第13話 さくらの能力

***

「んが。ふあぁ……?」

 明け方。

 頭に衝撃があって目をあけると、のこの足が俺の横にあった。さては蹴りやがったなこいつ。もし寝ぼけてお前の力が暴発したらどーすんだよ……怖っ。

 見ると、涎を垂らし寝巻きの前がはだけた格好のさくら、腹丸出しで大の字に両足を伸ばしているのこ、そしてさくらの胸に顔を埋めて幸せそうに寝こけるつばきという惨状。

 苦笑しつつ顔を洗おうと部屋を出ると、俺につられて目を醒ましたのかさくらが付いてきた。

「ふぁ。なんや、あんた起きるの意外に早いんやな」

「よ、おはよう」

 手を上げて挨拶するが、逆にあっちいけとばかりに手を振って突っぱねられる。

「なあ。紅葉の家の件、俺だけじゃどうにもなりそうにないんだ。……手伝ってくれないか?」

「起き抜けに何を言うかと思ったら……別に、出来んかったでええんやない? 昨日会ってよう分かったけど、あそこのわらしは外野が何を言っても聞く耳持たんえ」

 ふあ、と小さくあくびをするさくら。

「ほっときゃ死ぬような深刻な問題なんだぞ。もうちょっと真剣に考えてくれたって良いだろ」

「つばきとのこにはそれぞれの考えがあるやろし、うちはあんまり率先して動こうとは思えへんし。あんたも諦めて散歩でもしてくるとええよ」

 そう言って一人どこかへ行ってしまいそうになるさくら。

 ――反射的に俺はさくらの肩を掴んでいた。

「……なんなん。離してぇな。うちは近くの空き家で厄落としの練習でもやってくるんよ」

「頼む! 紅葉の家に行ってくれるだけでも良いから。一緒に来てくれ」

「なんであんたの言う事にうちが従わなきゃあかんのん」

 眉根を寄せて露骨に顔をしかめる。

 俺の見た感じ、さくらは宥めたりおだてたりしても乗って来そうにないし、無理矢理連れてこうとしたって逃げられるだけだろう。ならどうするか。

「いや、お前って二言目には自分は座敷わらしっていうけど、お前が座敷わらしの力を使うの見た事なかったからさ。丁度良い機会だから、お前の能力を見せてくれないか」

 押しても引いても駄目なら、向こうから逆に押させる!

「何言うてるん。あの家には紅葉ってわらしがおるやん。うちの出る幕なんかあらへんよ」

「そうか? 仮に相当弱ってるんなら手伝いを申し出たら、案外乗ってくるんじゃないか?」

「そ。それは……あるかもしらんけど」

 さくらが口篭る。

 俺の疑問に対してわざわざ説明してくれたりする辺り、素直じゃないだけで根は割と良い奴だと思うんだよな。

 本当にやる気がないならこんなもん即座に突っぱねるだけだし。

「なら、空き家で練習するより実地の方がよほど経験になるんじゃないか? ――まあ、自信がないってんなら無理にとはいわないけど」

 殆ど焚きつけてるようなもんだが、普段から座敷わらしアピールが一番強烈なさくらだ。ここで拒否して俺に怖気づいてると思われるのはこいつの性格的に絶対嫌がるだろう。

「そ、そんな訳ないんよ! そんなに見たいんなら見せたるわ、うちの力に畏れ慄くとええねん!」

 胸を張るさくら。

「よし、そうと決まったら早速行こう!」

 さくらの気が変わる前にとっとと行ってしまおう、うん。

「うー。乗せられた気しかせえへん」

 さくらがぼそりと呟くが、残念。もう乗せられた後だ。


***

「すー。はー。大丈夫、うちはできる。やれるん」

 緊張してるのか、紅葉の家を前にして深呼吸をしてるさくら。さて、どうやって紅葉を呼んだもんかと思ったが、悩む前に家の壁をすり抜けて紅葉がひょっこり出て来た。

「なんか妙な気配がするから何かと思ったら……また来たの?」

 明らかに迷惑そうにジト目で俺達を見上げる紅葉。

 目線を合わせようと背伸びをしてるのがちょっと微笑ましい。

「実は紅葉の手伝いが出来ないかと思って来たんだ」

「へ……? 手伝い?」

 思ってもいなかったのか、紅葉は目を丸くして俺とさくらを凝視する。

「あのねえ! わらしは家一軒に一人が当たり前なのよ! 手伝いなんて必要な……」

 何故かそこで言葉が切れ、苦虫を噛み潰したような顔でグルグルと同じ所を歩き回り始めた。

「どうしたんだ?」

「そら、あのちんちくりんだって自分が本調子やない事ぐらい自覚しとる。きっと色々と葛藤があるんよ」

 待つこと五分以上。

「……あたしも最近ほんのちょびっとぐらいは、仕事が大変かなって思う事があるからね! 少しぐらいなら、手を借りてやっても良いけどっ」

「偉そうやんなあ」

「お前が言うか、それ」

 さくらに思わず突っこむ俺の服の袖を紅葉が引っ張った。

「で……そいつ、どんな事が出来るのよ。まだ見習いなんでしょ?」

 ご尤もな質問に紅葉も俺もさくらに視線を向けると、腰に手を当てて不自然な笑顔を作った。

「う、うちだって基本的なわらしの仕事くらい簡単や! 大船に乗った気でいてくれてええんよ!」

 さくらの額には汗が一杯浮かんでいるし、唇の端がひきつってたりと、自信のなさが随所に伺える。

 ……予想以上にダメそうだな。

「あんた、実際に家に憑いて仕事したことはあるの?」

「じゅ、十年じゃ足りんわ。全部足したら二十年近くはやっとったんよ」

「……ふーん、んじゃとりあえず家の塀の厄落としだけ宜しく」

 あんまり期待してないとばかりに、家の中に戻る紅葉。だがさくらは腕まくりをしてやる気満々。

「……そこで見とるとええわ。うちの座敷わらしぶりを!」

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