第7話 三社さん!郷土料理っていいですよね!

そう言って俺に声をかけてきたのは、コンビニ店員の白浜さんだった。ふわりと髪をポニーテールにし、Tシャツにジーンズ姿だ。


「あ~!どうもどうもほんと奇遇ですね」

「ですね、今日はお仕事お休みですか?」

「ははっ、ちょっと用事ありまして」

「そうなんですね~。あ、私、白浜美咲しらはまみさきっていいます」


そう言い彼女、白浜さんは丁寧にお辞儀をする。


「ご丁寧にどうも。俺は、三社翔吾って言います」

「あ、じゃ三社さんってお呼びしても?」

「いいですよ、構いません。俺も白浜さんでいいですか?」

「はいどうぞ!」


コンビニ店員と名前教えあうって言うのも、意外と珍しいかもしれない。白浜さんはやっぱり笑顔が素敵な女性だ。


「白浜さんってあれですか?大学生だったりします?」

「そうですよ?良く分かりましたね今年で22歳です」

「22?若いな~。羨ましいですね」

「いえいえ、そんな事は。三社さんは御幾つですか?」

「今31です。今年で32になっちゃいますよ。年は取りたくないですね」


こうやって若い女性に歳聞かれると、こう心にグサリと刺さるものがある。最近の若者はパワフルだと思う。スポーツで音楽でもなんでもだ。才能に溢れた人がやたら多い気がする。


「そうなんですか?全然若く見えますよ!5歳くらい上かなって思ってましたし」

「そうですかね?もう最近じゃ腰が痛くって、やばいですよ」

「はははっ、お大事にしてくださいね?」

「ありがとうご—」


「あの!!」


あ…。すっかり忘れていた。会話に割って入ってきたのは優良だ。ぷっくりと頬を膨らませ。ご機嫌斜めのご様子だ。


「ちょっと三社さん、お話があります」

「えーっと、今じゃなきゃダメか?」

「だ・め・で・す!」


もうわかってる。優良はこうなるともう手が付けられん。ささっと買い物済ませるしかない様だ。


「あの~。三社さん。この方は?」


恐る恐る俺にそう聞く白浜さん、目が完全に泳いでいる。


「あぁ、すいません。こいつは—」

「私、東雲優良って言います。三社さんの彼女です!!」


この子何言っちゃってんの?強引に入ってきてデタラメ言うんじゃない。


「あはは!この子虚言癖がありましてね~」

「そ、そうなんですか?…腕組んでますけど?」


ジト目で俺を怪しむ白浜さん。優良を振りほどこうとしても、なかなか離してくれない。


「あ~いやいやこれは——」

「ていうか、貴女なんですか?気安く三社さんに話しかけないでくれません?」


…なんでいちいち俺の言葉を遮るんだよ。


「い、いえそういうつもりじゃ…」

「じゃあ辞めてもらっていいですか?」

「…それはどういう意味でしょう?」

「そのままの意味ですよ?分かりませんか?」

「っ!それは私の自由だと思いますけど?それにほら、貴方の三社さん?困ってますよ?」


白浜さんの言葉を聞き俺に「そうなんですか!?」と怒りながら問いかけてくる優良。はははと苦笑する事しかできない。というよりなんでこんな事になってんだ…。


「ほら!三社さん喜んでますよ!適当な事言わないでください!」

「それは東雲さん?でしたよね、貴方の勘違いだとおもいますけど?」


「あの~」


「「三社さんは黙っててください!」」


何このテンプレパターン…。しかしこのままではまずい。

二人が騒いだことにより、周りに人が集まってきてしまってる。


「おい優良、行くぞ。白浜さんすいません、また後で」


そう別れを告げ優良を引っ張て行く。これは後でお説教だな―—。



フロントガラスを打つ雨が一段と強くなってきた。ワイパーの速度を上げるのは好きじゃない。雨による視界の揺らぎより、何回も往復するワイパーの方が気になってしまうのだ。たまに滅茶苦茶速い人もいるが、鬱陶しくないのだろうか、と思う。


「…優良さ、家では騒いでもいいが外ではやめてくれないか?」

「そのくらい解ってますよ……」


…まぁそりゃそうだ。子供と言っても幼稚園児じゃないしな。しかもあれは何故か、白浜さんもヒートアップしてしまっていた。事実優良の態度も良くなかったし、怒るのは分からんでもないが。


「まぁ今後気負付けてくれ。君はアイドルをやるんだろ?嫌われてどうする」

「白浜さんでしたよね?あの人なら別にいいです」

「お前なぁ…」


アイドルは最低限度、八方美人であるべきだ。嫌われるアイドルなんて誰も欲しくないだろう?そんなマニアックなファンなんてそう居るもんじゃない。夢を与え、夢を叶える、それがアイドルだ。これはしっかりと分かってもらわないと駄目みたいだな。

ていうか、こんな事教えるのなんて最初の内だぞ。優良はもうアイドルとして6年間活動している。今更すぎるって思うが、彼女が東京に居た頃はちゃんと弁えて行動していた。それはきっと優良が見せてくれていた、幻想だったのだろう。皆そうだ、だって俺達がそうさせていた訳なのだから——。



家具店によって、優良のベッドと布団。机、本棚にクローゼット、カーペットなどを購入した。そろそろ財布がヤバイぞ。クレカ払いだし大丈夫だが、かなり出費がかさんでしまった。経費なんて使えない上に、収入源は俺の仕事分だけ。個人って言うのはこういう所がきつい。まぁ経費でとか言って、生活用品だけどな。

しかし会社の上層部だってそうだろ?自社用車なんて名目で社費で落としたくせに、結局社長のおもちゃだったりする。そしてその社長のご令嬢は容赦なく、自分の化粧品だったり、完全なる私物をこっそり買ってるもんだ。

社員が汗水たらして働いてる隙に、自分は遊んでいる。一代目とかならそんな事はしない場合は多い。でも二代目で食いつぶし、三代目で倒産する。最悪なのは婿養子だ。あれは会社の事なんて考えてない。


…まぁ社会的な闇はアイドル業界にだっていえる事ではある。寧ろ普通の会社より酷い。今はアイドルと言うのもなかなか幅が広いもんだ。多種多様かつ、膨大な量の事務所やアイドルが乱立している。地下アイドルやメジャーアイドル。上にも下にもその闇は張り巡らされている。

ブラックとしか言えない過酷なスケジュール、ネットなどの誹謗中傷、人気になりたいと言う気持ちと現実のギャップ。そういうもので病んでしまう子だって、数えきれない程いる。そのケアをしサポートする我々の様な立場の人間も、一筋縄ではやっていけない。

アイドルだって人の子だ。グループ内でもいざこざはある。実際下積み経験の最中にも、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった子も居る。メンバーの足を引っ張ってしまう事もある。女性社会の中で行われるスケープゴートは、なかなかにえげつない。


そう思えば、俺の事務所内ではそういうことは無かった。完璧に統率が取れていたとは全く思わないが、やはりそこはきっと、優良の力が大きかったのかもしれないな――。



さて、今の時刻は午後18時。俺は今晩飯の用意をしている。昨日はコンビニ弁当で済ませてしまったから、今日はちゃんとしたのを作ろうと思う。

今作ってるのは【】だ、これは青森の八戸はちのへに伝わる郷土料理で、【南部煎餅なんぶせんべい】の中でも【かやき煎餅】と言う専用の煎餅を、醤油ベースの煮汁に割り入れたものだ。家庭や地域によって細かい違いはあれど、基本的に鶏肉・ごぼう・キノコ・ネギなどの具材を入れる。要はすいとん煎餅バージョンの様なもので、これだけあればご飯何杯でも行ける。歯ごたえのあるせんべいと、鶏肉の旨味、野菜の旨味、そして醤油の味が最高だ。

幼い時からよく食べていて、東京に居た頃も、実家から煎餅を送ってもらって作ったもんだ。あとはホウレンソウとベーコンを、バターで焼いたものと漬物。これで十分だろ。


その一方で優良は、自分の部屋のレイアウトに頭を悩ませている様だ。生配信をする事を考慮してだ、これは俺の家が新築で本当に良かった所だ。清潔感は何よりも大事、優良みたいな可憐なアイドルの部屋が汚いなんて最悪なんてもんじゃない。清純系が売りなのだ、そういう生活力の無い女と言う需要は、彼女には当てはまらない―。


「これ美味しいですね!というか三社さん普通に、料理とかやれちゃうんですね」


俺が作ったせんべい汁を啜る優良。これの美味しさを分かってもらえたようで何よりだ。


「当たり前だろ?伊達に高校出てから今まで、一人暮らししてるわけじゃない」

「あはは、そりゃそうですよね。それにこのご飯、朝も思いましたけど、すっごい美味しいですね」


そうご飯茶碗を持ち上げ言う。そこに気付くとはなかなかやるじゃないか。


「その米は【まっしぐら】って言う青森米でな、実家の田んぼで植えて収穫したものだ」

「えっ!そうなんですか!?すごいですね」

「いやここら辺じゃ珍しくないぞ。しかもこれ一年分あるから米なんてそもそも買わないんだ」


家の階段下にある物置には、30㎏入りの米袋が10袋分ある。ぶっちゃけ一人じゃ食べれない。


「じゃ食べ放題ですか?」

「あぁそうだな。その都度精米しなきゃならないけどな。それにこれはスーパーで売ってるのと違って、機械乾燥かけずにやぐらで天日干ししたものだ、だから美味いんだ」


櫓を組まない農家の人も勿論いる。だから秋の収穫時期になると、ガードレールにずらりと干されてたりする。


「へぇ…。驚きました。詳しいんですね」

「実際俺もガキの頃手伝ってたしな。今年も田植え機使って植えたんだ」

「私もやってみたいです!」

「ええ?本当?普通は面倒臭がるもんだけど」

「楽しそうじゃないですか!」


同い年くらいの親戚は大概めんどくさがって、何かと理由付けて手伝わなかったんだがな。


「まぁ、優良がそういうなら。でも何かやるって言っても秋まではもうやることあんまないぞ」

「じゃその時になったら是非お手伝いさせてください」

「ははっ、じゃそうしようか」

「はい!」


まぁ正直この子が秋まで本当に居るのかは分からないんだけど。それはこの際良いだろう。もしかしたら、この子を使って農業と言う物とついでにこの青森米も、宣伝できるかもしれないな。でもそういうのはまだまだ先だ。


まず先にこの子がアイドルとして、活動できる場を設けなければならない。この地域も結構コンサートが開かれてる。確か七夕でイベントがあったはずだ、それに参加させるのがいいだろう。俺ももう遊んでばっかいられない、気を引き締めていこう。

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三社さん!私、東雲優良は貴方の【専属アイドル】になる事を、ここに宣言します! 中野中 @nakanonaka-0621

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