1-2.とりあえず運びました




「助けてください!」

 自分ひとりではどうにもならなくて人手を求めて駆け戻ると、さっき挨拶した守衛さんが、夜勤の終わりらしく鞄を持って守衛室から出てきたところだった。

「どうしたの」

「えと、人がですね。寝ていて。ステーションで」

 すみれはわたわたと端的に説明する。


 段ボールの山の上にいたあの人は、すみれが見たところ熟睡しているだけのようだった。

 死体ではなくて良かったものの、いくら呼びかけても起きてくれないので困って守衛さんを頼ることにしたのだ。


 どれどれ、と一緒に現場に戻ってくれた守衛さんは、あらーと彼の顔を見るなり顔をしかめた。

「この人、企画部の課長さんだよ」

「課長さん!?」

 見た感じとても若いのに。

「企画部はアイディアのフレッシュさが必要なんでしょ、だから下っぱ管理職は若い人が多いらしい。にしても、また酒の臭いぷんぷんさせて」

「また?」

「また」


 おーい、と守衛のおじさんは彼の頬を容赦なくびたびた叩く。

「起きないねえ」

 それでふたりがかりで彼の体を台車の上に落として、資材部事務室まで運んだ。ここなら応接用のソファーがあるからだ。

 えい、えい、と彼の長い足を三人がけのソファーの肘掛けに放り投げていると、そこでようやく反応があった。


 眉根をきつく寄せながら、彼は眩しそうに薄目を開けた。

「ここは?」

「ここはどこ? ワタシは誰? ってか。困るよ、戸倉課長」

 守衛さんに名前を呼ばれた戸倉課長なる人物は、そこでガバッと起き上がり、途端に額を押さえてうめいた。

「またやっちゃいましたか」

「はいはい。まただよ、また。この臭いじゃごまかせないよ」

「はい。ちゃんと報告あげてください。始末書書くんで」


 やれやれと守衛さんが息をついたとき、すみれの上司の須崎課長が事務所に入ってきた。無言でその場の面々を一瞥し、自分のデスクのパソコンを立ち上げる。それからようやく声を発した。


「戸倉さん、だから昨日早く帰れと言っただろう」

「はい。すみません」

「あ、課長。おはようございます」

「それじゃあワタシはあとは日勤に任せて帰りますので」

 口々に自分の言いたいことだけを発言したメンツの中で、守衛さんはそうそう、と戸倉に念を押した。


「あんたこの子にも謝っておきなよ、朝からびっくりして青くなって困ってたんだから」

「はい。お騒がせして申し訳ありません」

 しおしおと素直に頭を下げられて、年上の男性にそんなふうにされたのは初めてで、すみれは「いいえー」と口の中でもごもごつぶやいた。

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