1-10.ゾンビになってました
翌日は普段通りの時間に出勤すると、須崎が先に来ていてパソコンに向かっていた。
すみれも須崎も無駄口をきくタイプではないので挨拶を交わしてしまえば朝礼まで口を開くこともない。
いつものように時間ギリギリに藤井さんが出勤してきて業務が始まる。
いつものように、を意識しながら、すみれは戸倉のことが気になった。
昨夜は酒を飲まずに帰宅して眠っただろうか。プレゼンは今日らしいが午後なのか午前なのか。
そわそわしているすみれを須崎が呼んだ。
「これ、直接購買課に届けて」
書類封筒をすみれに預ける。
ただの書類を持たされるのは珍しい。メールではダメなのだろうか。しかも、ゆっくりでいいから、などと言う。
すみれは首を傾げながら社屋ビルに向かった。
資材部購買課は三階だ。エレベーターで上がって中を覗き、手前のデスクに顔見知りの先輩社員がいたのにほっとして声をかける。
「わざわざ来てくれたんだね、ありがとう」
いいえぇと手を振りながらすぐに居室を後にした。
エレベーターホールまで戻って案内表示を見上げる。企画部は四階だ。
こちらから足を向けてまで確認する義理も勇気もない。そこまではしないが、ようすは気になる。プレゼン、今やってたりするのかな。
すみれはホールの奥まで進み、階段を見上げる。
薄暗い踊り場の壁際に、人の足が見えてぎょっとした。壁の方を向いて誰かが立っている。あの長い脚は。
すみれはおそるおそる階段を上がる。
「あのぅ」
日光を避けるゾンビみたいに壁に頭をあてて俯いていた戸倉が振り返った。
死相が出ていた。
「えと、プレゼンは」
「十時半から。もうだめだ、俺は死ぬ」
「いえいえ。死にません」
「心臓を吐き出して死ぬ」
「わ。それ、できたらすごいですねー」
「…………」
戸倉はすううっと体を屈め、体育座りで泣き出してしまった。
「も、もしかして。眠れてないんですか?」
「聞くまでもないだろうっ。いつものことなんだ。なのに君が酒を取りあげて帰って寝ろだなんて言うから」
ええええ。わたしのせい?
ううーと声もなく唸りながらすみれは上を向いたり横を見たりする。
どっちみち、後味が悪いのなら。
「来てください」
ぐいっと戸倉のジャケットの腕を引っ張って、すみれは階段を下りる。
三階に戻って廊下に人気がないのを確認し、資材倉庫へと飛び込んだ。
棚と棚の間に放置してあった空の段ボール箱をつぶして床に広げる。
「えーと、今から三十分くらい平気ですか?」
自分の腕時計を見ながら確認する。戸倉は状況がわかっていないようでぽかんとしている。
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