16:探索のお仕事

 



 遺跡の入口を覗くと、細い通路を不思議な光が中を照らしていた。その光はアンダーの執務室でみた光に似ていた。


『明かりになる物を持ってなかったから助かったな。こういう時にファンタジーっていいな』

『キミが楽しそうでなによりだよ』


 今までとは違い、本当に冒険という感じにテンションが上がっていたのがヒキガミにバレて、子供のように扱われ少し恥ずかしい。


『んんっ! さっさと行くぞ』

『行くぞといっても行くのはキミだかね』


 遺跡の中に入ると気温が変わって肌寒く感じる。細い通路を進んでいくと二股の別れ道に出た。


『こういうときは右に進むのが定石だと聞いたことがあるよ』

『こんなもんに定石なんてあるのかよ?』


 俺は半信半疑ながらも右を選ぶ。しばらく進むと道が広くなり滑らかな下り坂になった。


『……なんか石でも転がってきそうな坂だな』

『転がってきても黒衣なら受け止められるさ』

『そんなこと言ったらお終いだろうが……』


 背後に気をつけながら進む坂を下り終えたが、特に石が転がってくることはなかった。

 ……転がってこないは転がってこないで、少し残念な気持ちになる。

 下り坂の先を進んでいくとしばらくして、ボス戦前を彷彿とさせる巨大な鉄の両開きの扉があった。


『流石にこの扉を開いたらなにか起こりそうだな……』

『そのセリフだと何も起こらないフラグになってしまうよ』

『何がフラグだ! そんなものある訳ないだろ!』


 俺は勢いのまま冷たい扉に掌をつけて押す。すると黒衣の力ですんなりと扉は開いた。部屋の中はとても広かった天井は暗くて見えない大部屋だった。そして、何もなかった。


 俺は期待はずれに肩を落とす。


『自ら危険を求めるとは、キミは少し調子に乗っているようだね』


『……いや、せっかく異世界に来たのに仕事ばっかで、少しぐらい冒険したいだろ』

『その油断で足を掬われなければいいのだが』

『……お前もフラグを立てんなよ。怖いだろうが……』


 ヒキガミの忠告にビビりながら部屋の奥へと向かう。そこには部屋の大きさに対して普通サイズの扉があった。

 俺は扉を押し開く。


「──誰ニャァ!!」


 と言う叫び声とともに、頭に猫耳の生えた女性が俺目掛けて剣を投げ飛ばしてくる。避けようとしたが反応が間に合わず剣が腹に突き刺さる。


「……ぐッ」


 腹に感じる熱に呻き声を漏らす。剣はそこまで深くは突き刺さっておらず地面に落ち、カランという軽い音が響く。俺は腹を抑えながら扉から離れる。


『……少しじっとしてたまえ。しばらくすれば黒衣の自動回復機能で傷も塞がるだろう』

「……はぁ、はぁ」


 俺は荒い息で腹を抑えながら壁にもたれかかる。初めて黒衣を貫通した痛みに冷や汗を流しながら、実際に味わう痛みとはこんなものなのかという感想を抱いた。

 しばらくすると本当にみるみると傷口が塞がっていき、服も修復されていった。服からは血のしみも無くなり、完全に剣が刺さる前に戻っていた。

 俺は恐る恐る腹を触り、痛みが無くなったことを確認して立ち上がる。


『……マジで死ぬかと思った』

『その程度で大袈裟だね。これで身をもってわかっただろう? 警戒は怠ってはいけないと』

『そもそも、黒衣をチートにし過ぎたからこうなってんだろ……』


 攻撃を受けても痛くなく、敵もほとんどがワンパンできてしまうのに警戒しろという方が難しい。


『……それよりも、どうやらあの部屋に獣人はいるようだね』


 あからさまに誤魔化すヒキガミに溜息をつく。


『……はぁ、これで獣人の居場所も見つけたし、後は勇者をここに呼び込むだけだな』


 目的は果たしたので俺は来た道を戻り遺跡から出て、都市へと帰ってきた。


『さて、これからどうする気だい?』

『前と一緒でギルドで依頼を出して勇者を遺跡に誘導する』

『誘導が成功したとしても獣人たちの保護はどうする?』

『まぁ、見てろって』


 俺は依頼を出すために久しぶりに見習いギルドへと向かう。

 ギルドの中に入ると相変わらず見習い冒険者が集まり、何やら話し合いをしていた。しかし、俺を見つけると集まっていた連中が全員こちらに視線を向け、まるで死者でも見たかのような表情を浮かべる。

 俺はそれを不審に思いながらも横目に、エルアさんの受付へと向かう。


「クロゴさん! ……心配しましたよ。突然借金が全て返済されてギルドを辞めたので」

「色々あって独立ギルドに入団できたんですよ。色々とお世話になったのに心配をかけてしまってすみません」


 エルアさんは俺の首元に視線を移す。そして、表情が固まった。


「そ、そのすみませんが……もしかしてクロゴさんが入団したギルドっていうのは希望の鎖ですか!?」


 エルアさんの驚く声に周りがざわつく。


『今のキミはまるで主人公のようだね。全て黒衣の力だというのに。それじゃあ私も流れに乗ってキミを持て囃そうか。ヒュー、ヒュー』


 口でヒュー、ヒューというヒキガミは完全に俺をバカにしていた。


 俺は意識を表に戻してエルアさんに話しかける。


「それで今日は依頼をしに来たんですけど? 大丈夫ですか?」

「え、ええもちろん大丈夫です」


 動揺を隠しきれないエルアさんはカウンターの上の紙をぶちまけてしまう。


「あ、ああっ!」


 俺はカウンターの外に落ちた紙を拾い集め、エルアさんに渡す。


「ありがとうございます。それでは依頼の内容をお聞かせください」


 俺は顔をエルアさんに近づけて小声で言う。


「……実はあまり聞かれたくないんです」


「わかりました。では、こちらに来てください」


 エルアさんはカウンターから出て、二階の子部屋へと案内してくれる。小部屋には小さな机と椅子が二脚置かれていた。

 俺とエルアさんは席について話を始める。


「それでは聞かせてください」


 俺は馬車が行方不明となり、乗っていた人を探して欲しいというを依頼する。依頼には明確な場所はあえて書かずに遺跡の近くにしてヤラセ感を軽減する。

 そして、依頼主の名前は偽名にして依頼相手をミレイアに指名した。しかし、ミレイアに指名だとバレないように自然に勧めて欲しいと頼む。


「依頼は了解しました。そういえばミレイアさんといえば今朝、ミレイアさんのことに関して昨日ギルドに入ったマモルさんという方が、他の冒険者さんと揉めていましたね……」


 エルアさんが頬に指を当てながら今朝起きたことを話す。


「……冒険者の方がミレイアさんとパーティになった人間は全員死んでいるとマモルさんに言ったんですよ。すると、大人しそうだったマモルさんがいきなりその冒険者を殴りつけたんです」

「そんなことが……」


 きっと話からするにマモルとは勇者のことだろう。俺もエルアさんの言う通り大人しそうな少年だと思っていたので、そんなことをするとは思わなかった。


 ……エルアさんの話を聞いていて思ったのだが、ミレイアが殺した仲間というのにはもしかして俺も入っているんじゃないか? 今日ギルドに入った時に冒険者たちが驚いた表情を浮かべたのは、俺が死んだと思われたからだったのか。


「その後、マモルさんは反撃されて怪我を負い、ミレイアさんに連れられて教会に行きました」


 俺はエルアさんの他に現場を見ていたであろう人物には尋ねる。


『お前も見てたんだろ? ……実際どうだったんだ?』

『もちろん見ていたとも。……殴られた冒険者がキレてね、勇者を殴り飛ばした後に腹を何度も蹴っていてね、酷かったよ。ミレイアが止めに入らなかったら死んでいたかもしれないね』


 ……そんなことが起きていたなんて全く知らなかった。


『勇者が殴った理由はきっと前の世界でのことが関係あるのだろう。勇者というのは転生者──死人だからね。何かしら抱えているものさ。……まぁ、人にもよるとは思うがね』


 勇者の話が終わり、エルアさんは話を依頼のことに戻す。


「……すみません話が逸れてしまって。依頼に関してですが、基本的にはギルドの信用問題があるので偽名はダメなんですが……少し待っていてください」


 エルアさんはそう言って一旦部屋を出ていく。少ししてから駆け足で部屋に戻ってきた。


「ギルドマスターに尋ねたところ許可がおりました」

「わざわざありがとうございます!」


 俺は依頼料と報酬として渡す金を支払う。


「この依頼を明日、ミレイアさんに指名だとバレないように受けていただけばいいんですね?」


「はい、よろしくお願いします」


 これで話も終わりだろうと立ち上がり部屋から出ていこうとすると、


「待ってください」


 とエルアさんに呼び止められる。


「……もしよかった、わたしの仕事が終わった後に二人でお話しませんか?」

「こちらこそ願ってもないことです!」


 エルアさんからの誘いに俺は即答する。


『……全く即答とはキミは発情期かい?』

『なんて言い方するんだよ! ……別に下心なんてねぇよ。エルアさんはギルドの受付をしてるから、この世界の近況に詳しいと思ったからだ』


 希望の鎖の活動方針の話の時に、俺は全く話についていけなかった。アンダーにはただでさえ常識を知らないことを知られているので、これ以上無知を晒してしまうと俺が異世界から来たことがバレかねない。なので気軽に話を聞ける人を探していたのだ。

 それに今日はもうやることはないので丁度よかった。


『キミなりに色々と考えていたのかい。私はキミの成長に感動したよ……』


 本当に感動しているのかは怪しいが素直に受け取っておく。


『それはどうも……』


 

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