18:サポートのお仕事

 



 エルアの部屋を後にした俺は腹ごしらえを素早く済ませて、見習いギルドが開くまでの時間を使い準備を整える。

 まずは正門へと向かい、衛兵たちに獣人がここを通ることがあるかもしれないと話を通しておく。最初は嫌な顔をされたが、希望の鎖の依頼書を見せると協力してくれると約束してくれた。

 それにしても衛兵の反応を見るに、やはり獣人はかなり嫌われているようだ。


 その後は鉄の鎧や回復ポーションという飲むだけで回復するファンタジーなものを買った。


 準備が整ったので見習いギルドへと向かい透明化の状態で中へと入る。逃げないかどうか不安だったが、しっかりと受付にはエルアがいたので一安心だ。


 しばらくすると、ミレイアと勇者がやってきた。二人は何故か入口で立ち止まり、依頼が貼られている掲示板の方を見ていた。こちらにやってこないことに痺れを切らしたのか、エルアが二人の元へと向かう。


「ミレイアさん、マモルさん。もしよかったらこの依頼を受けてみませんか? 昨日怪我をしてらっしゃったので、難しくなくそれでいてお金が稼げる依頼がいいと思いまして、実は取って置いたんです」


 ……俺はよくスラスラと思ってもないことが出るなと逆に感心してしまう。


 エルアは二人に依頼の紙を渡して、いつもの頬笑みを浮かべる。二人は渡された依頼を見ながら相談をした後、依頼を受諾してギルドを出ていった。


 ……俺は急いで二人の後を追う。


 二人は都市の正門を出ると俺の指定した場所へと向かい始める。道中何度か魔物と遭遇したが、ミレイアが一太刀で倒していったので俺の出番はなかった。勇者も加勢しようとしていたがミレイアが強すぎせいで出るタイミングを失っていた。頭に勇者の仲間の条件が頭をよぎったが、今のところはヒキガミが何も言ってこないので別にいいだろう。


 ミレイアが馬車の痕跡を見つけて森へと入った二人はしばらく進み、馬車のある地点へと到着する。馬車の中を確かめた二人は見つけた血の跡を辿って遺跡へと辿り着く。二人の話を聞いていると、どうやらこの遺跡がアンダーの言っていた廃ダンジョンらしい。


『そろそろ遺跡に入るようだね。何事も起こらなければいいが』

『フラグを立てんなよ……。前にそのせいで俺の腹に剣が刺さったんだぞ』

『それはしっかりと確認もせずに扉を開けたキミが悪いのだろう?』

『うっ……それはそうだが』


 俺は図星をつかれたので話を止めて、中を伺って入ろうとしている二人に付いていく。すると、遺跡の中から、ヒューという風の吹くようなの音が聞こえてきた。

 前に入った時にはなかったことなので警戒を強める。ミレイアも警戒しているのか遺跡の奥に向けて剣を構える。その様子を見た勇者も剣を構えるがへっぴり腰だった。しかし、やる気は感じられる。

 音が徐々に大きくなり近づいて来ているのがわかる。そして、壁をすり抜けて半透明のお化けが現れた。ミレイアがレイスと呟いて剣をそのレイスへと振りかぶる。

 剣はレイスをすり抜けて一見効いていないように見えたが、レイスは、ヒューと音を立てながら霧散していった。


 前回はいなかったレイスの存在に俺は動揺する。……一体何が起こっているんだ?


 次々と現れるレイスを二人は剣で消し飛ばしながら進む。俺は俺で後ろから来ているレイスを殴り消していた。

 ミレイアが次のレイスを消そうと剣を振りかぶった時、壁から槍が突き出てレイスを貫通してミレイア目掛けて飛び出してきた。だが、ミレイアは咄嗟にしゃがみこんで避ける。


 ミレイアの身体能力の高さに感嘆の声が漏れる。それをレイスの声と勘違いしたのか勇者が俺目掛けて斬りかかってきた。

 俺は避けようとしたが少し剣の先が身体に当たってしまう。それで俺が怪我を負うのなら自業自得で済むのだが、勇者の剣が真ん中から真っ二つになってしまった。


 勇者は剣が壊れたことに落ち込みながらも、レイス相手ならば関係ないので折れた剣で応戦する。……その様子に少し申し訳なく思う。


『先程の槍がミレイアに向かって放たれたからよかったが、勇者に矛先が向けば軽い怪我では済まないだろうね』


『確かにそうだな……』


 ヒキガミの懸念に俺も賛同して勇者の周りに目を凝らす。よく見ると壁の一部に穴のようなものが空いているのが見えた。

 俺はその穴に身体を密着させる。普通なら自殺願望がある者しかできないことだが、黒衣を信じて俺は穴を自分の身体で塞ぐ。

 そして、勇者が穴の前に来た時に穴から槍が突き出てきた。しかし、槍が勇者に突き刺さることはなく俺の身体で停止する。少し痛かったが腹に剣が刺された時と比べればマシだ。


 俺は穴を塞ぎながらレイスを倒して勇者をサポートしていく。いつもはヤラセばっかりなので、これで罪滅ぼしができたらと思わずにはいられない。


 そうこうしている内に槍ゾーンを抜けて二股へとやってきた。二人はレイスに対処しながら左へと進もうとする。

 俺は左がハズレだと知っているので、何とか二人を正解の順路に戻そうと考える。

 そこで俺は二人よりも先回りをして地面に斬れない剣でバツ印を書く。あまりにも単純すぎるが、これで一目でこちらが外れだとわかりやすいのでいいだろう。


 ……しかし、勇者がこれは逆に罠だと言って先へと進む。


『はははっ! まさに傑作だね。罠だと思われてしまうとは』


 仕方がないので俺が先に進んで安全かどうか確かめることにした。入り組んだ通路の奥へ向かうと、あからさまに怪しい宝箱が一つだけポツンと置いてあった。

 俺は恐る恐る宝箱を開くと、蓋の裏側には牙が生えていて中には暗闇が広がっていた。

 突然開かれたことに気づいた偽宝箱が暴れだしたので殴って大人しくさせる。そのせいか、牙が無くなり暗闇が晴れて普通の宝箱になり、箱の中に本が一冊現れた。

 たが、二人の足音が近づいてきたので、中の物は取らずに宝箱を閉めて離れる。


 レイスと戦いながら通路の奥へとやってきた二人は宝箱に気づき、ミレイアがレイスの相手をしている間に勇者が慎重に宝箱を開いた。勇者は中に入っていた本を取り出して中身を確かめる。しかし、勇者は読めなかったのかその本をミレイアに手渡して仕舞ってもらう。


『勇者の翻訳機能は言葉だけだからね。キミが文字を読めるのは黒衣のおかげなのだよ』

『そうだったのか……。てっきり勇者も文字が読めると思ってたぞ』


 二人は来た道を戻り二股を右を進んだので坂が見えてきた。この坂も前に来た時とは違い罠が発動すると考えて俺は坂の上で待機する。そして、二人が坂を下り始めると上から巨大な丸い岩が落ちてきた。そして重力に逆らわずに坂を転がろうとしたので俺は両手で押し返し、坂の上へと丸い岩を持っていく。


 その間に二人は無事に坂を下り終え、振り返った勇者は転がらない岩を見て何かを言っていたがここからでは聞こえない。


『それにしても、この岩は一体どうしたらいいんだ……』


 俺は岩を押し返しながらこれの処理方法について考える。この坂から大扉までは一直線なので俺がこの岩を離すと二人の元まで転がって行ってしまう。


『……裾に入れたらいいか』


 俺の発言に焦った声で間髪入れずにヒキガミが口を出す。


『何を考えているんだい!? そんなものは拳で砕きたたまえ』

『結構デカいぞ? 大丈夫か?』

『無理だとしても潰されるだけさ』


 ヒキガミの無責任な発言への苛立ちを込めて片手を離し岩へと拳を叩き込む。岩は、ガシャン! と音立てて四方に砕け散った。


『ほら、言っただろう』


 ヒキガミの自慢げな声に辟易としながら、急いで二人を追いかけると既に両開きの大扉へと辿り着いていた。


 扉の前でこの先に進むかどうか話し合っていた二人は、馬車での血痕があったので怪我人がいる可能性が高いという結論に至って勇者が扉を開こうとする。しかし扉はビクともしない。

 代わってミレイアが扉を押すと扉は重い音を立てながら開いた。その光景に勇者は顔を引き攣らせる。


 扉の向こうには相も変わらずだだっ広く天井は見えない大部屋だった。二人と俺は何もない部屋だったがそれでも慎重に部屋の中へと足を踏み入れる。だが背後で、ギイィィ……という軋む音がして振り返ると扉が勝手に閉じてしまっていた。

 ミレイアが閉じてしまった扉を開けようとするが、いくら引いてもビクともしない。扉の前で右往左往している間に再び背後から、ガラガラと何かが落ちてくる音が聞こえてきた。恐る恐る振りかえると、天井からいくつも岩が落下して、ガン、ガンと組み上がっていき巨大な人の形になろうとしていた。


 ミレイアが組み上がる前に倒そうとするが、体が岩でできているので剣が効かない。


『なんだこの化け物!』

『いわゆるゴーレムという奴だろう。これは展開として美味しいね』

『他人事だからって呑気すぎるだろ! このままだとバレずにサポートなんて無理だぞ!』


 俺がヒキガミに文句を言っている間にも順調に岩は組み上がっていき、すでに頭を残すのみとなっていた。


『安心したまえ。こういう時のために私がいるのだよ』

『何かいい方法があるのか!』

『私を信じて指示通りに動きたまえ。私がゲームで鍛えた判断能力と勘でキミたちを救ってあげよう』

『そんなもん信用できるか!』


 俺が叫ぶと同時にゴーレムの頭が組み上がってしまう。


『バレて消えるぐらいなら最後まで黒子としてサポートをして死にたまえ。 そして死にたくないのなら四の五の言わずに私を信じたまえ』

『死んだら一生恨むからな……』

『死んでしまったら恨むことなどできないよ。……恨みたいなら生き残るといい』


 そして、ゴーレムとの戦いの火蓋が切られた。


 このゴーレムとの戦いでは俺はゴーレムを殴ることはできない。理由は岩が砕けてしまい勇者にバレること可能性が高いからだ。なので俺はどうすればいいのかヒキガミの言葉を待つ。


『少し相手の行動パターンを把握するので、キミは勇者が死なないように守ってくれたまえ。ミレイアはほっておいても死にはしないだろう』


 俺はヒキガミの指示通りに勇者の元へと向かう。どうやらゴーレムは右腕右脚でミレイア狙い、左腕を勇者へと狙いをつけたようだ。左脚がバランスを取るために動かないのが唯一の救いだ。

 そう思っていた俺の目の前でゴーレムは重量感のある見た目からは想像出来ない速度で左の拳を勇者に叩きつけようとしていた。

 俺は走ってギリギリで勇者の前に立ち塞がり拳を受け止める。今までに感じたことのない重量感に足が地面にめり込むが、勇者が拳から逃れたのを確認して俺も横へ飛ぶ。

 俺が拳から逃れると拳は轟音を立てて地面に激突して砂埃が舞う。その光景に怯みそうになるがヒキガミからの声が頭に響く。


『戦闘を観察していて思ったがミレイアの動きは化け物じみているね。それで作戦だがゴーレムは一度狙いを定めた場所へ攻撃が終わるまで途中で止めることはできないようだ。そしてゴーレムの大きさと勇者の位置から、ゴーレムの攻撃は斜め下にしか行われない。……所詮は岩の塊に過ぎないということだろうさ』


  楽しそうなヒキガミの話が本当かゴーレムの動きを改めて見ると、ミレイアが攻撃がくることを確認して飛び退いた場所に躊躇なく斜めに拳を振り下ろしていた。それよりもミレイアの動きが身体を後ろに反って攻撃を躱したりと、曲芸じみていて戦闘中ながら見惚れてしまいそうだ。


『そこで斜めにしか攻撃ができないことを利用して勝利への掛橋を作ってあげよう』


 勇者へ向かってくる攻撃を捌きながら俺は叫ぶ。


『そんなもんどうやるんだ! ただでさえ俺は勇者のお守りで精一杯なんだぞ!』


 今でさえ勇者を守るだけで手一杯だというのに、ゴーレムに攻撃まで仕掛けていたら勇者を守りきれない。


『なに、私が細かに指示を出してあげよう。キミは今だけは画面の中で操られるキャラクターになるといい』

『はぁ……わかった』


 相変わらず一言多いヒキガミに俺は諦めて頷いた。


『では、次のゴーレムの拳が勇者へと向かってきたら馬鹿力で地面に繋ぎ止めたまえ。そうすれば彼女が後はしてくれるだろう。……この作戦の問題点としては勇者が活躍できない点だが、仕方ないとは諦めるしかないね』

『……命には変えられねぇからな』


 俺はヒキガミの指示に従って勇者へと向かってくる拳を受け止めて、勇者が逃れたのを確認して離す。そのまま地面に激突した拳を元に戻ろうとする方向と逆に引っ張る。だが、ジリジリと引っ張られ始め足が地面にめり込む。

 しけし、その隙を見逃さずに地面の近くで停止している左腕にミレイアが飛び乗り、斜めになっていることで道のようになっている腕の上を走り、頭の上まで登りきりって下に向かって剣を突き刺した。


 ……しかし、ゴーレムは止まることはなく頭を回転させてミレイアを振り払おうとする。頭の上に乗っていたミレイアは剣を手放して何とか回転から逃れたようで無事だった。

 ゴーレムは頭の回転を停止させると再び暴れだす。


『全く効いてねぇのかよ……』


 頭に剣が刺さった状態で暴れているゴーレムに武器を失って攻撃を受け流すことができなくなり、避けるか逃げることしかできないミレイアという状態に絶望する。せめてもの救いは勇者がゴーレムの動きになれ始めたのか、俺がサポートせずとも回避し始めたことだろう。


『頭には弱点ではないと……すると次は胸辺りが狙い所だろうか。キミ! ミレイアの剣を抜いて地面に落として、いや待ちたまえ』


 ヒキガミは指示を取りやめる。


『これはいい。キミはゴーレムの左腕をもう一度意地でも下がったままにしたまえ!』

『ミレイアの剣はもういいのか!』

『ああ、問題はないさ』


 ヒキガミの命令で勇者に向かって振り下ろされる拳を回避して再び後ろへと引っ張る。なぜか俺は先程よりも強い力で元に戻ろうとする左腕に、黒衣から唯一出ている掌の皮が捲れていくのがわかる。それでもここで消えてなるものかと痛みを我慢して最後の力を振り絞る。


「うわああああああぁぁぁ!!」


 そんな俺に勇者の叫び声が届く。俺の目の前で腕に飛び乗り勇者は腕の上を走っていく。ミレイアとは違いおぼつかない足取りだが、ゴーレムを登頂して頭の上に生えているミレイアの剣を引き抜く。


「ミレイアさん!!」


 勇者は抜いた剣をミレイアへ向かって投げ渡す。クルクルと回って円の軌道を描きながら地面に向かう剣をミレイアは掴み取り、飛んでくる右腕を受け流してその上に飛び乗りゴーレムの胸へと向って走る。しかし、ゴーレムは自身の命の危機を感じたのか、ミレイアの乗る右腕目掛けて自身の右脚で蹴り飛ばそうとする。

 俺は左腕を離して全力で走りその勢いのまま右脚に飛び蹴りをかます。右脚は飛び蹴りで元の位置に戻ったが、ゴーレムは右腕を上に振り上げる。その勢いでミレイアは宙に投げ出されてしまう。


「はあああぁぁ!」


 けれども、ミレイアは今までに聞いたことのない鬼気迫る声を上げながら、ゴーレムの右脚を蹴り飛ばして落下の軌道を変えて、ゴーレムの胸へと剣を突き刺した。ゴーレムの胸からは赤い閃光が放たれ形を失っていく。


 ゴーレムが形を失い落下していく勇者をミレイアは受け止める。


「……大丈夫?」


「あはは、これじゃまるで僕がヒロインみたいだね」


 その光景を眺めながら俺は床に寝転がる。


『この仕事は本当に報われねぇな……』


『そんなことはないさ。私がキミの活躍を知っているとも』


『……お前に知られてても嬉しくねぇ』


 こうして多分勇者にバレることなくゴーレムを撃破したのだった。


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