第16話 将を射んと欲すれば
――翌日、俺は遠巻きに紅葉の家の様子を伺っていた。
部屋に籠っていられる気分でもなく、半ば衝動的に来てしまったものの、紅葉に二度と来るなと言われた手前勝手にお邪魔するわけにもいかず。
「うちに何か用ですかな?」
そうして俺がまごまごしていると、突然紅葉の家の爺さんに後ろから声をかけられた。
「う、うひぇっ!?」
思わず変な声が出る。爺さんは訝し気にこちらを見ている。そりゃそうだ、完全なる不審者以外の何者でもない。
「い、いやっあの。じ、自分実はこういう古民家が大好きでして! なんだか座敷わらしでも住んでそうな趣のある家だなと!」
何とか誤魔化そうと口走った言葉は、滑ってる上にただの事実だった。
嘘つくの下手にも程があるだろ、俺!
「ほぅ……お前さん見る目があるの! どうじゃ、なんなら中に入ってみてみると良い!」
だが俺の想いとは裏腹に、好々爺めいた笑顔で肩をぽんぽんと叩いてくる爺さん。そういやこの爺さんは座敷わらしがわかるんだっけか。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
とは言えあの家には紅葉がいる訳で。俺の顔なんて見たら途端に追い出されてもおかしくない。
そう思いおっかなびっくり足を運ぶが、杞憂だったのかすんなり家に入れる。
何気に初めて通る玄関をこえ廊下を歩くと、しっかりと見れていなかった内装が良く見て取れる。確かに古めかしい家で、柱やら障子やらは年代物であることは、はっきりわかる。
しかしなんだろう、外観から見たイメージ程にはぼろくは見えないというか、確かに細かな傷や汚れはあるがどれも些細な物ばかり。手入れはしっかりされている。
むしろ目立つのは、この家の子供の悪戯だろうか柱に彫ってある絵のような傷や、誰かが飲み物でもこぼしたのだろうか畳にほんのり残っている染み。かつての住人が生活した後が大切に保管されているようなそんな風情を感じる家だった。
……きっと紅葉が大事に守ってきたからなんだろうな。
そんな風に思いつつ前に爺さんと息子さんが喧嘩していた客間に連れられると…そこには紅葉がこちらを睨むように立っていた。
「すまんの、ちょいと婆さんに茶を入れてもらってくるからの。おーい婆さん」
えっ、まっておいていかないで。
出し抜けに一人にされる俺。あまりにも気まずいのでちらと紅葉の方を見やるが、俺を睨むのみで一言も発しない。
「あら、随分と可愛いお客さんですねぇ」
緊張に冷汗をかきつつ身じろぎ一つしないでいると、そういって爺さんと連れ立って婆さんがお茶をもって部屋へとやってくる。
可愛いって……まぁ二人からしたら俺なんてそれこそ子供みたいなもんか。好意に甘えて頂いたお茶をすすっていると、爺さんが話始めた。
「この家はの、わしが生まれるよりずっと前からあった家なんじゃ。もう百年以上にもなる家での。正直とっくにダメになっていてもおかしくない家なんじゃよ」
そう苦笑する爺さんを見て、俺は内心少し驚く。あれだけ頑固に息子さんに反対してたのに、これだけ現状を正しく認識してるとは思わなかった。
「それじゃあ……建て替えたりする予定があったりとか……?」
「――それを考えたこともある、実は息子にせっつかれたりもしてての。一緒に住もうとまで言ってくれとる。きっとそれが一番いいんじゃろうな。しかしの」
そういって爺さんは婆さんのほうをちらと見てからこちらに向き直ると
「お前さんの言う通り、この家は座敷わらしが守ってくれとるからな! まだまだ安泰なんじゃよ」
そういってはっはっはと笑う爺さん。それを見て穏やかに笑う婆さん。
まるで当たり前かのように座敷わらしの存在を受け入れている二人。
その姿に、思わずぽつりと漏らしてしまった。
「どうして座敷わらしなんていると思っているんですか?」
――言ってしまってからしまったと思った、座敷わらしを素直に信じている二人にとってこの質問は失礼にすぎるだろう。
しかしそんな俺の失言も意に介さず、
「もしよかったら、こちらにどうぞ」
婆さんがそう、俺を促す。招かれた先には昨日よく見た部屋、例の仏間があった。
改めて見るとやはり不思議な部屋だった。
仏間にあるべきご先祖の遺影などもなく、大げさな仏壇も存在しない。ささやかに存在を主張する小さな仏壇には小さな位牌と、まるで小さい子供に与える玩具やおかしや、かわいらしい服などが辺りかしこに供えてあって、いつかテレビで見た、座敷わらしの出る旅館のような佇まいをしている。
それでふと気づいてしまう、もしかしてこのお供えは座敷わらしのために……?
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