第6話 続きしませんか?三社さん!
[お世話になりました。ではこれで」
淡々と薄情にさらりと俺に頭を下げ、目を合わせる事もせずに踵を返す。
「お、おい!本当にいくのか…?」
俺の呼び掛けを気にも留めず、扉に手をかける。
「君が居なくてこのユニットはどうなるんだ?考え直してもいいんじゃないか?」
扉を開けつつ横顔だけこちらに向け、無表情で言う。
「それ、考えるのはあんたの仕事でしょ?」
そう言い彼女、風間律は去って行った。
最悪だ…。彼女はたった3年でこの事務所に見切りを付けたというのか?これでは五人組ユニットの根底が崩れてしまう。ダンスパフォーマンスの評価だって、彼女がもたらしたものだ。どうする…。何とかしなければ。しかし、しかしだ…。彼女にとってこの事務所もユニットのメンバー達も、そんな簡単に捨ててしまえる物だったのか…?
現在この事務所に居るメンバーは—。
「三社さん」
「ゆ、優良…!」
そうだ、ここには優良が居る。大丈夫だ、今からでも間に合う。もう一度メンバーを増やしやり直せる。まだ終わりじゃないんだ。
「貴方じゃ無理ですよ。いい加減諦めたらどうですか?」
なんで―――。
溶けるように目が覚める。少しだけ呼吸が乱れ全身が硬直し、汗により服が張り付く感触が気持ち悪い。
どうやら夢を見ていたようだ。全く夢の無い夢だ。
暗いリビングの中動かし辛い首を回し、焦点の合わない視界で辺りを見回す。
「ぁ…」
白くボヤっとしたものが俺の横に座っていた。あまりの驚きに声が出ず、また体が固まった。
「起きちゃいましたか…」
「優良か?驚かせないでくれ…死ぬかと思ったぞ」
そう言った途端、
「何やってんですか」
「撮ってます」
「眩しいんですけど」
「撮ってます」
何か文句ありますか?と言わんばかりに連写し続ける優良。
「あ、ファルダが一杯になっちゃいました…」
そう言い優良はしょんぼりした顔で、しぶしぶと画像を消してる。
やっぱり夢は夢だ。この有り様の優良が、あんな事いう訳ないよな…。事実言われた記憶も無い。優良が引き起こした出来事があまりにも衝撃的過ぎて、変なものを見てしまったようだ。
そんな事より、何でここに優良が居るんだ。夕食を取った後、風呂に入ってすぐ寝た訳だが、優良には俺のベッドを貸してあげたはずだ。一緒に寝ればいいなんて言ってきたが、流石に無理があるってもんだ。この家には、残念ながら俺以外の布団は無い。だから俺はこうしてソファーで寝ている。早めにベッド買ってやんないとな。
「何やってんだお前…。ふぁ…。今何時だ…」
欠伸交じりにそう聞く。優良は未だにスマホを弄り、どの画像が良いか吟味している様だ。
「えっと、今は2時です」
目が潰れそうになる様な光を放つスマホを俺に向ける。眩しいから見せなくていいわ…。
「はぁ…?早く寝ろよ、いつまで起きてんだ」
俺が横になったのは確か22時位だ。まぁ、若い優良からしたらまだまだ起きられるのだろうが、夜更かしは美容の敵だ。
「…私、抱き枕が無いと寝れないんです」
「後で買ってやるから寝てくれ」
ぶぅっと言い膨れる優良の顔。寝返りをうちもう話すことは無いと、背中で語って優良を諦めさせる。
流石にこの狭いソファーで二人寝るのは不可能だ。よくよく考えれば、このままソファーで寝れば優良の侵入を防げるのでは?いや、俺の腰が先に逝ってしまいそうだ。
「寝ちゃうんですか?」
背中越しにしゅーんと言う優良。何となく可哀想になってくるが、俺は眠いんだ。おじさんを寝かせてくれ。
「…ここに居たいなら好きにしてくれ。そのくらいならいいや」
駄々をこねられても仕方ないと諦めそう言う。「やった!」と小さな声で喜ぶ優良は、立ち上がり二階に向かった。俺の部屋から布団を取りに行った様だ——。
ビービーと鳴る目覚ましの音で目が覚める。若干の苛立ちを覚えるその音を消そうと、スマホを探し手を動かす。
「み、三社さん…!そこ駄目です…!いや、寧ろもっと触ってください!」
ん…?この声優良か…?そしてこの触感。心地が良い。最高に柔らかく包み込まれる。手が吸い付き無意識に動かしてしまう。
「…何朝っぱらから発情してんだ」
隣で横になる優良は白肌を赤らめ、蕩けた表情を浮かべている。漏れる熱い吐息に短い嬌声は、神秘的な何かを俺に与える。
「三社さんのせいです、よ?」
俺のせい?あ…。
「す、すまん!あぁ、いや!これは俺の手が勝手にだな!」
まさかの事態に一気に眠気が飛ぶ。落ち着け…そう、これは事故だ。別に優良の胸を揉んでいた訳じゃなく、たまたま触れてしまっただけだ。というより俺はただスマホを探していただけで他意はないのだ。
それにいつの間にかアラームの音は無くなっている。優良が止めたのだろうか。寝ぼけていたせいで、無理性に感触を楽しんでしまった。
「はぁ…。ていうか何で隣にいるんだ。わざわざソファーまで動かしたのか」
ソファー同士の間に設置されていたテーブルが移動しており、変わりに向かい側のソファーを俺がベッド代わりにしているソファーに、ぴったりとくっ付けられている。
物足りなさそうな顔をし目を逸らす優良だが、距離を詰めては体を寄せてくる。上目遣いで俺を見つめる優良は、すっかりその気になってしまった様で、俺の手を掴み自身へ引っ張ろうとする。
「三社さん?続き、したくないですか…?」
そう言いつつ、掴んだ俺の手を自身の豊穣の証へと押し当てる。なんとも早朝バイタリティに富んでいるようで、優良が見せつける
「お、おい!流石にまずいぞ!」
これ以上は危ないと腕を振りほどき、立ち上がりソファーから飛び降りる。掌にはまだ暖かく柔らかい、あの肉感がこびりついている。
だるそうに起き上がる優良。俺が貸したTシャツがはだけ、小さな肩が露出している。ぺたん座りで手を口に当て、欠伸をし大きく伸びをする姿は儚くも可愛らしい程で、カーテンの隙間から刺す日差しに当てられた彼女は、まるで妖精が起きたのかと思わせるほど、非日常的な光景に感じる。
そんな優良は、欠伸の刺激により出た涙を拭きつつ言う。
「三社さんは、意気地なしなんですね」
不貞腐れたような声色で俺を責める優良。
「意気地なしでも構わん。しかしだな、こういうのはこれっきりにしてくれ」
少し強めにそう伝えるが、優良には反省した様子はなく「私、悪くないです」と小さく言う。
「まぁいい、俺のスマホ持ってるなら貸してくれ」
「あ、はいどうぞ」
優良からスマホを受け取り時刻を確認する。現在の時刻は朝6時。もう少し経ったら朝食の準備をしよう―。
「「いただきます」」
食事用のテーブルに向き合い座る。朝からハードモードなイベントのせいで既に疲れた。普通のカップルや夫婦ならいいだろうが、今俺の目の前に居るのは居候の女子高生だ。軽率な行動は社会的な死に繋がる。
「三社さん、今日はお仕事行くんですか?」
「ん?もちろん行くけど」
「休んだりはぁ、しないですよね…?」
何か言いたそうに眼を逸らす優良。確かにこの子を家に置いていくのは不安はあるが、休む理由にはならない。
「流石にな。仕事はしないと、養わなきゃいけない奴も増えたしな」
「なんか家族になったみたいですね♪」
「…今のままじゃただの居候だぞ」
「うっ…そう言われるとちょっと」
はぁ…。何故かため息ばっかり増えていく。優良が居る事に嫌悪感は無いが、ただ漠然とした不安が俺をナイーブにする。優良がことの重大さを考えていないのも一因だが、これから先の道筋が俺の想定をどのように超えてくるのか、それが計り知れないからだ。
未来の事なんて分からないのは当然なのだが、ある程度、これをしたらこうなる、そう言うのは予想できるもんだ。しかし焦っても仕方がない、諦めないと優良とも約束した。
こうして優良が楽しそうにしている内はきっと大丈夫だ。彼女が折れない限り、何も問題はないだろう―。
「あ、そうでした。荷物取りに行かないと」
「あ~。そういえばそうだったな」
…なんでこいつこんな期待込めた目をしてんだ。
「分かった分かった。今日だけは仕事お休み貰うよ」
「そう言ってくれると思いました!ありがとうございます!」
そう言い優良は、ふんふんと鼻歌交じりで嬉しそうに米を頬張る。もしかしたらこの子は、俺の扱いが上手いのかもしれない――。
今日は生憎の雨だ。土の香りが立ち込め雨音が妙に響く。俺は雨が嫌いじゃないが、濡れるのは好きじゃない。ただ家の窓から覗く降雨の情景が好きなだけだ。
どうでもいい事だが、青森に帰って就職して初めて会社をサボった。なんとも言えない背徳感があるものだ。今頃皆はせかせか職務に励んでいるのだろう。ふっ、何故か無意識に口角が上がってくる。思いのほか俺は悪人だな。そういえばプロデューサーをやっていた頃も俺は、仕事をサボった事は無い。そう考えると割と頑張っていたのかもしれないな。
ただ毎日を猛進し続けた青春とも言える12年間。そこから得たものは非常に大きいが、残ったもは何もなかった。いや…、何もなかった訳ではない、優良と言う存在が俺の中にははっきり残っていて、今もこうしてすぐ横に居る。失うばかりではなかった。俺はどれだけこの子に救われてるんだろうな。口では拒絶してても、俺は嬉しいんだ。
優良の荷物をホテルの取りに行ったわけだが、身軽だと言っていた通りにキャリーケースに入り切る分しかない。真面目な話、旅行気分だったんじゃないかと思うくらいだ。実際現地で調達できるものもあるし、俺の考え過ぎなのかもしれないが―。
時刻は11時過ぎ、現在俺は優良の案で洋服店に来ている。折角休みをとってもこの雨だ。観光も碌にできないし、どのみち優良の為に色々揃えないといけない。何気に服屋なんて久しぶりだ。
新品の服の香りが充満する店内。横で楽しそうに物色する優良は、笑みが浮かび楽しそうだ。
俺は別にお洒落ではなくセンスもあるわけじゃないから、何がいいかはよくわからない。東京に居た時には周りの人の私服を参考にし、着る物を買っていた。意外と、これって本当に都会の街を歩いてもいいのか?と思う程ラフな格好をしている場合も多いもので、なかなか苦戦した記憶がある。
「三社さん、これ似合いますか?」
そう言い優良が見せてきたのは黒のスキニーパンツ。昨日着ていたスカートもそうだが、この子は黒が好きなのかもしれない。
「うん。似合ってるが、意外と普通の選ぶんだな」
「そこまで飾り付ける事はしないですよ?それにこれから夏ですし」
「あ~。そういやそうだな」
優良は長考はしないタイプな様で、即決でこれこれと選んでいく。
「試着しなくていいのか?」
「大丈夫ですよ、そこらへんは把握しているので」
ふむ、流石アイドルだ。自分と言うのを理解しているようだ。まぁこれは俺が彼女に初めて会った時に言ったんだが。今思えば俺が一番言っちゃいけないセリフだな…。
6年前オーディションに来た時の優良は、こんなに明るい子ではなかった。自分と言う存在に価値を見出せず、何をやっても才能を発揮できない。周りから見放されたと言う彼女は、自身が嫌いだと言っていた。でも今は違う、優良は—。
「あ!どうも、偶然ですねこんな所で会うなんて」
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