かできることがあるかもしれない。そんな思いは軽く吹き飛び、残るのは無力感だけだ。

 座敷わらしの問題を解決する方法を考えろなんて言われても、俺に何ができるっていうんだよ……。

 ここ数日何度も自問したけれど、今回のそれは今までとは違い、遥かに重く俺にのしかかってきた。

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