第10話 波乱の予感しかない初仕事

***

 かなめさんの手紙に書いてあった住所へと、電車やバスを何度も乗り継いで、はるばる三時間半。

 その間にも百悶着くらいはあったが、なんとか無事に到達した先には――

「ぼっろい家だな……」

 外観こそ家の体裁を保ってはいるものの、家そのものは相当の年代物で――ぶっちゃけ今すぐにでも崩れそうに見える程度にはおんぼろな家が、住宅街にぽっかり浮かぶように建っていた。

「こりゃあかんえ。ここの座敷わらしが相当頑張って保たせてるんは分かるけど、さっさとどうにかしたほうがええんよ」

「そうね、柱や板がもう限界を超えてるわ。この家の為にも壊してあげるのが賢明だと思うけれど」

「のこが地面をどっかんしたらいっぱつだな!」

 座敷わらし共が三者三様に辛辣な評価を下す。

「……やっぱりやばいのか?」

「「「どう見ても(だぞー)」」」

 三人の意見が見事にシンクロする。座敷わらし目線でもやっぱりボロ屋なんだな。

「うるさいうるさいうるさい! あたしの家を馬鹿にするなー!!」

 ――すると、ちょっとくすんだ赤い髪で癖っ毛の女の子が赤いちゃんちゃんこに前掛け姿で目を吊り上げて飛び出して来た。

「人の縄張りにずけずけと入り込んで勝手なこと言ってくれるじゃない!」

「縄張りって……動物かよ」

「あんた! どう見ても人間でしょ! なんであたし達の姿が見えてるのよ!」

 それに関しては話が長くなるから割愛したいんだが?

「はぁ……こんなんでも一応うちらの監督役なんよ。あんたがこの家に憑いてるわらしってことでええん?」

「監督役って、もしかしてあんたら見習いなの?」

「せ、せやね……」

 目をそらすさくらの頭を撫でるつばき。

「見習いなら猶更あたしの仕事について文句を言われる筋合いはないわ! この家はあたしが憑いてからまだ五十年しかたってないの! まだまだ全然現役なの!」

「そりゃあんたが憑いてからは五十年かもしれんけど、この家自体は多分百年は超えとるやろ。寿命なのはあんたかてとっくに知っとるはずやん」

 その言葉に女の子はぷくーっと頬を膨らませると

「あたしがいる限りこの家は絶対ぜーったいまもってみせるの! ここはあたしの家! 誰にも渡さないんだから!」

 女の子は両手をぶんぶん上下に振る。完全にただの駄々っ子状態だな……。

 でもこれじゃ話が進まない。とりあえず一旦落ちついて貰わないと。

「おっほん、とにかく一度冷静になろう。自己紹介すらまだじゃないか。まずはそこから始めないか?」

 俺の言葉にうぅと唸りながらも一応話を聞く態度になってくれる女の子。

紅葉くれはよ。さっきも言ったけど、座敷わらしを初めて五十年。そこの見習い共の大大大先輩なんだからね」

「うぐっ、痛いところ突かんといて」

 その台詞にさくらが胸を抑える。

 片や落ちこぼれの家なし、片やこの道五十年のエリート。どこで差がついたのか……。

「どやかましいわ、ほっとき!」

 勝手に内心を読んだのか、さくらに理不尽な罵倒をされる。なんでさ。

 三人と俺がそれぞれ自己紹介をし終え、ようやく本題に入る。

「――で、つまりどういうことなんだ?」

「どうもこうもないわ、さっさと家を壊すなり建て替えるなりすればいいのに、この娘が駄々をこねているんでしょう」

 そのつばきの言葉に、俺の中に素朴というか、至極当然な疑問が生まれる。

「よくわからんが、素直に建替えたりリフォームするんじゃダメなのか?」

「外観や柱などの部材の大半を残した上で、改修や建替えが出来るなら問題ないでしょうけど、それは難しいでしょうね。となると今風の家に建替えることになるのだけれど……」

「それに何の問題が?」

 なにやら言い澱むつばきに対して、さくらがズバッと核心をつく。

「今おる座敷わらしがおれんようになるからやな」

「そんなもんなのか?」

「だって、完全に別の家になるやん。家が違ってもうたら、わらしも出てかんとあかんえ。せやけどそこの紅葉ってわらしがこのまま出てかんと意地張ったら、その内共倒れや」

「!!」

 サッと紅葉の顔色が怒りで真っ赤に染まり、さくらの胸倉を掴む。

「見習いのあんたに何がわかるの!? 屋根瓦の一枚一枚まで、ここはあたし達家族の思い出の塊なの! あんたも座敷わらし名乗ってるなら、この意味分かるでしょ!!」

「……ちょぉ、待ち、言い過ぎたんは、うちが、悪、かったから、やめ」

 ガックンガックン揺さぶられ目を回すさくらだが、俺や他の誰かが止めるより先につばきが鎌を出して一閃すると、紅葉の頭を掠める。

「~~! あんた何すんのよ、いきなり攻撃してくるとかバカじゃないの!?」

「さくらへの乱暴狼藉は誰であっても見過ごす気はないわ」

「やめろやめろ! 俺たちは喧嘩しに来たんじゃないんだぞ!」

 即座に俺は二人の間に割りこみ止めに入る。

「……チッ。次はないから」

「それはこっちの台詞よ! あんたらなんか未来永劫あたしんちの敷居を跨がせ……ぷーっ! あは、あはは、あはははは! なに、ちょっと、どこさわって、くすぐったい……!」

 お腹を押さえて急に紅葉が笑い出したので何事かと思ったら、いつの間にかのこが騒ぎから離れて、屋根やら柱やら壁やらを撫で回していた。

「おー。やっぱりとんでもなくもろいな!」

 全然絡んでこないからのこは何やってんのかと思ったら……。

「やめやめ、のこ、どうどう」

「ぜー、はー、ほんとあんたら……何しに来たのよ」

 そういえばまだ、用件すら話していなかった事に気が付く。

「えっと、俺たちはかなめさんに言われてここまで来たんだけど」

 紅葉にも見せるように、と書かれていた便せんを手渡す。

「えっ!? かなめ様が!?」

 紅葉は便せんをひったくるように受け取り、食い入るように見つめる。

「確かに、かなめ様の印が入ってる。嘘じゃないようね……。あたしの仕事ぶりを見学をさせて欲しい、か……。正直絶対嫌だけど、かなめ様の頼みじゃ断れない」

 そう言い紅葉は便せんを丁寧に封に入れ直し、俺に返してくれた。

「いいわ、ただしあたしの邪魔は一切しないこと! 何かあったら即追い出すからね。特に今日は樹も来るんだから失礼があったら許さないわよ!」

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