19:説得のお仕事

 



 無事にゴーレムを倒した勇者とミレイアは大部屋で座り込み身体を休めていた。残るはこの大部屋の奥の扉のみなので最後の休息ということだろう。


「でも、せっかくゴーレムを倒したのによくわからない赤い欠片しか落とさなかったね」


 勇者は指でゴーレムが落とした手のひらサイズの赤い宝石を掴んで眺めていた。


「それは核。魔法が込められた無機物に命を与えるもの」

「……そういえばミレイアって物知りだよね。今回の戦いでもゴーレムの弱点を知ってたみたいだし」

「昔勉強したから」


 そう言ってミレイアは膝を抱えて黙り込む。


『それにしても、前と今回の違いはなんだったんだろうな……』


 前にこの廃ダンジョンに来た時は魔物もトラップもなかったので、色々と想像以上に二人に負担をかけてしまった。


『そんなことは考えなくてもわかるだろう? 前回は透明のキミ一人でここへ来たが、今回は勇者たちもいたからね。この扉の向こうの方々が入ってきたのを確認して、ダンジョンのギミックを発動したのだろう』

『やっぱ透明ってチートだな……』


 そんな話をしている内に二人は休息を終えて奥の扉へと向かう。それを見た俺は裾から今日の朝に買った鉄の鎧を取り出した。


『そういえば、そんな物も買っていたね。一体何に使うつもりだい?』

『そんなもん決まってるだろ。……盾に使うんだよ』


 扉の前に立った二人はどうやら中に誰かいるかを確認するために扉の前で声を掛けるようだった。


「すみません! 中に誰かいますか! 僕たちは冒険者ギルドの依頼で救助しにきました!」


  しかし、返事は帰ってこない。


「中には誰もいないのかな? とりあえず入ってみる?」

「わかった」


 そう言ってミレイアが扉を開こうと近づくと、


「わたしたちは救助なんて望んでいません!」


 と扉の向こうから幼さを感じさせる声なのに、幼さを感じさせない堂々とした話し方で拒絶される。


「えっと、どうしてかな? 外で血の跡もあったから怪我を負ってると思うんだけど」

「怪我はもう治りましたから心配ありません。わざわざありがとうございました」


 扉の向こうからの拒絶の声に困惑の表情を浮かべる勇者は肩を落とす。


「せっかくここまで来たのにこんな結果で終わっちゃうか……。ミレイアさん、僕が受けようと言ったせいで巻き込んでごめん」

「大丈夫」

「ありがとう、少し休憩したらここから出よう」


 そう言って二人は再びダンジョンで休息を始める。


『どうする気だい? このままではギルドの依頼の方は達成できないよ』

『……俺の予定ではこのまま二人が扉を開いて、飛んでくる剣を俺がこの鎧で受け止めてから会話が始まって都市へと来てもらう予定だったはずなのに、どうしてこうなった?』

『なんだいその運だよりで人任せの計画ともいえないものは……。仕方がないね、わたしが少しだけ助言してあげよう』


 俺はヒキガミの助言とやらの言う通りに大部屋からこっそりと扉を開いて出ると、透明化を解除してから再び扉に入る。


 大部屋に入ってきた俺に二人は視線を向けてくる。


「まさか先に先客がいるとはな……それもミレイアがいるとは驚きだ」


 わざとらしく二人が来ていたことを知らないアピールをしながら部屋を進んでいく。


「えっと、誰ですか?」


 勇者は俺から後ずさりをして警戒を隠さずに話しかけてきた。


「俺は前にミレイアとパーティーを組んでいたクロゴだ。よろしくな」


 そう言って勇者の肩を叩いて扉へと近づく。


「俺はギルドの依頼でお前たちを保護しに来た」


 扉へと向かって話しかけるが返事が帰ってこないので少し焦っていると、


「……どこから、入ってきたの?」


 と震えた声が返ってきた。どうして怯えられているのかはわからない。


『今のキミはどうやら心理的な状態で優位に立っているようだ。これを利用しない手はないだろう。これからキミは私か口を挟むまでは全ての質問にに答えたまえ』


 一体そんなことをして意味があるのかわからないが、失敗してこの状況を招いたのは俺なのでヒキガミの言う通りにする。


「さあ、どうやってだろうな?」

「突然現れてあなたは獣人!? それとも魔族とでも言うの!」


 どうして侵入の話から俺が獣人や話に聞く魔族だとなるのだろうか? ここはキッパリと否定したいところだが、ヒキガミに思わせぶりにと言われているので仕方なく、


「どうだろうな?」


 と思わせぶりに答える。


「私が子供だと思ってバカにして!」

「いや、俺は別に子供とか関係なく……ただ一緒に都市に来て欲しいだけなんだよ」


「はぁ、はぁ、都市もわたしたちを求めているわけね。国境を閉鎖していたから薄々わかっていたけど……まさか都市にまで情報がすでに渡っているなんて。……わたしにはもう力なんてないっていうのに」


 叫び疲れたのか息を切らしながら話す内容から、アンダーは人助けと言っていたが何やら裏がありそうだ。


「……それで来てくれるか?」

「自分たちのことは自分でなんとかするわ。都市なんて信用ならない場所の力は借りなくても平気よ」


 変わらない反応に頭を搔く。


「お前たちは誰かに追われてんだろ? だったら都市に来た方が安全だと思うがな」

「……あなたには関係ないことだわ。それにわたしたちが獣人ということは知っているんでしょ。都市は獣人の入国を禁止にしているはずよ。そんな場所が安全とは思えない」


 ……全くもってその通りのことを言われてしまう。


『穏便に都市へと来てもらいたいのなら、都市に行くことのメリットをプレゼンしないといけないね。さて、頑張りたまえ』

『いや、手伝ってくれるんじゃねぇのかよ!?』

『わたしは助言だと言ったはずだよ。そもそも私はこの仕事とは関係ないからね』


 そう言われてしまえば何も言えない俺は頭を働かして口を開く。


「……すでに話は通してあるから都市には入国はできる。それに都市にくれば俺が命に変えても守ってやる」


 一体アンダーが獣人をどのような扱いを使用としているのかは知らないが守ると約束をする。


「守ってやるって……一体あなたは何者なのよ!」

『一応言っておくがここは思わせぶりに言ってはダメだよ』


 助言だけはくれるヒキガミに感謝しながら俺は言った。


「希望の鎖のクロゴだ」


 少し間を開けてから扉の向こうから声が聞こえた。


「希望の鎖って本当なの……」


 ここは虎の威を借る狐ではないが、俺が持つもので一番信用が高そうなギルドの名を語る。中の獣人が知らなければ意味がない賭けだったが上手くいったようだ。


「あなたが本当に希望の鎖だって言うのだったら、上に向けて認識票を掲げなさい」


 俺は理由はわからないが素直に首の認識票を外して上へと掲げる。


「……どうやら本当のようね」


 どこから見ているのかわからないが扉の中で俺の認識票を確認したようだった。


「でも、どうして希望の鎖が私たちを必要としているの?」


  希望の鎖がどうして獣人を必要としているかなんて、そんなことは俺に聞かれても知らない。答えがわからないので思わせぶり作戦を再び実行する。


「さぁな。だが、決して悪いようにはしない」


 しばらくして扉が開き俺に剣を投げ飛ばしたマントをつけた騎士のような猫耳を生やした黒髪の女性と、初めて見る小さな白い服をきて犬耳を頭に生やした銀色の髪のミレイアよりも幼い少女が出てきた。

 先程から話していたのはきっと犬耳の方だろう。前に猫耳が叫んだときにニャと語尾をつけていたので違うはずだ。それを裏付けるように犬耳が話し始める。


「あなたの話はわかった。こちらからの条件を飲んでもらえるならついて行ってもいいわ」

「……それで、条件ってなんだ?」


 ようやく条件付きだが提案を受け入れて貰えたことに内心喜びながら、平然とした顔で条件を尋ねる。


「一つ目はわたしたちを都市の中で自由に行動させること。二つ目は生活費を渡すこと。最後に裏にセレスと書かれた金色の指輪を見つけてわたしに持ってくることよ」


 犬耳は条件を一つ言うごとに指を立てる。なかなかに貪欲で強気な条件に驚くが、二つ目の条件に見覚えがありすぎて額から汗が流れる。


『キミの壊した指輪は彼女のものだったようだね。馬車の中にあったので可能性は高かったが』

『とりあえずは誤魔化すしかないだろ』


 俺が黙っていたので猫耳が不安げな表情で犬耳を見つめる。


「姫様……」


 犬耳がどういう気でこの要求をしているのかはわからない。一つでも通ればいいという気で言っているのか、それとも本気で全部通す気なのか。それを確かめるためにも質問する。


「……本気で言ってるのか?」

「もちろんよ。一歩も譲るつもりはないわ」


 はっきりと譲る気はないと宣言する犬耳の強気な態度に驚いてしまう。犬耳の要求については指輪以外は別に俺的にはいいのだが、そもそも俺が勝手に条件を飲んでいいのかという疑問がある。アンダーの糸が掴めないので都市を勝手に歩き回せて大丈夫なのかと判断ができない。


『後からあの女を説得すればどうだい。何か言われれば何も言わなかったのはお前だろうと返してやれ』


 俺の頭の中に悪魔の囁きご響く。


『……うん、そうだ。確かにそうだよな! 俺は依頼を達成するためにしっかりと働いたんだ。どう考えても裏事情を隠してたアンダーが悪い。……どうなっても俺は知らねぇ』


 開き直った俺は犬耳の要求を飲むことにした。


「わかった。その条件でいいだろう。それと指輪はすぐには見つけられないかもしれないがいいか?」

「別に構わないわ。話も纏まったことだし、わたしたちの準備が終わったら早速行きましょう。いつまた帝国の奴らが来るかわからないから」


 猫耳と犬耳は再び扉の中へと戻っていく。そして、俺は未だにこの大部屋にいた二人に話しかける。


「二人も一緒に行くか?」

「お、お願いします……」


 勇者は今の状況についていけず困惑しているようだったが、安全のためついて行くことにしたようだ。ミレイアはこちらに顔を向けるが何も言ってこない。


 ミレイアとこうして顔を合わせるのは俺がアンダーに連れていかれて以来なので気まずかった。


 そんな雰囲気を感じ取ったのか勇者も黙ってしまい、誰も話さない気まずい時間が過ぎる。少しして扉が開いて犬耳と荷物を背負った猫耳が出てきた。


「行きましょう」

「……ま、待ってニャ! 姫様!」


 こうして五人で廃ダンジョンの中を進んでいくと、やはり魔物は出現しなくなっていた。それに不思議な表情を浮かべながら勇者は俺に話しかけてくる。


「……実は僕たちもこの二人を救助して都市に連れていくって依頼を受けてたんです。この依頼ってクロゴさんが出した依頼だったんですか?」


 俺は勇者にバレるわけにはいかないのでとぼける。


「……俺は知らないぞ」


 その話を横で聞いていた犬耳が反応した。


「……もしかすると、帝国がわたしたちを捕まえるために依頼した可能性があるわ」


 ……いえ、俺が出した依頼です。真面目に考えている犬耳に申し訳なく思いながら何事もなく廃ダンジョンから脱出する。


 外に出た猫耳と犬耳はずっと廃ダンジョンに居たせいか陽の光に眩しそうに目を細める。


「眩しいニャ……」


 そんな少しゆるい雰囲気の中ミレイアが声を上げる。


「囲まれている……」

「本当ですかミレイアさん?」

「わたしには何も感じないけど……ノコはどう?」

「……確かにちょっと変な音がするニャ」


 俺たちはそれぞれ戦闘体勢に入る。するとガサガサと草を掻き分けて鎧を身にまとった男が六人現れた。


「まさかバレちまうとはな。まぁ、別に問題はねぇが。お前らそこの犬の耳を生やした女を置いていけ。そうしたら見逃してやる」


 そう言ってリーダーらしき男が前に出る。


「さて、どうする?」

「やっぱり、あなたたちの依頼は罠だったようね。依頼を達成したところを襲ってわたしを奪う気だったんだわ」


 何故か知らないが俺の依頼がこいつらのせいになったのでラッキーだ。

 犬耳は勇者とミレイアに視線を向けてため息をつく。そして、俺へと視線を向けた。


「確か命をかけて守るって言ってたわよね? だったら早く倒しなさい」


 犬耳のいかなりの高圧的な態度に狼狽しながら俺も前へと出る。


「なんだお前は? その細い身体で俺たちとやろうってか? それとも命乞いでもする気か?」


 俺は無言で一気に男へと踏み込んで溝内を殴る。男は宙へと放り出されて地面に激突する。


「何言ってんだ? 命乞いするのはお前たちの方だろ?」


 ……自分で言うのもなんだが、とても格好よく決まったと思う。


『不意打ちで格好付けるなんて流石はキミだね』

『それは褒めてんのか、それとも貶してんのか?』


 吹き飛ばされたリーダーの姿に残りの男たちは動揺する。その隙を見逃さずにミレイアと猫耳は斬りかかっていき、犬耳は火の玉の様なものを飛ばす。その回復以外で初めて見る魔法に俺と勇者は目を奪われる。


「何をぼさっとしてるの! しっかりと守りなさい!」


 俺と勇者は犬耳の声で我を取り戻して男たちへと向かう。男たちもただやられるだけではなく、固まって陣形を組もうとするが、俺たちの力任せの攻撃に陣形が瓦解してしまう。不利を悟ったのか気絶したリーダーを担いで男たちは逃げていく。


「一体なんだったんだ?」


「あれはわたしたちを追ってきた帝国の兵士よ。それよりも、絶対に守るって言うだけあるじゃない」


 純粋に褒められた俺は嬉しさから犬耳の頭を撫でる。


「いきなり、な、なにするのよ!」

「……いや、なんでもないんだ」

「なんでもないんだったら手を退けなさい!」


 犬耳は俺の手を弾き飛ばす。しかし、犬耳の髪の毛はふわふわで気持ちがよかった。尻尾の方も気になってしまうが、射殺さんばかりの視線を猫耳が向けてきたので俺は諦める。


「こんなところで立ち止まっていたら、また帝国に襲われるかもしれないわ。早く都市に行きましょう」


 そうセレスは言ったが途中で馬車の前を通ったときに立ち寄ると言い出し、ノコが大きな袋を持って出てきた。重そうだったので俺の裾にしまってやって、森から出るために歩き出したのだった。


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