20:エピローグのお仕事
都市の正門前へと帰ってきた俺は残りの四人を少し離れた場所で待たせて衛兵たちに小声で声をかける。
「朝言った獣人たちが来たから通してくれ」
「わかりました……」
複雑そうな顔だったが衛兵は頷いてくれた。なので俺は四人が待つ場所へと向かう。
「どうだった?」
外套で全身を覆う犬耳が結果を尋ねてくる。
「別に許可は元々取ってんだから通してくれるに決まってるだろ」
自分たちで持ってきていた外套で身体を覆う犬耳と猫耳は顔だけならば人間に見えた。これならアンダーの元へと向かうまで二人が獣人とはバレないだろう。
「ほら、行くぞ」
俺たちは五人で止められることなく都市の門をくぐる。衛兵たちは外套の猫耳と犬耳に視線を向けていたが何も言ってこなかった。
「じゃあここでお別れだな。二人頑張れよ」
そう言って俺は向かう方向が違う勇者とミレイアと別れようとしたが、今まで一言も話さなかったミレイアが近づいてきた。
「ど、どうした?」
「これ……」
ミレイアは商業ギルドで報酬が入れられる袋を渡してくる。
「これって、もしかして……」
俺はアンダーに連れていかれて別れた日、依頼のアイテムを集め終わって商業ギルドへと向かっている途中だったことを思い出す。
「わざわざ取っておいたのか……ありがとう。でも、これはミレイアが受け取ってくれ。今回は俺がこいつらを連れていくから依頼を達成できないんだろ。これはその依頼の報酬だと思ってくれ」
ミレイアは「そう……」と呟いて袋をポーチへとしまう。
結果的に二人をタダ働きさせてしまったことに俺は胸を痛めながら、今度なにか埋め合わせをしないといけないと考える。
「じゃあな!」
俺は二人に手を振って背を向ける。
「お前ら早く来い」
立ち止まっている猫耳と犬耳を急かす。
「なによ、こいつらとかお前って! ムカつくわ。わたしのことはセレスと呼びなさい。それでこの子はノコよ」
犬耳……ではなくセレスは地団駄を踏んで怒る。その様子だけ見れば年相応に見える。きっと犬耳と呼んでいたと言えばさらに怒って面白いだろうが、ヒキガミにはなりたくないので我慢する。
興味深そうに都市の中を見る二人とともに都市の中を歩いていき、希望の鎖の屋敷に辿り着く。
緊張した様子の二人を連れて俺は正門をくぐる。そんな俺もギルドの一員に関わらず一回しか来たことがないので緊張する。
屋敷の扉に手をかけて中へと入る。すると玄関ホールには呼んでもいないのにカルラがいた。
「おかえりなさい、クロゴ。昨日は帰ってこなかったですね。部屋を与えてもらったというのに、いきなり夜遊びとはゴミですね」
「いや、違う! アンダーからの依頼を達成するために色々とやってただけだ!」
……どうして俺の周りの奴は俺に変態属性をつけようとしてくるんだ。
『実際キミは女の部屋で眠っていたがね』
『別に何もしてねぇからノーカンだ!』
「その方たちが獣人ですか……思ったよりは早かったですね。アンダーは三階の執務室にいます」
「そうか、わかった」
俺は二人を連れてアンダーの執務室へと向かい、二人を扉の前で待たせて声を掛けてから一人で中へと入る。
アンダーは昨日と変わらずに一人で執務をしていた。アンダーは手を止めて俺の方を向く。
「クロゴくん、お帰り。どうやら依頼は終わったようねぇー。なかなか早かったじゃない」
賞賛を素直に受け取りたいのは山々だが、俺は勝手に受けたセレスの条件をアンダーに告げる。
話を聞いたアンダーは顔を下げて机の上で手を組んで考え込む。少して顔を上げたアンダーは口を開く。
「そうだねぇーいいんじゃない別に。わたしとしてはこの都市に居てくれればいいわけだから。でも、生活費は条件を勝手に飲んだキミが払ってね」
そう言って俺にウインクをするアンダーの口調はいつも通りだが……不穏な雰囲気を感じる。
「とりあえず二人を連れてきてくれるかな。キミは出ていっていいよ」
俺はアンダーに恐怖を感じてそそくさと執務室を出ていく。そして、二人に入ってくれというが、
「クロゴはわたしを命に変えても守るんでしょ。だったら一緒に行くべきじゃない」
そう言って拒否されてしまう。
俺は恐る恐るその事情をアンダーに話して俺が入る許可を貰い、二人とともに執務室へと入った。
「クロゴくんがいると少し話しずらいが仕方ないなぁ。さて、元王女様? 君は一体これからどうしたいかな? 再びあの豚王のいる帝国へと戻るか? それともこの都市で傀儡の王になり幸せに暮らすか?」
セレスは外套を脱ぎ捨ててアンダーを睨む。
「都市は中立を謳っていたんじゃないの。だから一応は国を名乗ってる魔族との戦争にも参戦していなかったのでしょう? それが傀儡の王女ですって……」
「そうだなニャ! おかしいニャ!」
ノコはそう言って野次を入れるが、アンダーに睨まれてしゅんとなる。
「……そもそもわたしは豚王の妃よ。わたしが都市にいることが帝国にバレてしまえば戦争になるわ」
「そこまでわたしも考えなしではないよ。そのために手も打ってあるから安心して欲しいな」
セレスは気丈にアンダーを見据える。
「わかったわ。でもこちらの出した条件は飲んでもらうわよ」
「もちろんだよ。ねぇ、クロゴくん?」
「お、おう……」
二人のやり取りに見はいっていた俺は突然声をかけられて間抜けな返事をする。
「行きましょう……」
そう言ってセレスはノコと俺を連れて執務室を出ていこうとするが、
「少し待って欲しいな」
アンダーはセレスを呼び止めて近寄ってくる。
「な、何をする気! 近づかないで!」
目元に涙を浮かべるセレスに俺は咄嗟に守ろうとするが、取り調べの時のように身体が動かなくなる。それはノコも同様のようだった。
「全く君たちはわたしを野蛮人と勘違いしてるんじゃないかしら」
アンダーはセレスの頭の耳に手を当てる。するとセレスの犬耳が消えていつの間にか頭の横に人間耳が付いていた。それに残念なことに尻尾も無くなってしまった。
驚き固まるセレスを放置してアンダーはノコの猫耳と尻尾も消す。
「ニャー! ノコのチャームポイントの耳と尻尾が無くなったニャー!」
アンダーが指を弾くと動けるようになったノコは自分の耳と尻尾が生えていた場所を触る。セレスも気を取り戻して同様に確かめる。
「一体どういうことなの!」
「都市で生活していくにはそれが付いていたら不便だと思ってね。わたしから贈り物よ」
贈り物というには奪っているものの方が多い気がする。
「ノコの、ノコの耳と尻尾を返してニャー!」
「それは無理だよ。どうしても返して欲しいというなら、君たちの自由は取り消さないといけなくなるけど」
その言葉にノコは項垂れる。セレスはノコの背中を撫でながらアンダーを見る。
「一応はありがとうと言っておくわ。……でも耳と尻尾は獣人の誇りよ。だからいつかは返して貰うわ」
「わたしもその時が早く来る時を願っているわ」
∇_________
……俺は何故か自室に居座っている獣人たちがベッドを占拠している様子を立って眺めていた。
「このベッドはまぁまぁね。クロゴ、アレを出しなさい」
「アレってなんだよ?」
「姫様のアレは馬車の荷物に決まってるニャ!」
「なら最初からそう言えよ……」
俺は裾から荷物の入った袋を思い浮かべて取り出して、裾から出てきた結構な大きさの袋を地面へと置く。
「じゃあ二人ともわたしの指示通りに置いていってちょうだい」
俺とノコはセレスの指示通りに荷物を置いていく。……ふと気付くと俺はいつの間にかセレスに小間使いのように働かされていた。……これが王女の力なのだろうか?
『幼女にこき使われて楽しそうなキミに朗報だよ』
『俺にまた変な属性を付属させようとするな!』
どうしても俺に変態を付与したがるヒキガミに俺は否定をする。
『それで朗報というのが、キミがノルマを達成するのが早すぎたせいで勇者の展開が怒涛になってしまった。なので物語には緩急が必要なのでキミには少しの間は勇者のサポートに専念してもらう』
確かに勇者は召喚されてまだ三日でゴーレムと戦ったわけなので展開が急といえば急だ。
『よっしゃああぁあぁぁ!』
『……私としてはとても残念なんだがね。キミの右往左往する姿が見れないと考えると』
『そんなもん見れなくて俺は一向に構わない』
俺はノルマから解放されたことにより、上機嫌になり効率が良くなったことで荷物が全て置き終わる。
「二人ともいい働きぶりだったわ」
王女様からのお褒めの言葉を聞き流しながら、達成感に腕で汗を拭っていると何故かノコが俺を凄い形相で睨んで来たので声を掛ける。
「ど、どうしたんだ?」
「……楽しそうに姫様の命令に従って、まさかノコの騎士の座だけじゃなく、姫様のペットという座まで奪うつもりかニャ!」
「そんなもん要らねぇよ!」
ノコの言葉から自分の様子を改めて思い出すと、ノルマが無くなったことに上機嫌になりながらセレスの命令に従っていた俺は、傍から見ればヒキガミの言葉の通りに幼女の命令に従って楽しそうにやっているように見えただろう。
俺の否定に疑わしそうにしながらも「……それならいいニャ」と言ってノコはセレスへと甘えに行く。その二人を見ているとノコが犬でセレスが猫のようだと思った。
「じゃあクロゴ、そろそろ出ていってくれる。また必要なときに呼ぶわ」
ベッドの上で甘えてくるノコをあしらいながらセレスは俺に出て行けと言う。
「……そもそもここは俺の部屋なんだが?」
「そうだったの。でもこの部屋はもうわたしの物になったわ。見てみなさい、この部屋のを」
そう言われて俺は部屋を見渡すと、精緻な装飾が施され高級感のあった部屋は、少女趣味の部屋に様変わりしていた。
「いつの間にかこんなことになったんだ……」
「クロゴが嬉々として運んだんでしょ。それにあのメイドも言っていたじゃない、あなたが面倒を見ろって。だから、わたしはあなたの部屋を貰ったの」
……俺は現在に至る少し前のことを思い出す。
アンダーの執務室を後にした俺はカルラに獣人たちをどうしたらいいか尋ねた。するとカルラは自分で全てやってくださいと突き放さす答えを返してきた。仕方がないので俺は二人を外に出すわけにもいかないので自分の部屋に連れてきたわけだ。
「わかったなら、早く出ていきなさい」
シッ、シッと手で追い払うセレスに俺は肩を落としながら部屋を出ていく。
『どうして抵抗しようとしないのさ?』
ヒキガミの質問に俺は何故かと考える。そして、俺は答えを見つけた。
『俺が記憶喪失だからかはわからないが、別に言われた通りにやるのことに不快感を感じねぇんだよ』
『我が強い人間ほど命令されるのを嫌うからね。だったらキミも自分を見つけないといけないよ』
『……それを記憶を消したお前が言うのか』
部屋を追い出された俺は外に出て宿屋にでも泊まろうかと玄関ホールへと向かう。……獣人たちを養うためにあまり金は使えないんだよな、と考えていると途中でカルラと出会った。
「一体こんな夜遅くにどこへ行かれるのですか?」
「……いや、部屋をあいつらに占拠されたから外で眠れるところでも探そうと思って」
カルラはため息をついて仕方なそうにポケットのから鍵を出す。俺はそれを受け取って鍵を確かめた。
「この鍵は一体どこの鍵なんだ?」
「これは地下の使用人部屋の鍵です。掃除はしていないので埃臭いでしょうが我慢してください」
「助かった!」
俺はカルラから場所を聞いて新しい部屋へと向かう。屋敷の地下は石の壁が剥き出しになっていて、まるで牢獄のようだった。俺はそこの奥の方の部屋へと向かって鍵を使って中へと入る。部屋の中はカルラの忠告通りに掃除はされておらず埃臭い。
部屋があるだけでもありがたいと思い、地下の廊下に置かれてあった掃除道具を使って綺麗にしていく。
見た目は見れるものになったのでカビ臭いベッドに背を預ける。占拠された部屋のベッドの柔らかさと比べるとやはり硬いが、昨日眠った床よりは断然マシだ。
『一応は区切りが付いたのでわたしは報酬を受け取ってくるよ。……では、また明日』
『……そうか、じゃあな』
ヒキガミの声が無くなり俺は改めて自分について考える。
ヒキガミは俺が世界を滅ぼしたと言っていたが、それにしてはヒキガミの態度は世界を滅ぼした奴に対する態度ではない。普通だとそんな奴は恨むものだが一体どうしてなのだろうか?
しかし、ヒキガミは変わっているので考えるだけ無駄に感じてきた俺はいつ間にか眠ってしまっていた。
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