14:歓迎会のお仕事
各々がテーブルに並べられた料理に手をつけながら、アンダーの宣言とともに歓迎会は始まった。
「どうやらクロゴくんはこのギルドを知らないみたいだから軽く説明するわ」
アンダーの言葉に三人が疑わしい目をこちらに向けてくる。
「……いくらなんでも、僻地で育った俺でさえ知っていたというのにありえないだろう」
「信じられない!」
「カスですね」
俺が希望の鎖を知らないことに三人は過剰な反応を示す。
「そこまで言われるようなことなのか……?」
「希望の鎖はこの都市を運営するヘキサゴンといわれる六つのギルドの一つで、その中でも一番古い歴史を持つギルドなのよ。そして、この都市を建国した冒険者が結成したギルドと言われているの」
この都市が冒険者贔屓していると思っていたが、冒険者が建てた国というなら納得だ。それにしても、希望の鎖がそれほど凄いギルドだとは思わなかった。
「希望の鎖の主な活動は一般のギルドで対処できない依頼を処理したり、この都市の治安活動を行ってるわ。……後は表には出せないことも少し」
最後の不穏な言葉は聞かなかったことにする。
「ギルドの紹介はここまでにして、自己紹介を始めましょうか。まずは言い出しっぺのわたしから。クロゴくんも知ってると思うけど、わたしはアンダー、このギルドの副リーダーをやっているわ」
「お前がこのギルドの副リーダーなのか……」
別に以外ではなかったがこいつが副リーダーでこのギルドは大丈夫なのだろうか? 自分で言うのもなんだが、俺のような得体の知れない怪しい奴をギルドに入団させているので心配だ。
「わたしはメイド兼ギルドメンバーをしているカルラと申します。わたしの主はマスターだけなので勘違いしないでください」
「は、はい……」
カルラと名乗ったメイドの宣言に、俺はどういう反応を示したらいいかわからず、とりあえず頷いておく。
「俺はグラウンダーだ! 俺はまだ殴るのを諦めてないぞ!」
「先程も言ったが暴力を好まない俺がいるところでは止めてもらおう。そんな俺はバルルだ」
「は、はぁ……」
まだ殴るのを引っ張っている大男と、ナチュラルに自己紹介をぶち込んできた、マフラーを巻いたバルルは。
「希望の鎖にはまだ三人いるんだけど、わたしが新しいメンバーを入れたことを快く思っていなかったり、そもそも興味がなかったりしてていないから別に紹介はいいわよね」
「俺は別に構わないが……」
快く思っていないという言葉に気が重くなる。……俺だって入りたくて入ったわけではないというのに。もしもここでそれを口に出したら、袋叩きに合いそうなので口を紡ぐ。
「俺はクロゴといいます。これからよろしく」
一人だけ拍手するアンダーのパチパチ音だけ広い食堂に響く。
自己紹介も終わり、食事も一段落付いた頃にアンダーが話を切り出す。
「さて、歓迎会はここでお開きにしちゃって、ギルドの活動方針について話しましょう」
あまり歓迎されている雰囲気を感じないまま、歓迎会はお開きになってしまったようだ。
「いない奴がいるのにそんな話をしていいのかよ?」
「別に大丈夫よ。いないのが悪いのだもの」
そう言ってアンダーは話を始める。
「……今だに帝国と魔族は戦争を続けているわ。そのおかげでこの都市は様々な恩恵を受けている。だから、希望の鎖の方針としてはこの戦争を長引かせるのを主な活動としてやっていく」
知らない単語が並ぶ話に、アンダーが早速表には出せないようなことぶちかます。他のメンバーは顔色ひとつ変えずにアンダーの話を聞いている。
「その第一歩として現在行われようとしている王国からの援軍を妨害するわ」
アンダーの言葉に俺を除く全員が頷く。
「……ちょ、ちょっと待ってくれよ。全く話についていけないんだが?」
「クロゴくんは入ったばかりだものね。後で説明してあげるから静かにしておいてね」
言い方は優しかったが有無を言わせない迫力に俺は気圧されて黙る。
「クロゴくんを除く二人にはカルラから歓迎会の後に依頼を渡してもらうから、いつも通りによろしくね」
その言葉を最後に今日の希望の鎖の集まりは解散となった。
グラウンダーとバルルはカルラと共に食堂を出ていく。
「クロゴくんはカルラからこの屋敷の説明を受けたら、わたしの部屋にきてね」
そう言い残してアンダーも食堂から去る。
そして、俺は一人食堂に取り残されてしまった。俺はカルラが来るまで食堂で時間を潰す。こういう時にヒキガミがいれば話し相手になるのにと思いながら数十分が経ち、食堂の扉が開く。
『お待たせしました。行きましょう』
俺はカルラに連れられて屋敷の二階へと上がる。そして、上がって左の奥の部屋へと案内される。
「ここがあなたの部屋となります。内装はご自由にどうぞ。お風呂や食事に関しては自身でご準備してください。先程も言いましたがわたしはあなたのメイドではないので」
てっきり、支給させた金で宿を確保すると思っていたので、カルラの言葉に驚く。
「もしかして俺? ここに住んでもいいのか?」
「希望の鎖に入ったのですから当たり前です。このギルドはアットホームですから」
今さっき、全くアットホームさを感じさせない発言をしたばかりだが、無料で安全な部屋で眠れるだけで嬉しかった。
「……ありがとう」
「そうですか。これはこの部屋の鍵です。部屋から出る時はしっかりと施錠してください。では、わたしはこれで失礼します」
カルラは俺に部屋の鍵を渡して去ろうとする。だが、俺はアンダーに先程部屋に来いと言われたので、部屋の場所を尋ねるために呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。アンダーの部屋ってどこなんだ?」
「アンダーでしたら三階の右奥の執務室にいると思います」
そう言ってカルラは背中を向けて階段を下っていった。
「とりあえずは一度部屋を見てみるか」
俺は鍵を挿して扉を開く。
「す、すげぇ……」
部屋の中は白を基調とした家具で統一され清楚感があった。その家具も一人用にしては大きいベッドや精緻な装飾の施されたカーテンなど、記憶喪失でも質の良さが感じられる。
俺はベッドに寝転がり柔らかな感触を堪能した後に、部屋を出てアンダーの元へと向かう。カルラに教えてもらった通りに屋敷を歩き、到着した三階の部屋の扉をノックする。
すると、「どうぞー」という間延びしたアンダーの声が部屋の中から返ってきた。
俺はドアノブを回して部屋の中へと入る。部屋の中はカルラが執務室と言っていた通り、本棚がいくつか並び不思議な温かみがある光が部屋を照らしていた。アンダーは執務机に張り付いていた。
「どう? 自分の部屋は気に入ったかしら?」
執務を続けながらアンダーが部屋の感想を尋ねてくる。
「めちゃくちゃ気に入ったぞ。まさか部屋まで貸してくれるとは思わなかった」
「なら良かったわ。じゃあ、早速だけど食堂での話の続きをしましょうか」
アンダーは執務を一旦止めて、身体を伸ばしてからこちらを向いて話を始める。
「そうね、まずは希望の鎖の目的について話さないといけないわね。このギルドの目的は『この都市で世界を支配する』という至極単純な目的を掲げているの」
たしかに至極単純だが、まるで魔王のようなことを言っている。まさか、勇者が召喚された原因はこのギルドじゃないだろうな?
「納得はできないが、世界を支配するのにどうして戦争の邪魔をするんだ?」
食堂での話の際にどうやらこの世界では戦争が起きているらしく、アンダーはその戦争での王国とやらの援軍を妨害すると話していた。
「その前にクロゴくんは疑問に思わなかった? 冒険者という名前にも関わらず、冒険などせずに周辺の魔物の退治や素材集めばかりだって?」
質問に質問で返させ少し戸惑ったが答える。
「……たしかに、事件の捜査とか冒険者の仕事とは思えないものばかりだったな」
今言われて思い出してみると、見習いギルドに貼られていた依頼には冒険と思えるような依頼はなかった。
「そうでしょ。この世界は既に亜人たちが暮らす北を除けば探索され尽くしてしまったの。だから、今の冒険者とは名ばかりの雑用係になってしまっているのが現状なの」
「だったら新しく探索できる場所を探せばいいじゃねぇか。例えば、海に出て新しい大陸を探すとか」
俺の言葉にアンダーは呆れた視線を向けてくる。
「クロゴくんはもしかして知らないの? この大陸は荒れた海で囲まれていて、決して外には出ることができないって」
「マジか……」
俺の反応にアンダーも驚きの表情を浮かべる。どうやらこのことはこの世界では常識のようだ。
「クロゴくんの物の知らなさはまるで大陸の外から来たかのようね」
アンダーの確信をつく言葉に内心の焦りを隠しながら、
「田舎出身だからあまり世情に詳しくないだけだ……」
と嘘をつく。勇者にバレるリスクを減らすために、あまり俺が異世界から来たということは知られない方がいいだろう。
「……ならいいけど。それで話を戻すと、冒険者が名ばかりになったことが原因で、冒険者の数は年々減少傾向になったわ。だけど、この戦争により冒険者の需要が高まったことで新たに冒険者になる人も増加しているの」
アンダーの話を聞いていて、冒険者が少ないと感じたことはなかったので疑問に思っていたが、新しく増えていたのか。
「それで、どうして戦争で冒険者の需要が高まるんだ?」
俺はオウム返しに質問する。
「魔物を駆除するための兵士たちを戦争に送ったせいで、各国では魔物の数が増加しているのよ。だけど増えたところで駆除に回す余力もないから、現在は冒険者たちを使って魔物を退治しているわ」
つまり、アンダーは戦争により冒険者の需要が高まっているから、戦争を長引かせたいわけだ。
「理由はわかったが、邪魔なんてして戦争が負けたりしないのか?」
「負けることはないわ。本当にマズい状況になったときは冒険者も手を貸すことになっているもの」
冒険者が手を貸すだけで戦争が終わるものなのか? とても冒険者を過剰に評価している気がする。
「この話はこれぐらいにしましょう。はい、これがクロゴくんへの依頼よ」
そう言って突然アンダーに一枚の紙を渡させる。
紙には【帝国から運び込まれた獣人たちを見つけだして保護しろ】と書かれており、後はそれについての詳細が記載されていた。
「……えっと、なんですかこれは?」
「どうしたの、突然敬語になっちゃって? 最初の約束通り、クロゴくんへのギルドからの依頼よ。君はあまり妨害活動を快く思ってないみたいだから、治安活動の方の依頼を回しあげたわ」
ただでさえ十日以内にヒキガミからの仕事をこなさねばならないのに、ギルドの依頼という名の仕事までこなすなんてキツすぎる。
「これっていつまでなんだ?」
「この都市の近くに獣人が運び込まれたという情報が入ったのが二日前なのよ。情報が入ってすぐに国境線の警備を強化したけれど、都市に余裕があるわけでもないから、強化できても後三日程といったところかしら」
期間が長ければ後回しにしようと思っていた俺の考えは見事に打ち砕かれる。
「わたしは約束を守ったんだから、クロゴくんもしっかりと守ってよね」
アンダーからの同調圧力に渋々頷く。
「最後にこれを渡しておくわ」
アンダーは机から小箱を取り出して開く。箱の中には見習いギルドで貰った認識票が入っていたが、蒼白いプレートに細かな装飾の施されていて明らかに質が違うことがわかる。
「これは希望の鎖の認識票よ。見習いギルドの認識票は記念に取っておくといいわ」
俺は恐る恐る認識票を手に取って首にかける。
「こんな高そうな物を本当に貰っていいのか?」
「当たり前じゃない。クロゴくんもギルドの一員なんだから付けてもらわないと」
その後、俺はアンダーと少し話してから新たな自室に戻った。そして、大きなベッドに背を預け、今日言い渡された二つの仕事について考える。
ヒキガミの新たな展開という抽象的な内容の仕事。ギルドの獣人を見つけるという具体的な内容の仕事。
期限や仕事の内容からギルドの方を先にやる方がいいかと考えていると、
「いや……ちょっと待てよ」
俺は一石二鳥のいい方法を思いつき、明日から実行するために柔らかなベッドに身を任せて心地よい眠りについた。
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