第4話 三社さん!私と専属アイドルをやります!
そっと彼女から手を放す。物欲しそうにその手を目で追い、何か言いたそうに口を微かに動かしている。魚みたいだなと、思わず笑ってしまいそうになる。必死に言葉を紡ごうとする優良。大丈夫だ。俺はどこにも行く訳が無いだろう、ここは俺の家だぞ。
俺の顔を凝視し、笑っているのを確認したのか、鼻を啜り、目を擦り、パっと満面の笑みを返す。うんやっぱり笑っている方が100倍可愛い。泣かれればただ辛いだけだ。
「私決めました!」
そう言い勢いよく立ちがり、ビシッと俺を指さす。見下ろすその顔の口角は、クッと上がって全ての不安をかき消し、覚悟を匂わせ大きく息を吸い言う。
「三社さん!私、東雲優良は貴方の専属アイドルになる事を、ここに宣言します!」
え?専属アイドルってなに?
「えっと、どう言う意味だそれ?」
「それはですねぇ…」
優良はそう言い詰め寄る。キラキラした目には俺が映っている。
「専属アイドルとは、三社さんの三社さんによる三社さんの為のアイドルです!」
何だその三社主義な原則は…。
「まさか君は俺の為にアイドルやります、なんて言うんじゃないだろうな?」
俺に向けられる好意も
今まで何人もの夢見る少女を育て、見てきた。だから何となく分かるんだ。彼女たちの真意の野心も
勿論俺の
正面に持ち直す優良は何処か切なそうだ。垂れ下がった横髪を自然に耳に掛けつつ顔を上げ、少し上目遣いで俺に訴えるように話す。
「そのまさかですよ?三社さんが今まで私にしてくれたように、そうしたいんです。三社さんは凄い人だって、間違ってないって。」
まるで心を見透かしたようにクスっと笑う優良は続ける。
「私が大好きな三社さんは優しくて最高にカッコイイんだって、そう認めさせたいだけです。そうでしょ?三社さん」
その言葉に動揺を隠せない、優良は本当にどこまで俺を知っているのだろうか。
「優良、君はどうして—」
「そんなの決まっているじゃないですか」
俺の言葉を遮る優良は呆れたように言い、俺の耳元に顔を寄せ囁く。
「貴方の事を愛してるからです。心から。ね?」
怪しげに言葉を区切る度に、生暖かい吐息と
俺の胸に人差し指を押し付けくるくると弄り遊び、異常なまでの接近に優良の大きめの胸が腕に当たり、ぐにゅりと潰れている。
「お、おい優良…あんまりおじさんを虐めないでくれ…」
流石にこの状態はまずい…。でもなんででしょうか?悪い気分ではないのです。寧ろ最高です。って駄目だろ!何高校生に誘惑されてんだ!
「そんなつもりないですよ…?ふぅっ」
その刹那全身に悪寒が走る。
「ひょぉお!お前よぉ!」
耳に息を掛ける優良。情けなく声を上げ、耳を抑え倒れる俺を見下ろす彼女は、何かのスイッチが入ったように恍惚の表情で微笑む。一笑千金、例え食わんとする顔でもだ。
ていうか俺は優良を普通のアイドルに、とか言ってた癖に何やってんだ!何ちょっと楽しんでるんだ!落ち着けぇ…気を強くだ。
「待て優良!今の君は色々まずいぞ!」
「私、三社さんなら問題ないです!」
そう言い覆い被さろうとする優良の腕を掴んで止める。
「うおぉ!!なんでそんな力つえぇんだよ!」
あはぁん!やばいやばいやばい!これはやばい!
「愛の力ですよ!!」
「愛の力ってそういうのだっけ!?」
しかし俺も男だ、女子高生に負ける程弱くはない。力を強め逆に優良を押し返し再び起き直すが、それでも優良は止まらない。
「おいお前!いい加減にしろよ!?」
「三社さんが悪いんですよ!ちゃんと答えてくれないから!」
「はぁ!?答えてほしいならやめろよ!」
そう言った瞬間優良が力を抜く。突然過ぎた為、優良を押し倒すような態勢になってしまった。
ソファーに乱れる白髪、優良の目には薄っすらと涙が浮かぶ。
「全く。泣いたり笑ったり怒ったり忙しい奴だな…」
呆れたように言う俺に、笑みを返す優良。
今度は笑うのか…。見てて飽きないな。こんな色んな顔するんだな。
「誘惑もしてますよ?」
「ははっ、それはやめてほしいな」
「…やっぱり私、三社さんにとっては子供ですか?」
…優良も自分の立場にも悩んでるんだろう。都合のいい様に大人だ、子供だと言われる高校生。その中途半端な立ち位置は彼女を悩ませるものだろう。自分は大人だと思っていても、俺の様な人間からは軽くあしらわれてしまう。
どのように足掻いたとしても、歳の差は埋まる事は無い。焦ったとしても仕方ない、時間が絶対的に解決してくれる物だというのは、高校生の内では本当の意味で理解できないのだろう。優良にとっては今が全てであり、自己顕示欲・承認欲求に駆れ、その矛先は確定して俺でしかない。
「かもな。でもすぐに、嫌でも大人になる日が来る。それは確実だ。だから焦る必要なんか無い。優良が俺に向ける思いは大人になったら消えるのか?」
「それはないです!絶対ないです!」
訴えかける優良はの顔は、何処にも行かないで。そう言っているように見えた。
「だったら問題なんかないじゃないか。そういうもんなんだ。大人なんて子供の延長に過ぎない。今を生きることに固執する学生は見失いがちだが、もっと単純で分かりやすい。しかしシンプルな構造だからこそ、その深さ故に足を掬われる。大人の責務は転んだ子供を起こし、共に歩く事くらいだ。…俺は優良を見捨てたりはしない。もう二度とだ。分かってくれるか?」
そう語り、そっと優良から離れる。むくりと起き上がる優良も
「すっきりしたか?」
「まだもやもやしてるのは、ありますよ。だって三社さん、ずっとはぐらかそうとしてますもん」
軽く下を向き指を弄りながら、いじけたような声色でもごもごと話す優良。まぁ確かに俺はあまり触れたくない、と思ってはいるが。まずは、現状の問題を解決したいのだ。それからでも遅くないって思うが…。これがダメなんだろうな。仕方ないだろう?それが俺なんだ。優柔不断って言われても、文句は言えないが。不安要素があると、どうしても気になってしまう。まぁこれも言い訳だがな。
「もう少し大人に…じゃないな、まぁあと数年ってとこだろ。そもそも付き合うとか、そこまで重要じゃないと思うぞ」
「…そうなんですか?」
「あぁ、そうだ」
それを悩んでいくのも今の優良には大事だ。だから敢えて
ふむふむと顎に手を当て、考える優良。いつか俺にも子供が出来たら、そう言ってやれればいいんだがな。
「さて、優良。今後の考えを、しっかり聞いていきたいと思うが、だ」
「はい?なんでしょう?」
そろそろ我慢の限界だ。扉の上部に設置された時計を見る。時刻は既に19時になろうとしている。
「今日はこのくらいにして飯食わないか?…ほらコンビニで買った弁当もすっかり冷めちまった」
そう言いガサガサと袋から弁当を取り出す手を当てる。「わかりました」と言うが、納得してない様でしぶしぶとしている。まぁ今のうちに全て話し込まなくていいだろうしな。
「風呂も入りたいだろうが…、着替えなんて無いよな?」
「流石に今は無いですね…」
まぁ服は最悪俺の貸してもいいが、下着は持ち合わせてる訳はない。コンビニで確か売っていたはずだし、そこで買ってもいいか‥。
「…そもそも今どこに住んでるんだ?」
「普通のビジネスホテルですよ?荷物は殆ど東京の自宅なので結構身軽です!」
飛び出してきたんだな…。碌な準備もしない上に、ずっとホテルにいたのか。勿体なさすぎるな。にしてもこの子の家か…。正直関わりたくないな。
「じゃぁ、今日はホテルに送っていくよ。途中でコンビニ寄って飯でも買おう」
「いや今日は泊まります。と言うよりここに住んでいいですか?」
なんだって?
「はい?泊りは分かるが、住むってなんだ?そもそも学校どうするんだ?」
「そのままの意味ですよ?それに東京の学校はやめました」
やめ、やめた!?何食わぬ顔で何言っちゃてんの!?
「やめたってどういうことだ!?どうするんだ学校行かないで!この不良娘がぁ!」
「ちょっと三社さん!首がとれちゃいます!揺すらないでください!」
おっと…。取り乱してしまった。
「うぅ、頭ぐわんぐわんします…」
「当然だ馬鹿野郎、反省しやがれ。穀潰しは要らんぞ」
はぁ…。頭痛いのはこっちだ。少し前までいい子だと思ってたのに、たった2時間程度ですっかりストレス製造機になり下がったぞ。
「学校行かないなら東京に強制送還だ。引きずってでも連れてくぞ」
「三社さん見捨てないって、言ったじゃないですか!」
「だから怒ってんだろ。学校も行かずプラプラしてる奴になんも言わないで放任するのは、それこそそいつの事を考えてない証拠だ」
俺の言葉に何かを感じ取ったように目を丸くし、立ち上がった俺の足に
「学校は行きます!転入学の手続きならもう済んでます!来週から行きます!本当です!」
そう
「まぁ…。行くならいいや。今日は泊めてやろう。しかしこの家に住むかは別だ」
ソファーに座り直し諦めたように頭を抱えてる俺に、ニヤニヤしながらすり寄ってくる優良。
「またまた~!住んで欲しくないですか?便利ですよ?掃除洗濯料理もやりますよぉ?」
…むぅ。ぶっちゃけ欲しいかも。いやダメダメ!冷静になれ!ていうかそれを辞めろ。その、あらやだ奥さんモーションも
まぁとは言ってもだ。事実、合鍵を持ってる時点で押しかけ女房的な感じになるだろう。追い出す訳にも行かないし、土地勘のない場所で優良一人で暮らすのはあまり良いとは思えない。
まぁ実際無事にやっていた様だし、犯罪なんてここではほぼ起きない。しかしながら都会とは違い、田舎では車は必需品だ。親と暮らしているわけでも無い彼女は、移動が相当不便に違いない。
通学にしてもそうだ。俺が居れば送り迎えに行くことだって可能になる。優良曰く家事をやってくれると言うし。いや俺に生活力が無いわけじゃないから、無理はしなくていいんだが…。
「また考え事ですか?」
ソファー端の肘掛けに肘を置き頬杖をし、ボーっと考え事をしている俺の顔を優良が覗き手を振る。
「え?あぁ、そうだ。年を取ってくると、妙に考え事が増えるもんなんだ」
「なんかおじさんみたいですよ?」
「はぁ?馬鹿言うな!俺はまだ31だし?ピッチピチですぅ!」
「あっはは!いや~おじさんですよ?だってほら、私と14歳も違います!」
そのおじさんにガチすぎる告白したのどこのどいつだよ…。
「はぁ…。まぁそうだな。優良が良いなら、もういいよ好きにしてくれ」
「本当ですか!?」
思い切り体を寄せ横顔を煌々とした目で見てくる優良。マジで近い。この子にはパーソナルスペースが存在しないんですか?
「本当本当、だから離れてください」
あぁ…。これでこの家から静寂が消え去ってしまうのね…。その分明るくなるのは確か——。
「きたぁぁぁあ!!!!」
あぁぁ!うるせぇ!!!!騒音問題は近所以外にも
「おい優良!騒ぐんじゃない!!」
両手の拳を突き上げ、足をバタつかせソファーの上で暴れている。そんなに喜ぶことなのかと疑問だが、彼女にとってはそうなんだろうって!マジでやめてくれ!
「いいじゃないですか!私すっっごく嬉しいんです!ん〜やったぁ!」
なにこれぇ?初ライブの時よりテンション高いじゃん。この子用のエモーションメーター的なの誰か作ってくれ。
もう脱線ばっかりだ。優良はなかなか話を円滑に進めさせてくれない。就活爆死用語だが、今はまさに潤滑油の様な人間が求められるな。ある意味こういう事なんじゃないの?
取り合えずもう活力切れだ。晩飯を作る気も起きない。適当にコンビニ行って優良の弁当と着替えを買って行こう。風呂も沸かしておかないとな…。
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