17:デートのお仕事
俺はエルアさんに外で待っていて欲しいと言われ、見習いギルドの外でエルアさんを待っていた。
『そういえば話で教会って出てたが、怪我人を連れていくって回復でもしてくれるのか?』
『カメラを通して見ていたが、キミの言う通りの施設だったよ。お布施としてお金を払えば治療してもらえるようだね』
『どこもかしこも金ばっかだな』
『流石、無賃で宿に泊まる男は言うことが違うね』
ヒキガミと話しながら待っていると、いつもの受付嬢の時とは違う私服姿のエルアさんが顔を出す。
いつもの真面目な雰囲気から、素朴な町娘感が出ていてなかなかに新鮮だ。
「どう、ですか?」
上目遣いで不安げな表情を浮かべるエルアさんに、俺は慌てて感想を言う。
「いつも見る姿と違って新鮮ですね」
「ありがとうございます」
エルアさんは一瞬顔が引き攣ったように見えたが、瞬きをするといつもの微笑みを浮かべていたので、きっと気の所為だろう。
俺はエルアさんのオススメだという酒場へと行くことになった。異世界に来てから初めて飲食店で食事するので緊張する。
到着したそのお店は【日陰の虫亭】という名前で、てっきり料理に虫が出てくるのかと身構えたが、そんなことはなく普通の料理が出てきた。店の中はこじんまりとして少し薄暗く、酒場というよりはバーと言われた方がしっくりくる。
余談だが、もちろん酒場なので最初に酒を頼むことになったのだが、記憶喪失で自分の年齢がわからないので、飲んでもいいのかヒキガミに聞いたところ『キミの外見で未成年と言った方が犯罪だろう』と正論を返された。
「クロゴさんはどうやって希望の鎖に入ったんですか?」
「運が良かっただけですよ」
……口が裂けても捕まって無理やり入団させられたとは言えない。
そんな感じにしばらく会話が続き、俺はずっと気になっていた、この世界に勇者が召喚された理由を確かめるためにエルアさんに質問する。
「実は昨日、初めて戦争が起きているって知ったんですよ。少し前までは閉鎖的な田舎で暮らしていたせいで世情に疎くて驚きました……」
東の方というヒキガミのおふざけを利用して、できるだけ自然に話を切り出す。
「……そうだったんですか。今起こっている戦争は獣国が三日で滅ぼされたところから始まったんですよ。獣国と残りの四国は仲が悪く、情報のやり取りなどしていなかったので、都市に情報が入ってきたのも滅びてから五日後でした」
エルアさんは今起こっている戦争について詳しく話してくれる。
その内容をまとめると、どうやら獣国が滅びたと判明したのは、獣国から逃げ延びた獣人たちからだったそうだ。
その獣国を滅ぼしたというのが、自身を魔物が進化した姿だと自称する魔族という新しい種族だったらしい。その魔族たちは獣国を魔国と名を変えて、一番近くの帝国に戦争を仕掛けているそうだ。
この話から考えるにこの魔族というのが、勇者が召喚された理由だろう。
「魔族か……。魔物が進化した姿って全く想像がつかないですね」
「わたしも実際に見たことはないので、どのような姿かはわからないです」
魔物ということは草イノシシや兎カワルも魔族化しているのだろうか、だとしたら真っ先に襲われそうだ。
「──そんな物騒な話は止めて飲みましょう」
エルアさんの掛け声でこの話は終わりとなり、世間話や冒険者の話しながら酒を飲み続ける。しかし、いくら飲んでも酔ったという感じがしない。同じペースで飲んでいたエルアさんはテーブルに突っ伏していた。
『俺ってもしかして酒に強いのか?』
『いや、黒衣の回復機能がアルコールを毒と判断して解毒しているのだろう』
……俺は酒に酔って嫌なことも忘れられないのか。
「クロフォさぁん。どぉひへなんでふかぁー」
エルアさんは酔いすぎて呂律が回っておらず、何を言っているのか全くわからない。
「エルアさん大丈夫ですか?」
「お、オエッ……」
嘔吐くエルアさんの背中を俺は擦り、水を頼んで飲ませる。
「す、すびまへん……」
流石にエルアが酔いすぎているので、今日はここでお開きとすることになった。
料金の支払いはこんな状態のエルアさんに払わせる訳にもいかないので、情報も教えて貰ったお礼も込めて俺が店の料金を払った。それにより、兎カワルで稼いだ金が全て消え去ってしまった。
外に出ると既に都市には夜の帳が下りていた。一人で帰すのは危険だと思い、エルアさんに許可をもらって住んでいるギルドの宿舎へと送る。
足取りがおぼつかないエルアさんに肩を貸しながら夜の都市を歩く。
密着しているせいで色々と当たっていて気恥しいが、泥酔している女性を一人で歩かすのは心配という免罪符で肩をかし続ける。
『満更でもなさそうな顔をして全くキミは……』
ヒキガミの呆れ声が聞こえるが……これはしょうがないだろう。
たどたどしいエルアさんの説明でようやくギルドの宿舎へと到着する。宿舎は二階建のアパートのような造りになっていた。
「ここまでで大丈夫ですか?」
「せっかくれふから、よっていってくらはい」
俺が寄っていかないと動きそうになかったので、しっかりとした女性の部屋に入るなんて初めてで緊張するがお邪魔する。
エルアさんの部屋はしっかりと片付いていて清潔感があった。エルアさんは部屋に入ると一直線にベッドへと向かい倒れ込む。そして、俺は知らない部屋に一人放置された。
部屋から出ていこうにも鍵は外からしかかけられず、部屋の扉には郵便受けのようなものもないので、外に出て鍵をかけてしまうと鍵を返すことができない。
扉の前に置くという方法もあるが不用心なので却下だ。
女性が一人でいる部屋を流石に扉を開けたまま出るわけにもいかず、部屋の隅で小さくなる。
『私もそろそろ眠るよ。一応言っておくが二人きりといって、不埒なことはしてはいけないよ』
『する訳ないだろうが!』
『カメラはずっとここで起動させておくので、もしも不埒なことはした場合はこの都市の広場でキミの悪行を流してあげよう』
……その光景を想像するだけでもゾッとする。
そして、ヒキガミの声も無くなり、一人悶々とした夜を過ごすこととなった。
翌日、窓から刺す光の眩しさで目を覚ます。縮こまって眠っていたせいで体の節々が痛むので、立ち上がり体を伸ばしているとベッドで眠っていたエルアさんが起き上がった。
チラリとエルアさんは俺に視線を向けると、
「きゃあああぁ、変態!!」
と騒ぎだした。
「いや! 昨日エルアさんが酔っていたから送っただけですよ!」
「だったらどうして部屋の中にいるんですか!」
「昨日エルアさんが自分で誘ったんじゃないですか! それで俺が部屋から出る前に寝たから、鍵を開けたまま部屋を出るわけにもいかず、しょうがなく部屋に残ったんですよ!」
「嘘つき! 寝ているわたしに乱暴を働いて……信用してたのに酷い!」
そう言ってエルアさんは泣き始める。
「そんなことしてないですよ!」
「他には誰も居ない部屋でそれをどうやって証明するんですか!」
「無茶苦茶だ……」
……俺の言葉にエルアさんは泣くのを止めて、人を見下すような表情になる。
「……もしかして、まだわからないんですかぁ? もう演技は面倒なんでいいです。今回のことを黙っておいて欲しかったらお金を持ってきてください。そうしたら黙っておいてあげます」
エルアさんの突然の豹変に俺は戸惑う。
「……話を聞いた人はギルドで受付嬢をしているわたしと、聞いたこともない場所からやってきた怪しい人間のどちらを信用すると思いますか?」
「……これって、もしかしてそういうことか」
……この言葉で確信した。俺はエルアさん──いや、エルアに嵌められたのだ。
俺を外へと連れ出して自分の部屋へと連れ込み、目撃者が居ない環境をつくりあげて、やってもいないことをやったと脅す。
たとえ被害者がやっていないと否定しても、女性という立場とギルドの職員の信頼を利用しているので無駄というわけだ。
「せっかく有名なギルドに入団したというのに、言いふらしたらきっと追い出されるでしょうねぇ、あはッ!」
雰囲気が変わってしまったエルアは、上機嫌にベッドの上で足をブラブラさせている。
『──どうしたんだい? まだ仕事の時間ではないだろう?』
俺の頭の中に引きこもりの女神が降臨する。
『助けてくれ! エルアに嵌められたんだ!』
俺はここまでに起こったことを矢継ぎ早にヒキガミに説明する。
『最初にこの光景を見た時は、キミがついにしてはいけないことをしてしまったかと思ったよ』
『そんな訳ないだろ!』
俺がヒキガミと話している間、エルアはいつも浮かべていた微笑みとは違い、下品た笑みを浮かべて苦しむ俺を見下ろしていた。
『そうだね、キミは昨日私が眠る前に言ったことを覚えているかい?』
俺はヒキガミに言われて昨日の夜のことを思い出す。
『そうか、撮影か!』
『そうだとも。これで腹の立つ女に引導を渡してあげたまえ』
昨日の夜、ヒキガミによって俺は不埒なことができないように撮影され続けていたのだ。そしてこの映像は映し出すことができると言っていた。
俺は立ち上がりエルアを見据える。
「ど、どうしたんですか。わたしに暴力を振るったらそれこそ本当に犯罪者ですよ!」
エルアはどうやら突然立ち上がった俺が暴力を振るうと勘違いしたようだ。
「そんなことするまでもねぇよ……」
「話し方まで変わってしまって。ついに諦めてくれましたかぁ? さっさとお金をを払ってください。わたしがあれだけあなたに親切にしたというのに、本当にたったの二倍でしか返さなかったあなたが悪いんですよぉ。その後も貢物もなかったですし」
エルアに借りた金を返す際のおかしな反応はそういうことだったのかと納得する。
『映像を出してくれ』
エルアの部屋の白い壁に昨日の夜の映像が浮かび上がる。映像ではずっと俺は部屋の隅で縮こまり眠っていて、エルアに一度も近づいていなかった。
……変なことをしなくてよかったと心の底から思う。
「なんですかこれは……」
「昨日の夜の映像だよ。これが俺を無実だと証明するだろう」
俺の言葉にエルアは顔を強ばらせて叫ぶ。
「こんなの盗撮じゃないですか! 一体どんな魔道具を使用したのかは知りませんが、たとえ無実が証明できたとしても盗撮で捕まります!」
「……確かにそうだな、でもこの映像がバレたらお前はどうなるだろうな?」
そう言って俺はヒキガミに特定の映像を流すように頼む。
すると壁の映像が切り替わって、エルアが俺を脅す映像が流れ始めた。
「これが流れたら自慢のギルドでの信用はどうなっちまうだろうな?」
エルアはベッドから落ちて地面にへたり込む。そして、いつもの微笑みを浮かべる。
「クロゴさん、冗談ですよ。うふふっ」
「なんだ、エルアさんでも冗談を言うんですね。ははっ──で済む訳ないだろうが!!」
自分か追い詰められたからといって、冗談だったというのは無理があるだろう。
『人を追い詰めているキミは実に楽しそうだね。やはり悪役が向いているよ』
全く嬉しくないお褒めの言葉に顔を引き攣る。
いい加減、勘弁したのかエルアは涙を浮かべ頭を下げる。
「……すみませんでした。実は病気を患った弟がいるんです。だからその治療費のためにお金が必要だったんです」
エルアはそう言うが、あんなに楽しそうにやっていてその言い訳は厳しいだろう。
「だったら本当か確認させてくれ。もしも嘘だった場合はギルドの中であの映像を流すからな」
俺の言葉にエルアの顔からは表情が消え、
「クズが……」
と吐き捨てる。
『彼女は清々しい程のグズだね。だけど、私はこれぐらい人間らしい方が好きだよ』
『お前にとって人間ってああいうイメージなのかよ……』
エルアは頭を下げてお願いしてくる。
「……すみませんでした。正直に白状するとわたしはお金が大好きなんです。だから脅した理由はお金が欲しかった、それだけです。この映像が流されてしまうとお金が稼げなくなってしまうのでどうか流さないでください。……なんでもしますから」
エルアは開き直って事情を話す。……理由を聞いて抱いた感想はシンプルにグズだった。
『さて、お言葉に甘えてどうしようか? 私としては身ぐるみを剥がして魔物の群れの中に放り込み、どれだけの時間を生き残れるかというのがオススメだよ』
『そんなことしたら本当に犯罪者になるだろうが! っていうかそもそも、エルアが居なくなったら今日の段取りが上手くいかねぇだろうが』
エルアとは今日、ミレイアに依頼を自然に勧めてもらう約束をしていた。なのでエルアが居なくなってしまうと困るのだ。
「……しっかりと今日の俺の依頼をこなしたら許してやる。それと他の冒険者に俺と同じことをした事がわかった場合も、あの映像は流すからな」
他の冒険者にもするなと釘を刺したのは、勇者が被害に遭わないようにする為の俺のサポートだ。
「……わかりました」
エルアは不満げな顔で頷く。
「俺はそろそろ行くからな。しっかりとやれよ」
「お酒に酔ってさえいれば上手くいったのに……」
後ろからそんな反省を欠片も感じない言葉が聞こえてきたが、詳細を聞くのも怖いので聞こえなかった振りをした。
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