1-9.肩をかしてあげました

「ですよねぇ。で、今思ったんですけど」

「はい」

「余裕がないのがイケないんですヨ。戸倉さんはプレゼンをうまくできない自分がもはやコンプレックスなんです。だから必要以上に悩んじゃって、自分のことしか考えられなくて、余裕がなくて、他人に向かって失礼な発言をするのです」

「はい。すみませんでした」


「……わたしは、自分が太ってること自体は実はそれほど気にしてないです。食べるのが好きで太りやすい体質で、食べたいのだから太るのはしょうがないって。お姉ちゃんはよく、これがすみれのベストなんだよって言ってくれるし」

「俺も君の二の腕は素敵だとおも……」


「でも、太っていても運動神経のいいひとっているじゃないですか、わたしはそういう動けるデブじゃなくて、逆上がりも二重跳びもできなくて、体育の授業が嫌いで嫌いで嫌いで、体育がある日の朝はお腹が痛くなりました。だから戸倉さんと同じです」

「いや、俺はプレゼンが嫌いなわけじゃなくて、あがり症さえどうにかできれば……」


「わたしの肩で泣いてもいいんだぜ」

「いいの!? え、肩? いや、泣かないし!」

「わたしも嫌ですけど肩くらいなら」

「肩……」

 並んで座っていた戸倉はすすっと距離を取ってから、上半身を傾けてきた。こてんと、彼の頭がすみれのなで肩に当たる。


 コートの上からだし、電車で隣に座った見知らぬ人が居眠りして全身でもたれかかってくる状況に比べればなんてことのない接触だった。

 なのに、閉じた目のまつげがすごく長いなあ、エクステみたい、とぼんやり思ったとたんに、ただならぬ距離の近さを意識して、緊張とのぼせとで心臓がばくばくしてきた。


「お、おしまい。時間切れですっ」

 びくっと頭を起こした戸倉が驚いてすみれを見つめる。

 すみれはわたわた立ち上がってぺこっと頭を下げた。

「帰ります。戸倉さんもおうちに帰ってちゃんと寝てください! お疲れさまでした」

 ぴゅうっと後ろを振り返らずに小走りに駅へと向かう。


 走ったせいで心拍数がもっとあがってしまった。

 落ち着かねば、とホームのベンチに座って息を整える。水を買おうと財布を鞄から出そうとして、酒類がはいったレジ袋を手に持ったままだったことに気が付いた。


 ああ、酔った勢いでいろいろやらかしてしまった。

 すみれは自己嫌悪で涙ぐみながら、とりあえず水を買うために立ち上がった。

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