第14話 つばきの矜持
びしっと指を突きつけ俺に宣言し、鼻息も荒くどこからともなくハタキやら雑巾やらを取り出し、塀を叩いたり拭いたりを繰り返していく。
俺の目にはただ掃除をしているようにしか見えない。
ところがほんの数分で、いきなり鴉の群れが上空を飛びまわり始め、俺の目の前を黒猫の集団が横切り、空気がどよーんと重くなるのを感じる。
「ちょっとぉおおお! あんた何やってんのよ!」
と、いきなり紅葉が血相変えてすっ飛んで来た。
「は? 厄落としに決まって」
「落とすどころか集めてどうするつもり!? 今すぐ止めなさいこのバカ!」
さくらを背中から羽交い絞めにして、有無を言わさず塀からひっぺがす紅葉。
「~~!! うちはこれでも真面目にやってるん!」
「そりゃこんなんじゃ問題児扱いされるのも当たり前だわ、座敷わらしに絶望的に向いてないわよ!」
話の上では聞いていたけど、実際に見て初めて真の意味で理解してしまった。
さくらが座敷わらしに向いていない理由。何のことはない、さくらは普通に座敷わらしとして振舞おうとしているだけなのに勝手に力が悪い方に向いてしまう。ただそれだけ。
シンプルかつ致命的な理由なんだ。
「どやかましいわ! 憑いてる家と心中しようとしとるあんたに言われとうない!」
「なっ!? 厄病神の癖によくも言ったわね……! 許さないんだから!!」
売り言葉に買い言葉。どう考えても言ってはいけないことにまで二人はヒートアップする。
「おい喧嘩すんじゃない、ちょっと落ち着……」
ひとまず二人をとめないと。割って入ろうとした瞬間、紅葉の持つ箒で弾き飛ばされる俺。次の瞬間、俺のすぐ傍にさくらも飛ばされてきた。
「結局あたしの仕事増やしただけじゃない! 何が手伝いよ、余計なことするな!」
ふん、と鼻を鳴らして言い捨て、紅葉はさくらのやらかした後始末に向かう。
「もうええ。帰るんよ……」
紅葉の方には目もくれず、明らかに気落ちしして俯くさくらに、俺はかける言葉が見つからなかった。
そこから先はもう、恐る恐る俺が話しかけても一言も口を聞かない。
俺が紅葉ともう少し話をしたいと思ってさくらを利用した形だったのに、結局なんら目的も果たせずいたずらにさくらを傷つける形になってしまった。
俺が焚きつけたせいで、悪いことしちまった――
自分の軽率さに後悔する間も、さくらは何度も体を身震いさせ、途中で立ち止まったりを繰り返しながら帰るまで無言を貫いていた。
***
「――元気出せって。そんな暗くなっても、何も解決しないぞ」
「あんたに励まされたって、欠片も嬉しゅうない……構わんといて」
帰って早々に部屋の隅で体育座りして、ずーんと凹むさくらを慰めようと声をかけるも効果なし。
俺の責任とはいえ本当に手詰まりすぎてどうにもならない。
「なぁ、のこからも何か言ってくれよ」
我関せずとばかりに、素麺をズゾーッと音を立てすすっているのこに声をかけると、
「さくららしくない失敗なら、いくらでもはげますぞ? でもさくららしいんなら、失敗じゃないぞ! だからのこからはとくにいうことはないぞー」
「……どやかましいんよ」
のこの価値観では自分らしくあれば別に失敗ではないらしい。ただそれがさくらの慰めになるかと言えば、そんな訳もなく。
むしろ追い討ちになって、畳の上にキノコが生えそうな勢いで沈みまくる。
そして困った事に、こういう時こそ頼りになるつばきは一向に姿を見せない。
「なぁのこ、つばきの行き先に心当たりないか? あいつがさくらをほっといてまで行きそうな所なん――」
そう口にして、ふと思いついてしまった。
――まさかあいつ、一人で
「すまんちょっと出かけてくる!」
「おー? いってらー」
のこの能天気な見送りの声を背に、俺は急いで旅館を飛び出す。
全力で駆け出し、紅葉の家の入口までたどり着くと――嫌な予感的中。
全身から黒い気を噴き出したつばきが鎌を振りかざし、紅葉が竹箒で応戦。二人が鍔ぜり合いをしている最中という、想像していた以上にまずそうなシチュエーションが展開されていた。
あのバカ何考えてんだ! 武闘派にも程があんだろうが!
「この分からず屋、頑固娘。自分の身も守らずに家を守ろうなんて、度し難いにも程があるわ」
「小さな親切巨大なお世話よ! 単なる行きずりのあんたにはあたしがどうなろうが関係ないでしょ!」
そういってつばきを弾き飛ばすと、箒を振るってつばきに追撃をかけようとする紅葉。それをギリギリのところでかわし、鎌から漏れ出る黒い気を刃のように紅葉に向けて打ち出す。
負けじと紅葉も箒でガードし、そのままつばきに向けて突進、再度鍔ぜり合いに持ち込む紅葉。
――って待て待て待て作風が違ぇ!
激しい戦いに周りの空気さえ歪んで見えた。座敷わらしの本気とやらが想像よりも遥かに大きいことを嫌でも思い知らされる。
「いい加減にしなさいよ……! これ以上あんたらに干渉されるのはもう懲り懲りなのよ! さっさとあんたの家まで帰りなさいよ!」
「別にお前の為じゃない。私は、誰であっても命を散らすのを見るのが嫌なだけ。それ以上でもそれ以下でもない……!」
そう、か。
つばきは初めて出会ったときから命を粗末にするやつは許せないと言っていた。
座敷わらしよりも死神に向いていると言われてしまうからこそ、命の重みを何よりも大きなものと捉えているんだろう。
誰の命も失いたくない、その想いはきっとつばきの心からの悲痛な叫びなんだ。そんな真剣な思いに気付いてすらやれなかったなんて。俺は。馬鹿だ。
「そしてもう一つ、どうしても許せないことがあるわ」
そうさ。つばきは自分の身に変えてでも紅葉を止めようと考えてたんだ。
例え恨まれてでも、見返りも求めずただ誰かを救うことにのみ身を捧げる、そんな覚悟で紅葉と向かい合っていたに違いない。
その高潔さは本来賞賛されるべきなのに。それを理解してなかったなんて……俺ってやつは、俺ってやつは……!
「さくらの好意を無下にした罪よ! 死ね!」
って結局そっちじゃねえかあああ!! 俺の感動を返せよおおおおおお!!!
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