3:ダンジョンでの不幸
ギルドで暴行を受けて教会で治療を受けた次の日の朝、教会を出たマモルはお見舞いにきたミレイアと話していた。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。それよりもここのお金ってもしかしてミレイアさんが?」
マモルの言葉にミレイアは頷く。
「またミレイアさんに迷惑かけちゃったね……ごめん。僕が不幸で弱いばっかりに……」
昨日マモルがギルドで依頼を受けようとしたのはミレイアから借りているお金を返すためだった。それなのに再び借金をしてしまったことにマモルは落ち込む。
「依頼を受けましょう」
ミレイアの言葉にマモルはやる気に満ちた表情を浮かべ顔を上げる。
「確かにそうだね! 今日こそはお金を稼ぐぞ!」
気合十分で向かったギルドには不幸なことに昨日絡んできた男がいた。どうやら男は掲示板の前で依頼を探しているようだった。マモルは男を見て昨日のことを思い出してしまい足が止まる。
立ち止まっているマモルに事情を察したのかミレイアも同様に立ち止まる。
「居なくなったら、行きましょう」
「ご、ごめん。情けなくて……」
そんな二人の元にこのギルドの受付嬢をしているエルアが近づいてきた。
「ミレイアさん、マモルさん。もしよかったらこの依頼を受けてみませんか? 昨日怪我をしてらっしゃったので、安全にお金が稼げる依頼がいいと思いまして、実は取って置きました」
そう言ってエルアは二人に依頼の内容が書かれた紙を渡す。マモルは渡された紙の内容を確認しようとした文字が読めなかった。
「ミレイアさん……僕、文字読めないみたい」
「そう……」
読めないマモルのためにミレイアは淡々と依頼の内容を読み上げる。四日前に馬車が行方不明となってしまい、中にいるであろう人物を救助して都市に連れてきて欲しいという内容の依頼だった。紙には地図で最後に目撃された場所も書かれており闇雲に探すわけではないようだった。そして報酬も豪華だったので受けてみてもいいかとマモルの考える。
マモルは自分の思ったことをミレイアに話すとミレイアは頷いたので、依頼を受けることとなりエルアに礼を言ってからギルドを後にする。
二人は都市の正門から都市を出ると地図を頼りに馬車が最後に発見されたという場所へ向かう。途中魔物が何度も現れて戦闘となったが、ミレイアが次々と倒していきマモルの出番はなかった。マモルは役に立てなかったことに落ち込みながらも、表情には出さず心からミレイアを褒める。
そうして、地図に書かれた場所へと到着したが、森に沿って作られた街道があるだけで他には何もない。依頼での情報ではここが最後の目撃場所という話だったので、馬車はどこに行ったのだろうかとマモルは辺りを見渡す。
「街道を辿れば痕跡があるかもしれない」
マモルはミレイアの言葉に頷いて街道に沿って歩いていく。しばらく歩いているとミレイアが何かを発見した。マモルはミレイアに近づくとそこには車輪で踏み潰された草があった。
「馬車はこの森に入ったってこと?」
「そうかもしれない」
二人は森の中へと足を踏み入れる。踏まれた草の跡を追っていくと、木にぶつかって前方が潰れた馬車を発見した。
依頼の人物がいないか二人は馬車の中を確かめるが誰もいない。もう手掛かりはないかと思われたが、マモルが馬車の外で血痕を見つける。
その血痕を追っていきしばらくすると少し開けた空間に出た。その中心には昔攻略されて放置された廃ダンジョンと呼ばれる建物が立っていた。
ミレイアはマモルに廃ダンジョンの説明してから中を伺う。廃ダンジョンの中は魔法の光で照らされており、特に明かりは必要では無さそうだった。
なので二人は恐る恐る中へと入る。少し進むと、ヒューという風の吹くような音がどこからが聞こえてきた。その音に反応してミレイアが剣を構えたのでマモルも真似をして剣を構える。
そして壁をすり抜けて半透明の幽霊の様なものが現れる。ミレイアがそれを見てレイスと呟き、レイスに向かって素早く剣を振りかぶる。剣はレイスをすり抜けて一見効いていないように思えたが、ヒューという音を立てて何も残さずに消える。
レイスが消えてマモルが安心したのも束の間、新たに複数体のレイスが壁をすり抜けて現れた。マモルも勇気を振り絞ってレイスに向かって剣を突き刺す。何も感触がなく効いているかはわからないが、後ろに下がりながら何度か斬りつけると音を立てて消滅した。
自分でも倒せるとマモルが喜んでいると、背後から、ホォという音が聞こえたので振り向きざまに斬りつける。しかし、何かに当たった感触があったのにも関わらず何もいなかった。
それに疑問を覚えたマモルだったが、ミレイアに貰った剣が真っ二つになっていることに気づいて落ち込む。しかし、その間も近づいてくるレイスが落ち込むのを許してくれないので、短くなった剣でマモルは応戦する。
――そんな時、壁から槍が突き出てレイスを貫通してミレイアへと向かう。ミレイアは危機一髪でしゃがんで躱す。
「ミレイアさん! 大丈夫!?」
「大丈夫……。あなたこそ気をつけて」
ミレイアの言葉にマモルは頷き、レイスだけではなく壁にも注意を払おうと思うが、戦闘に慣れていないマモルはレイスを相手取るだけでも精一杯で注意しようにもできない。
ただでさえ今の時間は
「うっ……」
傷は浅く大丈夫だったが不安は募る。再び襲いかかってくるレイスに対処しながら先へと進む。そして、マモルは偶然にも壁に空いた小さな穴見つける。いつ飛び出してくるかと警戒しながら前を通るが、槍は飛び出してこない。ただの穴だったのだろうかと疑問を抱きながら、レイスと戯れて進んでいくと道が二手に別れた。
立ち止まっている間にもレイスは襲いかかってくるので、マモルたちは立ち止まることなく左へと進む。二手に別れた左の道ではいくら進んでも槍は飛び出してこなかったのでマモルは安堵する。その途中で何故か床に大きく描かれたバツ印を発見する。
「こんなのあからさま過ぎる……。もしかしたら罠かもしれない」
「そう……」
マモルの言葉で二人は床に描かれたバツ印を無視して先を急ぐ。
……しかし、バツ印の通りに左の道は行き止まりだった。だが、通路の奥には宝箱が置かれており無駄足ではなかったようだ。
マモルはミレイアにレイスを任せて宝箱を開く。中には古ぼけた本が一冊入っていた。マモルは中を確かめてみるが、異世界の文字で書かれていて読めない。
「ミレイアさん、これ預かっておいて」
「わかった」
ミレイアは本を受け取った本を収納ポーチに仕舞う。そして、二人は来た道を戻り右の道を進んでいくが、数が衰えないレイスに疲れ始めたマモルは怪我を負う回数も増えていく。しばらくして道が坂になったので下っていく。坂を下り終えると背後から、ガラガラと音がして振り返ると巨大な丸い岩石が来た道を塞いでいた。
「このままじゃ帰れない! どうしよう……」
「岩がこちらへ来るかもしれない。進みましょう」
戻ることはできなくなり焦るマモルにミレイアは状況を判断して先へと促す。マモルは落ち着いてミレイアに従って先へと進む。すると何故か坂を下った後はレイスが出現しなくなり、休憩しながらダンジョンを進んでいくと、二人はよくわからないものが描かれた大きな鉄でできた両開きの扉の前へと辿り着く。明らかに今までとは違う雰囲気にマモルは息を飲む。
「これって絶対にボスとかいるやつだよね……」
「……わからない。普通は攻略されたダンジョンにはボスはいない。だけどこのダンジョンはおかしい」
ミレイアの話に全く安全にお金が稼げる依頼ではないと確信したマモルは、自分が運が悪いせいで難易度が上がってしまったと己を責める。
後に引き返そうにも巨大な岩石に道は塞がれてしまい選択肢は扉の先に進むか、ここで助けを待つという二択に頭を悩ませる。加えてダンジョンに入ったと思われる馬車に乗っていた怪我を負っている人物のことも気がかりだった。
ダンジョンの奥まで来たというのに未だに姿を見ていないのでこの先にいる可能性が高い。
ミレイアは考え込むマモルに話しかける。
「わたしが一人で行く。あなたは待っていて」
ミレイアの言葉にマモルは自分の身を案じて一人で行くと言っていることに気付く。そして、理性が自分がこの先に進んでもミレイアの足でまといにしかならず、それだけではなく不幸で足を引っ張ると言って、ミレイアの言う通りにここに留まろうと誘惑する。
――しかし、感情がこのままでいいのかと叫んでいた。
ギルドでは気絶するほど殴られて、女の子には心配されて一人で行くと言われる。このままではお前は勇者ですらなく、ただ不幸を言い訳に楽な方を選んでいるだけの再び何も守れない名ばかりのマモルだと!
「……僕も行くよ。ミレイアには迷惑をかけない。たとえ僕が死にそうだったとしてもミレイアは自分のことに集中して」
ミレイアはマモルの言葉に少し考える素振りを見せて「そう……」と呟く。
マモルはそれを肯定と受け取り大扉を思いっきり押す。……しかし、扉は開く様子はない。
「ごめん、格好つけたのに扉が開けなかった……」
そう言って顔を赤くするマモルに「大丈夫」と励ましミレイアは扉を軽々と開く。その姿にマモルは自分との差をひしひしと感じて顔を引き攣らせる。
扉の中はとても広く天井は下からでは暗くて見えない程に高かった。
「何もいない……ね」
二人は部屋の中心へと向かって慎重に進む。途中で背後から、ギイィィ……という軋む音が聞こえて振り返ると扉は閉じてしまっていた。ミレイアは扉を開こうと引っ張るが先程とは違い開く様子がない。
マモルもミレイアに加勢するために近づこうとするが、再び背後から、ガラガラと岩が落ちる音が聞こえてくる。
嫌な予感を覚えながらもマモルは振り返ると、暗闇に包まれた天井から岩が落ちてきては、その岩が、ガン、ガンとぶつかりながらくっついていく。そして、岩は人の形になろうとしていた。
ミレイアはその光景をただ見ているだけではなく、剣で岩を叩くが欠けるだけで止めるには至らない。
そして、下から徐々に組み上がっていった岩は頭が出来上がり岩の巨人……いわゆるゴーレムという奴になった。
動き出そうとするゴーレムを目にしたマモルは咄嗟にミレイアに向かって叫ぶ。
「さっきも言ったけど! 僕のことは大丈夫だからミレイアさんは自分のことに集中して! 僕だって自分の身ぐらいは何とかできるってとこをみせるよ!」
マモルには全く考えなどなかったが、ミレイアを心配させまいと自信がある振る舞いをする。ミレイアはマモルの方を見ずに頷いてゴーレムへと向かって走り出した。
ゴーレムは近づいてきたミレイアに右腕と右脚を使って攻撃を仕掛ける。そして、マモルには左腕で攻撃をしてきた。
重そうな見た目からは想像できない攻撃速度でゴーレムはマモルに向かって拳を振り下ろす。マモルは向かってくる拳に少し反応するのが遅れるが横へと飛ぶ。危なげに回避したマモルの背後からは轟音とともに砂埃が舞って視界を奪う。マモルは悪い視界の中で急いで立ち上がって視界を確保するために砂埃から逃れるために前へと走る。
開けた視界にはゴーレムが再び自分に向かって拳を振り下ろそうとしているのが見えた。マモルは砂と汗と涙でぐちゃぐちゃになりながら何度もゴーレムの攻撃を避ける。自分が生きていればゴーレムの左腕がミレイアに行くことがないという考えから必死に動き続ける。
そして、何回目かの回避の時だった。ゴーレムの振り下ろされた腕がいつもなら直ぐに戻っていくのにも関わらず地面から離れなかった。その隙を見逃さずミレイアがこちらへとやってきて左腕に飛び乗りゴーレムを駆け上がっいく。ゴーレムはミレイアの動きに反応できていないのか、右半身は動きを止めていた。
そして、ゴーレムを登りきったミレイアは頭の上から下に向かって剣を突き刺す。……マモルは倒した! と一瞬喜んだが、それはぬか喜びで終わってしまう。
ゴーレムはなんと頭を回転させてミレイアを振り払おうとしたのだ。ミレイアは回り始める直前に剣を離し、頭から飛び退いてゴーレムの体を器用に使い地面へと着地する。
再び動き出してゴーレムは武器を失ったミレイアに更に苛烈になった攻撃を仕掛ける。絶望的な光景にマモルは挫けそうになる。――そんな時だった、ゴーレムの拳を回避した際にマモルの頭の中に声が響く。
【回避が成長してレベル1になりました】
マモルは頭に響いた声に女神が言っていた成長スキルを思い出す。スキルの効果は努力すれば結果が実るだったはずと、そんなことを考えている間にもゴーレムは攻撃をしてくる。しかしマモルは考えごとをしながら危なげもなく攻撃を避ける。……そんな自分にマモルは一番驚いた。
それからはマモルは何度も来る攻撃を危なげなく避けていく。これが回避が上がった効果なのかと実感する。先程までと比べて回避の動作が素早くなり、ゴーレムの攻撃も捉えられるようになった気がした。
その一方、ミレイアは武器を失ったことで今までは攻撃を受け流したりして、回避していたがそれができなくなり避けるので精一杯となっていた。
その光景を見たマモルは自分の剣を渡せないかと考えたが、真っ二つなってしまったことを思い出す。自分の不幸を呪いながらなんとかする方法がないかと考えていると、ゴーレムの振り下ろした腕が再び地面から離れずに留まっていた。しかし、今回はミレイアは避けることに精一杯で腕に乗る余裕はない。
マモルはミレイアの剣を取りに行くためにゴーレムを登ることを決意する。心の内から湧き上がる恐怖で身体が固まらないように、
「うわああああああぁぁぁ!!」
と雄叫びを上げて恐怖をかき消してゴーレムの腕へと飛び乗り駆け上がっていく。足場の悪さに躓きそうになるが必死に耐えて頭の上へと登頂を遂げる。
「ミレイアさん!!」
そして、思いっきり剣を引き抜いてミレイアへと向かって投げ飛ばす。剣は円を描きながらミレイアの手に収まる。そしてミレイアは向かってきていたゴーレムの腕を受け流してそのまま飛び乗る。
上から見ていたマモルは突然のゴーレムの揺れにふらつきながらも、しがみついてミレイアを見届けようとする。しかし、ゴーレムはミレイアの乗っている右脚を上へと振り上げてミレイアを上へと吹き飛ばす。
宙に投げ出されたミレイアは「はあああぁぁ!」と鬼気迫る声を上げながら投げ飛ばした右腕を蹴り飛ばして落下の軌道をゴーレムへと向ける。そして、剣を前に突き出してミレイアはゴーレムの胸へと突っ込んでいった。
剣が突き刺されたゴーレムの胸からは赤い光が漏れだし、やがて光は強くなり四方に光を飛び散らせる。しばらくして光が消えると同時にゴーレムはただの岩の塊へと戻って崩れていく。
ゴーレムの頭の上にいたマモルは地面へと落下していく。マモルはこれだけやったら自分にしては十分だろうと思い瞳を閉じる。
しかし、マモルを柔らかな感触が受け止めた。
「……大丈夫?」
瞳を開くと目の前にはミレイアのがあった。今自分がお姫様抱っこをされていることに気づいたマモルは恥ずかしさを誤魔化すように、
「あはは、これじゃまるで僕がヒロインみたいだね」
と笑った。
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