第12話 見かけより遥かに深刻

***

 夜、かなめさんが仕事中の宿にしろとのことで用意してくれたらしい安い旅館の一室で、紙を前にボールペンをクルクル回しながら俺は考え事にふけっていた。

「まずは状況の整理だよな」

 状況を思い返し、あの家の人物関係を纏めてみる。

 紅葉と爺さん婆さんが建替え断固反対派で、息子さんが建替え……というより一刻も早く二人を引越しさせたいってのはすぐ分かるな。

 重要なのは、うちの座敷わらし連中が揃って「あの家は限界で、紅葉はバトンタッチした方が良い」と思ってる事だ。

「つまり座敷わらし的にも、あの家で頑張っちゃってる紅葉の状況は大問題だって事なんだよな。なら、紅葉が正しく仕事してないって理由で強制的にあの家からどかせられるんじゃね? あ。いや違う、これって……」

 座敷わらしの目的=住人を幸せにする、と単純化して考えよう。

 あの家に住まわせ続けるのがまずいのは明らか、それがうちの座敷わらし達の総意だ。だけど当事者には別の側面がある。

 それは、爺さん婆さんが「死ぬまでここに住みたい」と思ってるって点。

 紅葉はあの家の座敷わらしである以上、住人=爺さん婆さんの願いを最優先する。


『老朽化した家を早々に取り壊して住人を危険から守る』という三人娘=座敷わらしの正解。

『何が何でも住み続けたい爺さん婆さんの願いを叶える』という紅葉=座敷わらしの正解。

 

 どっちも座敷わらしとしての正解なのに、致命的に対立してるんだ。

「最大のネックは紅葉以上に、爺さん婆さんのあの家に対する拘りか……。そりゃそうだよな、座敷わらしがいるせいで混乱してたけど。そもそもあの家をどうするかの決定権は座敷わらしじゃなくて住人にあるんだもんな」

 という事はここから導ける解決方法は――

「あの紅葉って座敷わらしが、爺さん婆さんが死ぬまで家を保たせるのが色々な意味で一番マシって事になるのかね。その後は建替するにしても、座敷わらしとしては抵抗とかしないんだろうし」

 そんな結論に達した直後、ポコッと俺の頭がいきなり叩かれた。

「いて」

「割と真面目に考えたみたいやけど、あんたの結論は合ってるようでいて大間違いや。それが出来そうにない、このままじゃ限界が近いからかなめ様がこうやって動いとるんやろ。なあつばき」

「ええ。さくらの言う事は常に正しいわ。ただ紅葉ってわらしの場合、無理矢理にでも何とかしてしまいそうな気がしたけれど」

「説明するのに、わざわざ俺の頭を殴る必要ありましたかね……」

 無理矢理にでも何とか出来るならそれで良いんじゃないのか? 少なくとも当事者全員が望んでるんだから、外野からどうこう口出すもんでも……。

 と思った時ドタドタ足音を鳴らしてのこが駆け出してくるが、柱から飛び出してた釘にズボンの端がひっかかってすっ転んだ。

 ビリッと音がして、のこのスボンが破れる。

「うー、ひどいめにあったぞー」

「部屋の中で走り回るからだっつの。派手に引っ掛けて破けたし、縫わないとまず……い!?」

 だが次の瞬間、裂けていたのこのズボンが何事もなかったかのように元に戻った。

「ふふん、うちらの霊力を甘く見んといてえな。うちらの着てる服はわらしの力も象徴でもあるんや。仮に粉々に吹き飛んでもすぐに直るんやで」

 驚く俺に何故かさくらがどや顔で答える。

「だからってさくらの服を破いて裸を見ようなんて不届きな事をしたら、明日の朝日は拝ませないから。そう、さくらの裸を見ようなんて不届きな……さくらの、裸を……裸……」

「なんでうちににじりよってくるん!?」

「大丈夫、さくらの綺麗な服を破いたりなんかしないわ。ただちょっとめくるだけ、少しだけ、先っちょだけだから……」

「ひぃやああああ~!」

 ……うん、この二人はほっとこう。

「おー? みゆき、どーした?」

 首を傾げるのこのズボンを、俺はマジマジと見る。勿論、そういう趣味があるからじゃない。確かに破けた後は全くない。まっさらの状態だ。

「破れたり痛んでもすぐ直るなら、なんで紅葉の格好はちょっとボロかったんだ?」

 正面から見た時は分からなかったが、服がところどころほつれてたのが気になったのを思い出す。

「んー」

 いつも騒がしいのこが珍しく口ごもる。

 すると、つばきを振り切ったのか息を切らせた様子のさくらが

「……あのわらしは命を削っとるんよ」

「命を削って……?」

「座敷わらしの力はあんたが考えている以上に強力なんよ。無理をすれば本来の家の寿命を大幅に伸ばすことも可能なんや。せやけど代償のない力なんてないんよ。あのわらしは明らかに無理しすぎや」

 という事は、あの服の痛み具合は、そのまんま紅葉の負担を示してるって事か?

「じゃあ、あの座敷わらし、紅葉がこのまま無理を続けたらどうなるんだ?」

「――死ぬわ」

 つばきが抑揚のない言葉で言い切った。

「そうなれば、家も限界を迎えて最悪倒壊。巻き込まれた住人も道連れになる可能性すらあるわ。文字通り共倒れね」

「ちょっと待てよ! 紅葉はそれを」

「勿論分かってやってる。自分の命がなくなる覚悟で最後まで守りきるつもりなんでしょう。――痛々しくて見てられないわ」

 そういってつばきはいつものように興味なさげに俺から目を逸らす。ただその目には怒りのような、苛立ちのようなものが籠っているように俺には見えた。

「のこもさわってみてみたけどなー。あれはとってもまずいぞ」

「うちだってこんな状況やなかったら、あのちんちくりんの不興買ってまで家出ろなんてよう言わんえ」

 さくらものこも、ふざけてる様に見えて俺よりずっと真剣に状況を捉えてたのか……。

「そんなヤバイんだったら、今すぐあの家から引き離すべきなんじゃないか?」

「そう思っとるから、かなめ様が動いとるんや。やけど紅葉が駄々こねとったら、どうにかなるもんもどうにもならんえ。わらし本人が納得しない限り無理に引きはがすとかは簡単にできん。相当難しい状況なんよ」

 思ったより深刻な状況に愕然とする俺。そんな俺と違い三人は驚くほど冷静だった。そして冷静に布団を敷き始め……ん? 布団?

「……なにしてんだ? ここは俺の部屋なんだけど」

「っかぁー! うちらは今、あんたに憑いとるんやで。いつものビルにいるうちはええけど、一度離れたら嫌でもあんたと同じ「家」におらなあかんのよ」

「言うまでもないと思うけど。さくらに手を出した時は、分かってるわよね?」

「出すわけないだろ! つーか普通はまず自分に手を出したらじゃないのか?」

「正直そっちはどうでもいい。それよりも大切なのはさくら。さくらに手を出して良いのは私だけよ」

 歪みなく歪んでるよな。なんでこんなにさくらラブなんだか。

「いや、あんなぁつばき……うちはつばきにも手を出されたくはないんやけど」

「そーれ! ばふっ」

「埃が巻き上がるから布団にダイブすんじゃねえ、子供か!」

「こどもだぞ!」

 俺より遥かに年上だろうが! 実年齢と精神年齢一致させろよ!

 幼女三人と同衾。ロリコンなら喜ぶのかもしれないが、俺にそういう趣味はねえ! 

 こんな環境で寝られる訳がないと思ってたのも束の間。これまでの人生からはかけ離れた出来事に出くわして疲れてたせいか、目を閉じれば大して気にならなくなる。


 自分に出来る事、人間の俺だからこそ出来る事って何かあるんだろうか――

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