15:捜査のお仕事

 



『やあ、仕事の時間さ。起きたまえ』

『……うるせぇ』


 今日もヒキガミのモーニングコールが頭に響く。既に耳を塞いだところで無意味とわかっているで、身体を一切動かさず無の境地に至ろうとする。


『うるさいとは酷いね。わざわざ起こしてあげているというのに』

『別に頼んだ覚えはねぇ……』


 俺は目を開いて上半身を起こす。


『なんで心の声が聞こえてんだ……?』

『仕事を終えたことで神の力が強まったのだよ』


 ヒキガミによると、仕事が上手くいったので上司から報酬が支払われたそうだ。この報酬で世界の卵が世界へと一歩近づいたことにより、ヒキガミの神としての力が強まったので、俺の心の声がヒキガミに届けられるようになったそうだ。


『これからは私に話しかけたいと思えば、心の声を届けることができる。なので人がいるという理由で無視をすることはできなくなったというわけだ』

『めんどくせぇ……』


 ……つい、心で思ったことがヒキガミへと伝わってしまう。


『私が重い女だとでも言いたいのかい? そんなことはないさ。別に一人で寂しいから話し相手が欲しいというわけではなく、返事がないと聞こえているかわからないから言っているだけだよ』


 ヒキガミは別に聞いてもいないことをペラペラと悠然に語る。


『まぁ……声に出して白い目を向けられることはなくなるからな。いいんじゃないか』

『そうだろう?』


 少し嬉しそうなヒキガミの声に、いつもこれぐらい素直でいてくれたら可愛いのにと思わざるおえない。


 会話に一区切りついたので、ヒキガミが居なくなってから起こったことを掻い摘んで話す。なんだかんだ言ってヒキガミは優秀なので外に出ていない分、俺のサポートをしっかりと勤めて欲しい。


『なるほど。キミは私がいない間にあの女に餌付けされてしまったようだ』

『……どんな言い方だ。あまり否定はできないが……』


 俺はアンダーから金と住むところを与えられ、その分働かされているわけだが、餌付けという言葉は間違ってはいない。


『そんなことよりもな、このギルドの依頼を勇者にやらせるのは新たな展開って奴になるんじゃねぇか?』

『たしかに勇者が奴隷を助けるというのは展開としても王道だ』


 ヒキガミからも賛同を得られたので、昨日アンダーに渡された依頼の紙を取り出して目を通す。


 内容をまとめると帝国から来た商人が、獣人を運こんでいる馬車を見たという情報が入ったらしい。この都市では獣人の立ち入りは禁止にしているそうで、都市に入ったということは無いそうだ。

 そして、情報が入ってから他の国との国境線の警備を強めたので、他国へ運ばれた可能性も低いらしく、まだ都市の近くにいる可能性が高いと書かれていた。


『とりあえず紙に書かれている商人が目撃した場所に行ってみるか』

『……しかし、獣人ごときで国境線の強化とは何を考えているのだろうか』

『都市に獣人が入るのを禁止にしてんだから、よっぽど嫌いなんじゃないか?』


 俺は方針がまとまったので部屋の鍵を閉めて、屋敷を後にする。

 屋敷を出るまでの途中で誰とも会うことはなかったが、他のギルドメンバーもこの屋敷に住んでいるのだろうか。


 屋敷の正門を出ると苦しそうなヒキガミの声が頭に響く。


『……いい加減この魔物たちの死骸をどうにかしてくれたまえ。流石にもう耐えられない』


 俺はヒキガミと別れてすぐにアンダーに屋敷に連れていかれたので、魔物の死骸のことが頭から抜け落ちていた。


『……悪い、悪い。完全に忘れてたわ』

『謝る気のない謝罪よりも行動で示して欲しいね』




 俺は商業ギルドで魔物の死骸を売り終えて、少し買い物をしながら紙に書かれていた商人の元へと向かう。兎カワルが皮の付いた状態だったので高めに売れたので、俺は少し上機嫌だ。


 鼻歌交じりで歩いていると、前からミレイアと勇者が向かってきているのが見えた。俺は咄嗟に路地に隠れて透明になる。


『ミレイアと勇者はまだ一緒にいるみたいだな』

『そうみたいだね。あぁ、それにしても昨日の茶番は面白かった』

『……まだそれを引っ張るのか?』


『キミが情けない声を上げて、大袈裟に吹き飛ぶ光景が何度も頭をフラッシュバックするのだよ』


 情けない声は置いておいて、吹き飛びは俺もやり過ぎだと思っていた。未だに上手く身体強化の制御が出来ていないので、再び繰り返さない為にも練習しなければならないだろう。


『でも、あの吹き飛びのおかげで勇者に自信はついたんじゃねぇか』

『実力の伴わない自信がついても、ろくなことはないがね』


 ミレイアと勇者は俺のいる路地を横切っていく。その時に見えた二人の横顔はミレイアは相変わらず無表情だが、勇者はなんだか少し楽しそうに見えた。


『……とりあえず、早く勇者に強くなってくれと願うばかりだな。そうすれば俺の仕事が楽になる』


 俺は透明化を解除して正門へと向かう。都市から出るために正門で衛兵に認識票を見せたところ、畏まられて戸惑ったりもしたが無事に外に出ることができた。


 俺は商人が獣人を見たという場所に、紙に書かれていた方角と黒衣の地図を見比べながら向かう。

 せっかくなので向かう途中に練習も兼ねて、身体強化をオンにして走り出す。

 相変わらず勢いが付きすぎるせいで、何かに躓いてしまうとバランスをとる暇もなく転んでしまう。それでも諦めずに立ち上がって走り続けた。


『大体ここら辺か……』


 辺りは足首程の長さの草が生えている草原だった。魔物も居らず穏やかな風が吹く。


『ここからどうやって探すかだね』

『情報によると獣人を乗せた馬車は南に向かったらしいから、とりあえず南に下って獣人を隠せそうな場所を探すか』


 発見場所近くの森沿いの街道を南に下っていく。身体強化は歩く練習の為に続けている。


 しばらく探しながら歩いていると、ヒキガミが声をかけてくる。


『止まりたまえ。この街道の横に車輪の後がある』


 そう言われて街道の横を見てみると、たしかに草を踏み潰した車輪の跡が森の中へと続いていた。


『街道を外れて森に入っていったってわけか』

『これがキミが探している馬車かはわからないがね。違う場合はまた探し直せばいいだろう』


 魔物に見つかると面倒なので、俺は透明化をオンにして森の中へと足を踏み入れる。偶に魔物に絡まれながら車輪の後を追ってしばらく進み続けると、木に衝突して前方がひしゃげた馬車を見つけた。


『これは酷いな……』


『前方が見事に潰れているね。状況から考えるに森の中で速度を出していたとなると、何かから逃げていたのだろうか?』


 俺は馬車の中を確かめる。馬車の中は獣の匂いが漂っており、中に獣人もしくは魔物がいたということが推測できる。中は衝突で乱雑に物が転がり床には血痕があり酷い有様だったが、死体などは無かった。

その中で俺は光り輝く金の指輪を見つけた。手に取って確かめようと掴んだ瞬間──粉々に砕け散った。


『あっ……』

『あーあ、私は知らないよ』


 俺はさっと指輪の破片を集めてエルアさんに貰った袋にしまう。別に証拠隠滅ではないが、持ち主が見つかった時に修理して返そう。

馬車の中には指輪以外には何も無さそうだったので、外に出て乗っていたであろう獣人の痕跡を探すことにした。

 馬車にも同様に血痕があったので、馬車の中で怪我をした獣人の血痕かもしれない。俺は途切れ途切れにある血痕の後を追う。


 血痕を追って森の中をしばらく進み続けると不自然に開けた空間に出た。その中心には古びた遺跡のような建物が鎮座していた。


『なかなかに時代を感じさせる建物だね。馬車に乗っていた者はこの中に入ったのだろうか』

『とりあえず血痕はここで途切れてるし、入るしかなさそうだな……』


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