1-8.呑んじゃいました

「だ、駄目ですぅっ」

 すみれは手をあげながら戸倉に駆け寄り、今まさに彼があおろうとしていた缶ビールを取り上げた。


「三隅さん?」

「駄目ですよ。須崎課長が言ってたじゃないですか! 呑むのはせめておうちでって」

 しどろもどろに言いながら視線もさまよい、ビニール袋の中にまだいくつも酒があるのが視界に入る。

「駄目です、没収!」


「や、でもそれ。開けちゃったし、もったいないし」

 すみれの手の中のプルトップが上がった缶を指差して戸倉が反論する。

「うう。そ、それじゃあ、わたしが飲みます!」

 くぴぴぴっと、すみれはその場でビールをあおった。一気に飲み干せたのは半分ほどで、はあーっと、缶を下ろして一息つくのと同時に、酔いも一気に回ってきた。


 くたっと、崩れるように戸倉の隣に腰を下ろす。

「ええ。もう酔ったの? 酒弱い?」

「そ、そんなことはないです……。こ、これはわたしが責任をもって……」

 目をつぶりながら、ぐびっと残り半分を喉に流し込んで処分した。

「えええ、そんな。人の酒を無理やり」


「だ、だって、駄目ですよ、戸倉さんは飲んじゃったら。明日が本番なんですよね? 今朝みたいなことになったら取り返しがつかなくなりますよ」

「取り返しがつかない、ね。それもいいかも」

 げっそりと目の下に深い陰を落として戸倉はつぶやいた。

「もうさ、全部放り出してしまえば、こんなプレッシャーともオサラバできるし」

 かあぁっと顔が熱くなってからだがふわふわする。


「なんで……」

 もたついて上手く口が回らない、自分ではそう感じるのに、意外とすみれの口はするする言葉を紡いでいた。

「そんなこと言うんですか。戸倉さんて、すごく、社内で期待されてるんですよね。須崎課長だって言ってました。若いからって発想だけじゃなくて、分析力とか企画力とか、地力がある人は違うって」


「ええ? あの須崎さんが? 本当に?」

「本当に! この耳でちゃんと聞きました。須崎課長らしくなくてわたしもびっくりしたんですから、だから、ちゃんと聞いてました」

「誉めてもらったところで俺はプレゼンもマトモにできない問題児だし」

「そぉですよ、なんですか、プレゼンくらい」


「三隅さん、酔ってるよね」

「酔ってますよ、じゃなきゃあんなヒドイこと言う人とおしゃべりなんてしてないですよ」

「申し訳ありません」

「わたしもなんか変なスイッチ入って泣いちゃって」

「びっくりしました」

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