第3話 三社さん!私、貴方に謝りたいんです
「あのぉ…。三社さん?」
おっと考え込んで—。
「おおう?!い、いつの間に?!」
Tシャツの胸元が膨らみ、ギリギリ下着が見えそうで見えない。鎖骨付近には小さなホクロが、ぽつんとしながらも驚異的な存在感を放っており。タイトスカートをピンっと張り付ける太ももの曲線美は、腰回りのスマートさと完璧な調和をなしている。
甘く爽やかな柑橘系の香りが、鼻腔を擦り上げる度に、妙に色っぽく感じてしまう。
「ちょっと近いぞ、離れなさい」
むぅ…っと不満そうに言う優良。心の平穏は今の我が家にはないのか、良くも悪くもドキッとさせられるばかりだ。その原因である彼女も、どこか落ち着かない様子でそわそわしている。やはりあれで、告白したつもりになっているのだろう。俺の返答を待っているのか、逐一こちらを見てくる。
はぁ…。煙草でも吸ってリラックスしてこよう。
「すまん、ちょっと一服してくるわ」
「駄目です。まだ話は終わってません」
えぇ…。ちょっとくらい良いじゃん。
「すまん、ちょっとお花摘み行ってくるわ」
「駄目です。まだ話は終わってません」
何これ?無限にループする感じ?
是が非でも行かせないと、腕に纏わり付きロックしている。
「頼む優良。これは死活問題なんだ」
「私との話が先です。そのあと自由にしてください」
「いや、結構まじな話でさ」
「駄目です」
ぷっくりと膨れっ面になり、子供の様に駄々をこねる。騒いだり甘えたりと、全く忙しいったらありゃしない。
「はぁ…。結局なんなんだ?また君のプロデューサーになればいいのか?それとも彼氏になれとでも言うのか?」
「両方です♪」
ははっ!これってまさにZI☆GO☆KU
だがしかしだ。その両方と言うのは簡単な事ではない。後者は完全に俺次第だが、前者は別だ。こちらにやる意思がない以上、どうすることもできない。そもそもあったとしても容易じゃない訳で、東雲優良と言う、天下の宝刀をもってしてもこの様だ。
アイドル業界は弱肉強食であり、生半可ではない。ぽっと出なんかは直ぐに埋もれてしまう。大手事務所と言うのは競争率も高いが、それだけアドバンテージがあるものだ。長い物には巻かれろ精神が無ければ、生き残りは難しい。下手に喧嘩を売ってボコボコにされた俺が言うんだ、間違いはない。
相変わらずべったりくっつき、幸せそうな彼女は何か考えがあるのか?無策でここに来た、とか言うんじゃないだろうな。だったとしたら無謀な話だ。
アニメの様な高スペック高校生なんて、居るわけないよな…。何となく彼女は元々のクオリティが高い分、出来そうに見えるが、ちゃんと普通の高校生なんだよな。
あぁ…。もう頭がパンクしそうだ、俺まだ飯も食ってないんだぞ。風呂も入りたいし、明日も仕事があるし、煙草すら吸えない極限状態だ。あ、ビール飲みたくなってきた…。
「そうだな…。君はずっと考えてたと言うが、何かあるなら聞かせてくれないか?」
「教えてあげません」
えぇ、つかえねぇ…。もうヤダ…。帰ってよ!
いっちょ前に笑顔だけは絶やさない、それは評価したい。ため息をつき
「…急に来てごめんなさい。今日は三社さんに会うつもりはなかったんです」
「え?会いに来たって言ってなかったか?」
「それはそうですけど…。私、ただ寂しかったんです。だから……」
「…ん?どうした?」
申し訳なさそうな表情で目を逸らし、指の間に虚空を摘まむ動作をする。
「こう、ちょこっとだけ?三社成分を補給できそうな品を、拝借して帰ろうかと思ってたんですけど、三社さん予定より早く帰ってきちゃって…」
余裕で犯罪なんですけどそれ。それに三社成分ってなんだよ…。というか、それを本人に言う辺り、この子ヤバい。多少の羞恥心は感じるけど、なに?メンタルお化けなの?
「ははっ、冗談はよしてくれ」
待てよ…。いや、違う。そうじゃない根本的な問題が解決してないぞ。
「なぁ、優良。今日はってどう言う事だ?俺の家を知ってるのもそうだし、君はいつからここにいるんだ?」
あ〜っと思い出したかの様な声を上げ、顎に人差し指を当てつつ、思い返しながら話す。
「えっと、2週間くらい前です」
「まじかよ?!そんな前から居たのか?!知らなかったわぁ!」
頭を抱え絶望する俺を、そんな驚く事ですか?とでも言いたそうな顔で見る優良。いや何もかもがおかしいわ!
「はぁ…それで?どうやってここを知ったんだ?」
「それはたまたまです。10日前くらいにスーパーで三社さんを見かけて、先回りでタクシーを拾って追いかけました!最高に興奮しました!」
可愛らしくガッツポーズし昂る優良。アイドルにストーキングされるとか聞いた事ないぞ…。
「なんだよそれ…。普通に話しかければ良かったんじゃないの?つーか電話しろよ。何でそんな面倒な事してんだ」
「あぁ…」
流し目で頬を掻く優良。まさかだとは思うが…。
「えっとぉ…。それな!」
ピッと指を立てニコッと微笑む。それな!じゃないわ!この子馬鹿なんじゃないの?こんな単純なことに、気が付かない人もいるんだな…。
「はぁ…君が阿呆の子って言うのは良く分かった」
「ちょ!それひどくないですか!?」
ぷんぷん怒りながら俺の腕に頭突きする優良。行動まで幼稚じゃないか。
「そんな事言ったってしょうがないじゃないか」
「それなんかの真似ですか?変な声です!」
え?知らないん?嘘だろ…。因みにこれは本人は言ってない。言いそうなセリフだ、というモノマネが有名で広まったものだと言う。
「そんなことより三社さん!私の気持ちにちゃんと答えてくださいよ!ねぇ〜ってばぁ!」
くっ…。そりゃ忘れる訳ないよな。なぜ今日の優良は、こんなにオープンなんだ。今まで持っていたイメージと違いすぎるぞ。そして服を引っ張らないでくれ。
「…さっ。風呂入ろっかな」
「駄目ですって!」
立ち上がろうとするも、押さえつけられ動けない。まるで猫が膝の上で寛いでいるかの様な感じで身動きが取れない。
「そろそろ散歩の時間だな」
「なんであの手この手使うんですか!普通に答えてください!」
グイグイと左右に揺すってくる彼女の頭部に「やかましい」と言い軽く手刀を当てた後、引き剥がす。痛いと喚き、纏わりついてくるのを防衛する。俺の
「ちょ!優良!くすぐるのはダメだって!」
「ここが弱いんですね!?」
俺の弱点を的確に突く優良の猛攻は止まらい。こちょこちょと
肩で息をし、手で顔を扇ぐ優良。額には薄っすらと汗が滲んでいる。張り付いた前髪を気にし、整えつつ耳に掛ける。ほんのり色づく彼女の
「はは、なんだろうな。少し雰囲気が変わったんじゃないか?」
俺の言葉にあははと力なく笑う。少し呆れた顔で、ぽつりと呟く。
「それは…。三社さんが、本当の私を知らないだけですよ」
その呟きに言葉を失う。確かにそうだ。喜怒哀楽の激しさも、子供らしい一面も、無鉄砲な行動も、今まで見ることは無かった。真面目で清楚だと決め付けていた。この関係は仕事だけだと切り捨て、本当の意味で彼女を見ていなかったのだろう。自分の都合を、押し付けていたのかもしれない。それが彼女にとって一番になると、信じ疑うことは無かった。やれるだけの事はやったと言い聞かせ、ただ現実を妬み、逃避した。俺を裏切ったと、一方的にアイドルを恨んだ。
今思えば、俺の傲慢さが破滅を呼んだのかもしれないな…。
「…優良。俺は間違っていたと思うか?」
何かを悟ったように、穏やかに微笑む優良。清らかな美面には一切の淀みも無く、ただひたすらに、俺の深層を浄化してゆく。
「三社さんはただ、必死だっただけなんじゃないでしょうか」
そうだ、俺は必死だった。死に物狂いで日々を駆け抜けた。屈辱を味わい、何度もコケにされた。それでも俺は諦めたく無かった。三社プロに所属するアイドルは全員、カッコよくて最高に可愛いんだって、認めさせたかった。
「私はずっと見ていたから分かります。色んな人に頭を下げて、メンバー皆の事だけを考えて、耐え続けていた事も」
そうだ…。やっとの思いで集めた、ブラファイのメンバー。彼女達全員の夢を俺は叶えてやろうと、仕事を貰おうと、頭を下げた。時には土下座までした。それが俺の仕事であり責務だからだ。
「だから…。三社さんが悪いんじゃないんです。そんな貴方の思いに、応える事が出来なかった…。私が、私が無力だったんです…。ごめんなさい三社さん、ごめんなさい…」
やめてくれよ…。君が謝る事なんてないじゃないか。
声を震わせ、大粒の涙を流す。俺に謝罪する彼女の姿は見るに堪えない。でも、そういう事だったのか。彼女は自分を責め続けていたのだ。周りから期待され、エースとして先頭に立ち、引っ張って来た。事務所唯一のユニットを任され、不安と責任をその小さな体一つで受け止めてきた。しかし気付いた時にはもう、彼女の背中を追う者は居なかったのだ。きっと絶望しただろう、辛かっただろう。俺に釈明の言葉なんて、言えなかったのだろう。その気持ちがきっと、彼女の心を蝕んだのだ。
何処にも所属することもせず、大好きなアイドルの道がなくなったとしても、その罪の意識を消し去りたい一心で、もう一度アイドルにしてくれ、なんて言ったのかもしれない。彼女の
「…頼む優良、泣かないでくれ。君が泣いてると、俺も辛いんだ」
両の手で泣く彼女の頬を覆う。きめ細やかな柔肌から、熱が伝わる。決壊した涙のダムは、塞がる事はなく、
「…怒らないんですか?」
「何を怒ればいいんだ?」
俺の中からは優良に対する、疑念は消え失せている。怒りなんてもってのほかだ。彼女を怒る事なんて出来ない。結局彼女を苦しめていたのは、俺以外の何者でも無かったんだ。自分のことで精一杯で、フォローする事もしなかった。
「三社さん。私、貴方の事が大好きです」
しっかり目を見据え、素直な感情を伝える優良。狂気は一切ない。
「それは、俺への罪の意識からくる物なのか?」
俺の言葉に驚いた様に目を見張る。やはりそうだったのだろう。彼女の愛の正体は、俺に謝りたい。そんな気持ちが歪んだ結果、生じた物なのだ。
「そう…、かもしれないです。でも私、この気持ちは本物だって思います」
きっとこれも本当なのだろう。その気持ちに応えるのは、俺がやるべき事なのだろうか。今の彼女は俺しか見えてない。その上で他の選択肢を与える事は、悪手になり得るのだろうか。その行動がまた、心を歪めてしまう結果になるかもしれない。全てを決めてしまうのは、時期尚早だろう。だから、これからお互いゆっくり歩いていっても、良いのではないだろうか。そこから見えてくる物もある。多分それが本物ってヤツなのかもしれない。
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