第7話 なりたいモノ・向いてるモノ

「――とりあえず一人づつ順番に紹介していくかの。まずこの桃髪の娘がさくらじゃ。見習いを始めて今年で……百五十年ぐらいかや?」

「うちはまだ百年ぐらいと思ったんやけど……」

 かなめさんの問いかけに、さっきふわふわ浮いていた女の子――さくらはそっと目を伏せる。

 百五十年って事は、江戸と明治の境目?

「そんなに見習いって長いんですか?」

「いや。短い者ならば数ヶ月で終わるし、長くても十年もあれば済む」

「それってつまりこいつは落ちこぼれ……」

「どやかましいわ! 誰が落ちこぼれや誰が! うちは立派な座敷わらしや!」

「さくらはこう見えて、座敷わらしとして家人の世話も甲斐甲斐しく頑張る娘なんじゃが」

 その言葉に、えっへんとばかりに胸を張るさくら。

 ほぅ。それだけ聞くと、問題はなさそうだけど。

「家の厄を取ろうとすれば逆に厄を吸い集めるわ、家を富ませようとしたら貧しくしてしまうわ、仕舞いには病気まで引きつける始末での」

 深い溜息をつくかなめさん。

「……確認したいんですけど、座敷わらしの仕事って何なんですか」

「家人を厄や疫病などから守り、家を富ませる事じゃな」

「まるっきり逆じゃないですか!」

「ちゃうねん! うちはいつも全力でやってるんよ! ただ……何故か力が反対の方に行くだけなんや」

 しゅん、と縮こまるさくら。

 方向音痴って普通、本人だけの問題なのに、こいつの場合ひたすら迷惑な方向音痴してるな……。

「こほん、次にこの娘がつばきじゃ。見習い始めてそろそろ三百年近いかの」

 さらに倍かよ! 

 心中で突っこむ中、さっきまで俺に殺意にしか見えない何かを向けてたつばきと呼ばれた少女は挨拶どころか視線すら向けようとしない。

「つばきは家を富ませる力は十分じゃ。寧ろ平均よりも強い力がある」

 お? さっきのよりはマシか?

「ただし、つばきが座敷わらしとして懸命に頑張ると大きな問題が出る事があっての。まぁそのなんじゃ。――死人が出る。一族全滅なんて事を引き起こしたすらある」

「ブホッ!」

 思わず噴いた。

「それのどこが座敷わらしなんですか!?」

「ほっといて頂戴。私と関わらなければ、誰も不幸にはならないわよ」

 興味なしとばかりに一瞥だけくれて、またすぐ視線を外す。

「そして最後に、この娘――のこじゃ。やる気はぴか一なんじゃが……最も適しているのが破壊と再生じゃ。その気になればこの辺一帯を大地震で破壊することすらできる。これがどのぐらい座敷わらしと不釣合いかは分かるじゃろ」

「やってみたいとおもったからやる! それだけだぞ!」

「家壊されて幸せになる人はいないだろ……」

 いい加減突っこむのも疲れてくる俺を横目に、爽やかかつ能天気な笑顔が向けられる。一見無害に見えるがこいつも普通に問題児というのはさっき悲しくなるほど実感している。

「とまあ、こんな感じなんじゃがな……」

「なるほど。つまり、貧乏神・死神・破壊神にしか見えない超問題児三人をどうにかして座敷わらしにするのが俺の仕事、っていう事でしょうかね?」

「……まあ。身も蓋もなく言ってしまえば、そういう事かの」

「冗談じゃない! こんな連中に関わってたら不幸になるだけだ! 悪いけどさっきの話はなかった事に――」

「できんぞ? 仮にここを出た所で、そこの三人娘はもれなくお主についてくるからの」

『『『え』』』

 その言葉に何故か俺とさくらとつばきがシンクロした。

「ほれ。これを見てみい。この箇所じゃ」

 かなめさんが指差した契約書の一文。そこには


 職務内容:見習い座敷わらし三人に、監督として

「俺が座敷わらしの監督に【就く】って意味でしょ?」

「座敷わらしがお主に【憑く】って意味じゃぞ。契約に名前を書いて顔合わせもした今、三人ともお主に憑いとる状態じゃ。これを終わらせるには三人全員を座敷わらしにするか、別の道に進ませるかしないと無理じゃな」

「詐欺だああああ!」

「この阿呆! あんたが迂闊に名前書くから、うちらまで離れられなくなっとるやんか!」

「最悪。こんな人間と私のさくらがずっと一緒なんて、世界の終わりだわ……」

 話が美味すぎると思ったんだよ! もうこんな職場いられるか!

「いや、俺にはまだ持ち駒がある! 就職活動を成功させておさらばすれば……」


 テロン


 ん? メールの着信音?

 ポケットからスマホを引っ張り出すとメールには

『誠に申し訳ございませんが今回は不採用とさせていただきます。今後のご活躍をお祈り申し上げます』の文言。

「は? ここ、一昨日面接を受けたばっかだろ。結果が出るのは早くても来週……」

 ありえない結果発表の早さに驚く俺だったが、


 テロンテロンテロンテロンテロテロテロ 

  

 唐突にメール着信音が鳴りまくり、次々とお祈りメールがガンガン届き始めた。

「――な、な、な、なんじゃこりゃあああ!」

 こんな馬鹿げた事、普通ならある訳がない……と思ったがハッと周囲を見渡す。なんせ今、ここには不幸の権化みたいな連中がそろい踏みしてるじゃないか。

 目の前の三人娘を見る。つばきは表情一つ変えない。のこは「おぉ?」と首を傾げる。さくらは――思いっきり視線を泳がせまくった上で目を逸らした。

「犯人はお前かぁああああ!」

「ちゃうねん! うちだってやりたくてやってる訳じゃないんよ。あんたがうちに関わってしもうたせいで、知らん間にうちの力があんたに干渉しただけや。うちのせいやない!」

「ふざけんな、その傍迷惑な力を今すぐ止めろ! この貧乏神!!」

「どやかましいわ! 座敷わらしやと何度言えば分かるんや! この頭は帽子置きかい!」

「どこに人間を破滅させる座敷わらしがいるんだっつーの!」

 ぽこぽこと頭を叩くさくら。その握力は子供のそれで痛みは全然ないが、俺にくっついた途端悲劇がさらに加速した。


テロンテロンテロンテロンテロンテロンテロン

「「「「「「お祈りを」」」」」」


 ――そして十五分後。スマホには三十通近いお祈りメールがずらりと並ぶ。それは俺の就活持ち駒が全滅した事に他ならなかった。

「お。俺の人生が……終わっ、た」

 もう選考結果待ちの会社は存在しないし、今から新たに探そうにも貧乏神と死神と破壊神を連れての職探しとか、始める前から詰んでいる。

「そんな落ちこまんでも、捨てる神あれば拾う神もあるって言うやん」

 その神に今まさに見捨てられた俺はどうしたらいいんですか。

「の、のう……大丈夫かや? 顔が真っ青じゃが……」

「これのどこが座敷わらしなんだよ! 問答無用で人を不幸のドン底に突き落としやがって……」

 もう駄目だ。俺には、世界の不幸を全部一人で背負わされたような悲惨な人生が待ってるんだ。

「おぬしらは少し向こうにいっとれ……すまぬの、もう少しわっちから話をさせて欲しい。じゃが……もうちとお主が落ち着いてからじゃな」

 かなめさんがキセルを一振りすると三人娘の姿が消え、俺は最初の応接室に戻っていた。

 過呼吸しそうな心を落ち着けるべく、何度も深呼吸を繰り返す。

 ……幾分マシになった頃、俺は沸き上がった質問を一つかなめさんに投げかけた。

「……あの三人。人を不幸にしかできなさそうな連中が、なんで座敷わらし見習いなんてやってるんです?」

「その疑問は尤もじゃ。しかし、さて。どこから話したもんじゃろうか……」

 思案げに瞳を閉じて考え込んでから、かなめさんは話し始めた。

「まず大前提として。神の話を詳しくせんといかんじゃろう。御幸、お主はこの国に八百万の神がおるのを知っとるかの?」

「神話か何かで聞いた事があるような……」

「あれは誠の話じゃ。座敷わらしとは人間風に言えば職名のようなもんでの。この世に未練がある魂、生まれ出る事すらできなかった魂、偉業を成し遂げた魂。その中でも、神としての資質をもっとる魂は皆が何らかの神になる定めがあるのじゃ」

 そこで一度言葉を区切って、何故か遠い目をした。

「だがの。悲しい事になりたいからと言ってどんな神にでもなれるかと言うとそんな事はない。色々な神に適正のある者もおれば、一つ以外は絶望的にむいとらん者もおる。そしてそれは本人の望みとは無関係じゃ。この辺は人の世と何も変わらぬの」

 望みと適正が一致しとれば、何も心配はいらないんじゃがな。とかなめさんは肩を竦めた。

「さくらはお主の見立て通り本来向いておるのは貧乏神よ。しかも貧乏神と厄病神の両方に素晴らしく高い才能を持っておる稀有な娘じゃぞ。だが本人はそんなもんなぞなりとうない、絶対わらしになりたいと言って聞かん」

 あいつに関しては素晴らしく才能のある貧乏神というのは、俺もさっき嫌というほど実感した。

「次にあの禍々しい雰囲気を醸し出しておったつばき。あれは死神をやらせれば右に並ぶ者がない。死神の適正が高い者が昨今殆ど出てこんせいで黄泉の国からは何とか死神にさせてくれと散々せっつかれておるが、本人はそれこそ死んでもやりとうないと言っておる」

 そうじゃないかとは思ってたけど本当に死神かよ!

「最後にのこじゃが……先に説明した通り破壊の神としての適性が図抜けてあるが、本人は何を考えているかようわからぬ。破壊神は他に替えが効かぬほど稀有な存在なのじゃが、とにかく座敷わらしになりたいと諦めてくれぬのじゃ」

 あいつは何も考えてなさそうだったが、何か彼女なりの拘りがあるんだろうか。

「向いてる仕事があるなら素直にそっちに行きゃ良いのに、なんだって座敷わらしに拘るんだよ……」

 思わず本音が口をついて出た。

「事情はどうあれ本人たちの望みを無碍にはできん。いくら適性があれど望まぬ神になったとて幸福にはなるまいて」

 どこか遠い目をするかなめさんに、つい無神経なことを言ってしまったと反省する。

 そりゃそうか。誰かに押し付けられるより自分がやりたい仕事がしたい。考えたら当たり前のことだよな。

 仕事につけさえすればなんでもいいとか考えていた俺なんかとは違って――

「そういう事じゃから正直難儀しておる……もはやわっちの力だけではどうにもならぬ」

「……かなめさんはどうしてあいつらの面倒を見てるんです?」

「わっちは座敷わらし見習いの就職相談所【我が家】の館長じゃからの。まぁ仕事もあるが、見捨てられんのはわっち自身の性分かや」

 苦笑いするかなめさん。

「お願いじゃ御幸、わっちに協力してくりゃれ。騙すような形で事を進めておいて虫のいい話なのはわかっておる、しかしお主の意思で働いてくれぬと意味がないんじゃ。無論わっちも全力で支えよう……駄目、かや?」

 儚げな瞳で俺を見つめてくる。

 なあ……ずるすぎるだろ。こんな顔されて断れる奴っているのか?

「そんな顔しなくてもやりますよ! それにここで断ったって俺は既卒の無職になるだけなんですよ! ちくしょー!」


 こうして俺は問題児三人の世話をする羽目になった訳だ。でも俺はすぐ、嫌というほど思い知る。

 さくら、つばき、のこの三人が絶望的に座敷わらしに向いてないって事をな!

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